出鱈目
分かってたのに……ね。リアン様が好きなのはエルミナなのに。リアン様がエルミナを気にするのは当然なのに。
リアン様との昼食は最後でコルネットやホットミルクの味が無くなったけれど、なんとか無事終わった。マグカップを返すだけなのに食堂まで同行すると言われた。申し訳がないから断った。不服そうな顔をされたけれど、私がいるからといってエルミナと会える確率が上がるとは言えない。1人食堂へ赴き返却口にマグカップを置いた。
私に悟られないよう、会話を誘導したリアン様はさすがだ。『予知夢』がなければ、浮かれて自分に気があると思い込んだだろう。
でもこれでエルミナを生徒会へ勧める話が有利になりそうだ。リアン様から王太子殿下へ話がいってくれるといいな……。
食堂から教室へ向かうには階段を利用しないとならない。
昼の授業開始までは少し余裕がある。ゆっくり上がっていこう。
2階に到着すると……
「おい」
「!」
突然、乱暴な口調で呼び止められ震えが起きた。恐る恐る振り向くとズボンのポケットに手を突っ込んだ男子生徒がいた。
短く刈り上げたプラチナブロンドに目つきの悪さ……おまけに翡翠の瞳………
トロントおじ様の息子ガルロ=イースター伯爵令息だ。素行の悪さが有名で偶にお義母様が額に手を当てて呆れているのを見る。カンデラリア公爵が苦労して見つけたおじ様の婿養子先だが公爵家出身というのを使って好き勝手しているらしい。何度か公爵様が怒鳴りつけても効果がない。イースター伯爵家には不良物件を押し付けた代わりに多額の援助をしていると有名だ。
「あの……私に何か……?」
「お前、リグレット様を泣かせたそうだな」
「え」
今朝の出来事を言っているのだろうか? それなら、助けに入ってくれたリアン様が現実を突きつけたことによる王女殿下のショックから来た涙だ。
「あれはリアン様が王女殿下に……」
「はあ!? お前最低だな! リグレット様を泣かせたくせにそれを他人にするのかよ!!」
「ち、ちがっ」
大きな声に慣れていない私はガルロ殿の声に怯え、小さな声しか出せない。それを良いことにガルロ殿はどんどん声を大きくする。
「リグレット様はな!! ロードクロサイト様といるところにお前が突然来て、邪魔だと暴言を吐かれたと泣いておられたのだぞ!!」
「し……してません……っ」
「ああ!? 聞こえないな!!!」
「それだけ大きな声を出していたら、他人の声なんて聞こえないだろうな」
畳みかけるようにより声が大きくなったガルロ殿が怖くて、情けないが震えた小さな声しか出なくなった私を助けてくれたのは……途中別れたリアン様だった。
リアン様と目が合うと瞠目され、すぐに駆け寄られた。
「大丈夫か? フィオーレ嬢。顔が青い」
「は……はい……っ」
「……大丈夫じゃないな」
「あ……」
声だけじゃなく、足までいつの間にか震えていた。
リアン様は私の背中に腕を回したかと思えば、強く引き寄せた。リアン様のつける香水の甘い香りが漂う……リアン様に抱き締められてる……?
「リア、ン様」
「怖かったな」
顔を胸に押し付けられるように抱かれ、益々顔が熱くなっていく。心臓の鼓動がリアン様に伝わったらどうしよう……異常なくらい、うるさい。
「面白い話をしていたなイースター伯爵令息」
次に現れたのは王太子殿下だった。
リアン様に顔を動かせないようされている私は、現状ガルロ殿がどんな顔をしているか見えないが、声色から怒りを感じさせる王太子殿下に慄いている筈。
「あ……ぃや……これは……」
「どうした? さっきまでの威勢が消えているよ? まあ、こんな所で聞くのもあれだから、生徒会室で聞こう。フィオーレ嬢も知りたいよね? 身に覚えのない罪を擦りつけられて……」
「は、い」
「あ、あああのオレは」
「さあさあ、イースター伯爵令息。行こうじゃないか。兄として、おれはリグレットがフィオーレ嬢に本当に泣かされたか確認しないとならない。事実なら彼女には謝罪を要求する。……だが、これが冤罪なら……」
王太子殿下の声が格段に低くなった……。
ひい、と短い悲鳴を発したガルロ殿……。
「……どうせ、リグレットの出鱈目を真に受けただけだろう」
上から発せられたリアン様の声に心の中で頷く。あくまで憶測だが、王女殿下は私がリアン様と一緒に昼食を摂るのを目撃していたのではないかと。リアン様の話から、彼を好いている王女殿下が食事を共にする女が好ましく映る訳がない。
しどろもどろになりながら、言い訳をしようとするガルロ殿の肩を王太子殿下が掴んだ。嫌な音が聞こえるのは、相当力を込めているからで。「さて、行こう」と言う王太子殿下の声と同時にリアン様に抱き締められていた私も抱擁の力が緩められ、肩を抱かれながらこの場を離れた。
王太子殿下が選んだのは生徒会室。授業開始の鐘が鳴り、誰もいない此処は今にとって打って付けの部屋。生徒会長の席に座った王太子殿下のすぐ目の前で正座をさせられたガルロ殿。私とリアン様は役員が使用する椅子を引っ張り出し、2人を眺められる位置に置いて腰を下ろした。
微笑んではいるが、纏う雰囲気は明らかに怒りが漂っている。生まれたての子鹿並みに震えるガルロ殿の顔は青そのもの。
「では、まず君はリグレットにどう聞かされたの?」
「あ、あああの、それは」
「言われたことを言うだけでいいんだ。難しくはないだろう?」
「ぼ、ぼぼ、ぼくは、昼休み、食堂付近で泣いておられたリグレット様に“エーデルシュタイン家の姉がリアンと仲の良いわたくしの所へ来て、突然暴言を吐いてきた“……と仰られて……ぼ、ぼく、は、その女が腹違いの妹をずっと虐めていたのを知っていたから」
「はいストップ。イースター伯爵令息。フィオーレ嬢が異母妹であるエルミナ嬢を虐めているとは、どうして知っている?」
「父が小さい頃からずっと言っているんだ! “フィオーレはエルミナを虐めている! 姉上が知らないのは、陰でバレないようにしているからだ!”だって……」
王太子殿下の青い瞳が私に向けられた。
「……と、彼はこう言っているようだが」
「ガルド殿の父はお義母様の弟トロントおじ様です。昔から、私のことが目障りなようなので……」
「ああ……大体の事情は知ってる。聞きたいがフィオーレ嬢がエルミナ嬢を虐げている主な内容をイースター伯爵令息は知っているのか?」
「勿論! 父に何度も聞かされましたから」
得意げに過去に私がエルミナと姉妹喧嘩をした内容を大きな声で語り始めたガルロ殿。聞いていく内にリアン様が「……本物の馬鹿って初めて見た」と呟かれ、王太子殿下に至っては肩を震わせていた。小さな喧嘩といえど、他人が数人いる中で知られるのはちょっと恥ずかしい。エルミナにとっても恥ずかしい。エルミナとの姉妹喧嘩の殆どが私の物を欲しがるエルミナの欲求を私が嫌がるところから始まるから。そのどれもは、お義母様のお叱りが入って終わっていた。
語り終えたガルロ殿は誇らしげに胸を張っているが次に放たれた王太子殿下の言葉に凍り付いた。
「そうか、そうか。妹に強請られたら何でも与えるのが姉か」
「そうです! 特にこの女の母親は伯爵令嬢でエルミナや僕は公爵家の血を引く。どちらが格上か誰が見ても一目瞭然なんです!」
「アルカンタル伯爵家は我が国トップの財力を誇る。前エーデルシュタイン伯爵夫人は、それはそれは生家で大事に育てられていた方だったと聞く。そうか、君はそんな女性が遺したフィオーレ嬢を貶めるのか。これはアルカンタル伯爵に報告しなくては」
「ふん。財力がトップでも爵位は父が上です。カンデラリア公爵の後ろ盾があるイースター伯爵家に楯突けるなら、来るといいですよ」
「……言ったね? リアン、聞いたよな」
「聞いたよ」
微笑みながら圧倒的威圧感を放つ王太子殿下の内心は読めないが、ある程度の予想はついた。そして、イースター伯爵家の方々に心の中で手を合わせた。
席から離れた王太子殿下は正座するガルロ殿の肩に手を置いた。普通に置いてるように見えるが凝視すると指が制服に食い込んでいた。
「リグレットの出鱈目に真面目になって付き合ってくれる生徒がいておれは嬉しいよ」
「で、出鱈目?」
「さあ、もう戻っていいよ。後は上級生に任せなさい」
「出鱈目ってどういう」
「聞こえなかったかな? 戻っていいよと言ったんだ」
「は、はい」
顔を覗き込まれ、吃りながら返事をしたガルロ殿は痺れている筈の足ですぐさま生徒会室を出て行った。絡んできた私に最後何もないまま。余程王太子殿下が怖かったのだろう。
「やれやれ。イースター伯爵夫人も大変だな。あそこは彼と弟と妹がいたな。名前はジルとリーリエだったかな……」
「合ってる」
「ありがとうリアン。イースター伯爵家に恩を売るのは悪くなさそうだ。アルカンタル伯爵家の重要性を分かっていない跡取りでは、イースター家の今後も危うくなる。フィオーレ嬢、家に帰ったら伯爵夫人にそれとなくイースター伯爵令息に絡まれた件を話しておいてくれ」
「怒るでしょうね……」
先程名前の出たジル殿とリーリエ嬢はイースター伯爵夫人に似て常識のある方達だ。問題なのはガルロ殿。恐らく、容姿が自分に似ているからとトロントおじ様が甘やかした結果。偶にある親族会で同席するが問題行動しか目に映らない。
トロントおじ様に感化されているので顔を合わせる度に絡んで来てはいたが、今回は王女殿下を泣かせた女を成敗する大義名分を掲げていたから強気な態度でいられたのだ。
「彼は授業を遅れた理由をおれに連れ込まれたから、と言うだろうな。リアンとフィオーレ嬢はそれでいいとして、彼に関しては出鱈目もいいとこだと教師に後で話をしておこう」
「それでは王太子殿下の名を騙ったとされるのでは……」
「リグレットの出鱈目に付き合わされた君への罪滅ぼしだ。あと、そうなるとどうせ君のせいにされる。馬鹿の行動は読みやすくて助かる。リアン、カンデラリア公爵家で開かれる夜会までフィオーレ嬢についてやってくれ」
え!?
毎年、季節毎に大々的に開催されるカンデラリア公爵家での夜会には、当然親族は出席可能。お義母様が嫁いだエーデルシュタイン伯爵家も、トロントおじ様が婿養子に行ったイースター伯爵家も。
私はこの夜会が苦手だ。トロントおじ様や先代公爵夫人がお父様やお義母様が少しでもいなくなると私を口撃してくる。幸い、カンデラリア公爵や先代公爵が良い方ですぐに見つけては近付けさせないようしてくるが……あの方達は、兎に角私が気に入らなくて隙さえあれば何度でも口撃をする。
オーリー様に今度会いに行ったら、隣国の神官様になれる話がどうなるか訊ねよう。
それよりも王太子殿下の台詞に思わず声を上げてしまった。
「俺は構わないが……」
リアン様が伺うように私を見る。
「殿下、そこまでしなくても」
「保険は多いことに越したことはない。リグレットは何をしでかすか分からないからな。後、何度もやらかして余計リアンに嫌われてくれたらいい」
「ええ……」
誰かを好きになる気持ちは皆同じ。相手が誰を好いていようと自由なのに、それを受け入れられず、好かれる相手に嫌がらせをしてしまう気持ちを――私は知っている。どことなく私と王女殿下は似ている。愛する人には既に愛する人がいる。どれだけ気持ちを注いでも受け入れられず、振り向いてくれない。
私だけに嫌がらせがされるのならいい。エルミナに危険が及ばなければ。また、リアン様に迷惑を掛けたくない。有難い申し出ではあるが辞退しよう。
「王太子殿下。私なら大丈夫です。エルミナに何もされなければ」
「フィオーレ嬢。リグレット、この国の王女が君に危害を加えたとするとエーデルシュタイン伯爵家だけじゃない、アルカンタル伯爵家の不興を王家は買うことになる。アルカンタル伯爵家は、王国一の財力を誇る。もしも王女の粗相が原因で王国から出て行かれるようなことがあれば、我が国の経済に多大な影響を与える」
「そうなった場合は私からお祖父様達を説得しますが私個人の事で国を見捨てるなどは……」
「……君はどうも自己評価が低い気がする」
残念そうに眉尻を下げられるも、仮に私が王女殿下によって危害を加えられても母方の祖父母が王家を見捨てるなど有り得ない。個人と国を天秤に掛ければ、どちらに傾くかなど子供にだって分かる。
「リアン。フィオーレ嬢はこう言うがついてやってくれ」
「王太子殿下……やはり私は……」
リアン様が側にいてくれるのが嫌なんじゃない。嬉しくても恥ずかしさが勝って上手に話せないし、顔だって真っ赤に染まって情けなくなる。危惧するのは私といるせいであらぬ噂を立てられ、恋心を抱くエルミナとの距離が遠のくこと。エルミナが生徒会に入ってしまえば私という仲介役は要らなくなるけれど、余計は種は1つでも減らしていたい。
尤もらしい事を話そう。
「フィオーレ嬢。リグレットは頭に血が上ったら、何をしですかムルですら予想がつかないんだ」
「私と一緒にいてリアン様に迷惑をお掛けするのは」
「迷惑とは思わない」
どうしたらリアン様に納得してもらえるの?
私はリアン様に迷惑を掛けたくない。
リアン様とエルミナには好きな人といてほしい。
……そうだわ。
「……分かりました。王太子殿下とリアン様のご好意に感謝します」
私が漸く受け入れた為、2人はそっと安堵の息を吐いた。
どうして簡単なのに思い付かなかったのか。
エルミナとリアン様の距離を近付ける方法……あるじゃない。
友達が出来たと言うのに私といたがるエルミナと今回の出来事で一緒にいることとなったリアン様を毎回2人っきりにさせればいい。その都度、私は用事があると離れたらいい。後で言い訳が出来るよう、しっかり用事を作っておかないと。事情を知っているアウテリート様に協力してもらおう。
読んで頂きありがとうございます!




