表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/47

一目惚れはとても小さい頃に〜リアン視点〜

 


 初めて彼女を見た光景を鮮明に覚えている。父や母に話すと大層驚かれた。無理もない。それは俺が1歳にも満たない赤ん坊の頃の出来事だったからだ。


 淡い黄色の粒子に包まれ、嬉しげに声を上げる真っ白な子。

 色艶やかな紫紺色の瞳は天井に描かれる女神に向けられ、小さな椛を必死に伸ばしていた。

 長い空色の髪、太陽を閉じ込めたような薄黄色の瞳の――この世ならざる雰囲気を纏った女性は赤子に告げた。



『貴女に……祝福を……』



 後にそれは滅多にない、隣国の女神が人間の願いを叶えた瞬間だと言う。



「……」

「……」



 無言が支配する室内。王太子であるアウムルが時々使用する休憩部屋にフィオーレを連れ、昼食を摂っているが会話がない。彼女から発せられる気まずさは俺のせいなのだろう。ちびちびとホットミルクの入ったマグカップを口に付けては飲むを繰り返していた。


 俺が覚えている夢の赤子と目の前に座るフィオーレは同一人物だ。

 幼少期に開かれたパーティーで彼女を見た時の衝撃は忘れられない。

 冬の晴れた青空のような髪色と色艶やかな紫紺色の瞳。髪の色までは覚えてなくても、フィオーレの瞳の色だけは忘れられなかった。

 父に話をした際、赤子がエーデルシュタイン伯爵家の長女フィオーレだと教えてくれた。丁度、隣国の教会で俺の祝福を授けてもらうべく両親も足を運んた時の出来事だったのだ。


 伯爵夫人と妹に向ける、コロコロと変わる愛らしい表情も。妹の我儘で困ったように笑う姿も。伯爵夫人に連れられ、各々の家の夫人や子供に挨拶をする姿も。

 そのどれもに目が離せなくなった。


 愛らしくて、可愛くて、ずっと側にいてほしい……。フィオーレを婚約者にと願ったが不可能だった。

 エーデルシュタイン伯爵家を継ぐのは、長子である彼女。

 俺もまた、ロードクロサイト公爵家を継ぐ。

 跡取り同士の婚約は無理だと両親は俺を諦めさせようと、他の婚約話を持ってくる。中にはフィオーレの妹エルミナ嬢もあった。妹と婚約してしまえばフィオーレに近付ける口実が増える。だが、それではエルミナ嬢に不義理な上、フィオーレにも失礼だ。かと言って、フィオーレを諦めて他家の令嬢とも嫌だった。

 王家からの打診もあったようだが、これについては父が初めから断った。

 現国王には王妃との子であるアウムルとは他に、王女が1人いる。身分の低い愛人に生ませた子でロードクロサイト公爵家の後ろ盾欲しさに打診してきているのだ。俺の母が王妃の姉である為、絶対にお断りであった。


 俺はフィオーレがいい。

 たった1度だけ……フィオーレと話した。と言っても、パーティーで顔を合わせた際の挨拶だが。



『初めましてリアン様。エーデルシュタイン家長女、フィオーレです』



 可憐な姿にピッタリな声と仕草。洗練された動作は見事なもので、伯爵夫人も誇らしげにフィオーレを見守っていた。次にエルミナ嬢が挨拶をするもフィオーレに夢中な俺は目に見えなかった。



 粘りに粘って、父にある条件を叩き付けて漸くフィオーレへの婚約の打診まで漕ぎつけた訳だが。……この2年、伯爵家からはずっと返事は保留にされている。

 何度かエルミナ嬢はと言われるも、エルミナ嬢がいいなら最初からフィオーレに求婚なんてしない。


 同じクラスなら、慌てなくても接触の機会はいくらでもあると高を括った俺も馬鹿だった。

 1年生、2年生と……フィオーレはすぐに教室から姿を消す。選択授業も絶対に同じにならなかった。更に俺自身がアウムルの手伝いも相俟って余計時間が割けなかった。


 気付くと既に最終学年……。伯爵家からは未だ返事が来ず。

 恐らくだがフィオーレは婚約の件は知らないのではと疑問を抱く。

 そうでなければ、俺に婚約者を早く見つけろ、などと言う筈がない。



「フィオーレ嬢は……」

「は……はいっ……」

「……」



 昨日の食堂でもそうだ。俺が話し掛けると声が上がり、緊張が高まる。



「……フィオーレ嬢は……婚約者はいないのか……?」

「婚約者……ですか……?」



 大きな紫紺色の瞳を丸くし、マグカップを持ったまま小首を傾げられた。何気ない動作でも可愛く映ってしまう。



「いえ……そのような話は聞いておりません。私は……お父様が決めた方が婿養子になるのだとは思っておりますが……」

「そうか……」



 フィオーレの様子で伯爵が婚約を告げていないのは感じ取った。

 何故だ……此方としても跡取りであるフィオーレを妻にと望んだ無茶振りは自覚し、幾つかの条件をつけている。彼女が1人っ子だったら、俺が逆に伯爵家の婿となれば良いだけ。だが、エーデルシュタイン家にはエルミナ嬢がいる。彼女も非常に優秀な令嬢だと何度か噂を耳にした。エルミナ嬢でも十分伯爵家を継げる。

 ……まさか、伯爵が何度かフィオーレではなくエルミナ嬢をと勧めるのは、あの話が事実だからか?



「フィオーレ嬢は……エルミナ嬢と仲が良いな……」

「え? ……悪くは……ないと思います……」



 一瞬、ほんの一瞬だった。フィオーレの目に悲しみと衝撃が色濃く現れた。フィオーレはすぐに俯いてしまったのでそれが本当だったのか、自信が持てない。エルミナ嬢の話題を出してしまったのが原因なら……あの話は本当なのかもしれない。

 エーデルシュタイン家の姉妹は腹違いの異母姉妹。フィオーレの母君は彼女を産んで亡くなったと聞いた。周囲の勧めで幼馴染であるカンデラリア公爵家の次女シェリア様と再婚し、エルミナ嬢が生まれた。

 伯爵令嬢の娘と公爵令嬢の娘。どちらの娘と懇意になった方がいいか、などという話が社交界にあったそうな。無論、伯爵夫妻は事実無根だと噂を広めた者達を見つけ出し相応の制裁を加えたと聞く。

 更にあるのがフィオーレと家族の不仲説だ。俺が見た限りでは、エルミナ嬢とは仲良さげな上、何度か目撃する夜会やパーティーで伯爵夫妻と不仲には見えなかった。


 だが、こうしてエルミナ嬢との関係を訊ねた反応を見ると……噂は本当なのかもしれない。伯爵がエルミナ嬢を勧めるのも夫人にカンデラリア公爵家のご機嫌伺いなら……



「……あの……リアン……様……」



 遠慮がちに名前を呼ばれ、思考を一旦止めた。

 無理矢理な口実でフィオーレに名前を呼んでもらえるようになった。たかが名前を呼ばれるだけでも大きな進展だ。



「リアン様はエルミナが気になるのですか……?」



 不用意にエルミナ嬢との関係を訊いたのが痛手だったな……。

 軽く首を振ると不可解な顔をされてしまう。

 何故……?



「……いや、随分とエルミナ嬢が君といたがるのを見たからそう思っただけだよ」

「そう、ですか。……私、お父様と王太子殿下にエルミナを生徒会への加入に勧めてみようと思うのですが、リアン様はどう思われますか?」

「良いんじゃないのか。彼女を見る限り、王太子に媚びるような性格でもない上、周囲とも早く打ち解けて上手くやってくれそうだ」

「良かった」



 最も大事なのはアウムルにあからさまな媚びを売らない女子生徒だ。婚約者のいない王太子の心を射止めれば、自身が王太子妃、未来の王妃になれると信じる生徒が多い。隣国の高位貴族の令嬢で歳が近いとなるとアウテリート嬢しかいないが既に断られていると聞く。他は10歳も下になってしまう。

 成績も重要になるがエルミナ嬢は上位に食い込んでいるので問題はない。アウムルも異論は唱えないだろう。

 安堵の相貌を浮かべたフィオーレもとても可愛い。マグカップを置いて漸くコルネットに手を伸ばした。俺もそろそろ昼食を食べるか……。


 屋敷に戻ったら、伯爵からの返事を急かすよう父上に言わなくては……。



「…………エルミナが気になって当たり前よね……」



 伯爵からの返事の催促、更にリグレットが何かしでかさないか考えていた俺はフィオーレの落胆した呟きを拾えなかた。




読んでいただきありがとうございます!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ