オマケ 後日談
俺の名前はルーカス。どちらかというと犬派、好きな犬の種類は柴犬。
さて、突然だが俺は今手足を拘束されて椅子に縛り付けられている。
不肖ルーカス、なんと7度目の誘拐の憂き目に遭っているのだ。
7度目ともなるともう逆に落ち着いてしまって、はいはいまた誘拐ですねという気分にすらなってきた。
もう逃げ切れないと悟ってからは、捕まるときも素直に従うようになった。
下手に抵抗するとケガするからね。
俺は後ろ手に縛られた手首をごそごそやりながら、アカリちゃん狙いの誰かに雇われたらしいチンピラの皆さんに話しかける。
「あのさー、もうやめようよ。今ならまだ間に合うって」
「うるせぇ! 人質は黙ってな!」
提案してみたけれど、聞く耳を持ってくれない。
だめだこりゃ。
しばらくごそごそやっていると、縄の結び目が緩んできた。
そこに小指をねじ込んでちょちょいとやると、さほど時間をかけずに解くことに成功する。
2度目の誘拐のあと、2度あることは3度あるかも、と一応護身術とかの練習を始めたものの、たいして上達しなかった。
しかし、縄抜けだけはやたらとうまくなった。
才能があるのかもしれない。縛られるほうの。
嬉しくないけど。
後ろ手に縛られたふりをしたまま、そっと袖のカフスボタンをはずして、床に落とす。
それを椅子の足を使って踏んづけて、砕いた。
あーあ。さっきのが最後のチャンスだったのに。
チンピラの皆さんを見回して、俺は心の中で合掌する。
言ったからね、俺。
止めたからね。
俺が砕いたのは、カフスボタンの形を模した魔法石だ。
魔防石で魔力を封じられていても、俺の体から離れた魔法石から生じる微弱な魔力までは消せない。
破壊される瞬間、魔法石から流れた微弱な魔力は、通信にわずかなノイズを発生させる。
そのわずか一瞬であっても、膨大な魔力の持ち主であれば、十分に場所を特定できる。らしい。
1分も経たないうちに、それはやってきた。
ずがああああああん!
鼓膜が割れそうな轟音とともに、建物が半壊した。
「え?」
呆然とするチンピラの皆さん。
うん。そうだよね。
いきなり建物が半壊したら誰しもそうなるよね。
建物が半壊するなんて、台風か地震か、そういう、災害の時だけだもんね。
今彼らが敵に回したのは――ほぼそれに等しい相手だけど。
もうもうと立ち込める土煙が切れてくると、地面に大穴を開ける120点満点のヒーロー三点着地を決めたアカリちゃんの姿が見えるようになった。
俺は脚のロープも解いてそろりと立ち上がると、こっそりアカリちゃんの後ろへ移動する。
へたり込んでしまったチンピラの皆さんを横目に眺めて、「だから言ったのに」と思った。
なぜ俺が7度も誘拐されているのかといえば――これまでの6度、その誘拐が失敗に終わっているからである。
だいたい、アカリちゃんには勝てないから、勝ち目のありそうなやつ――つまり俺――を誘拐しようという魂胆が間違っている。
だってそれ、アカリちゃんが助けに来たら、勝てないってことじゃないか。
アカリちゃんが小メテオでチンピラの皆さんをこてんぱんにしているのを眺めながら、つい遠い目をしてしまう。
アカリちゃんがもし大メテオを出しでもしたら、国がまるごと吹き飛ぶ。挑もうという方が無謀な話である。
三点ヒーロー着地があまりにヒーローすぎたので、一度もう少しおしとやかに登場できないか頼んでみたところ、アカリちゃんを舐めてかかった誘拐犯の皆さんが抵抗してよりひどい目に遭うという地獄絵図になったので、お蔵になった。
あと直立不動でふわりと宙に浮かびながら忽然と現れるのは、ヒーローでもヒロインでもなく悪役ムーブだ。何かに似てるなと思ったら完全にフ〇ーザ様だった。
どっちがザ〇ボンでどっちがド〇リアか、ジャンと相談しておかなくては。
「ルーカス! 大丈夫!?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
チンピラの皆さんを畳み終わったアカリちゃんが、俺に駆け寄ってくる。
その肩に手を置いて、俺はにっこり笑って返事をした。
ほっと息をつくアカリちゃん。
「ごめんね、アカリちゃん。いつも助けに来てもらっちゃって」
「ううん。私の方こそ、ごめん。いつも私のせいで、ルーカスが」
「いやいや、悪いのは誘拐犯だからね。悪くないのに謝らなくていいから」
俺の言葉に、俯いてしまうアカリちゃん。
しまった、そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
慌てて言い募る俺に、アカリちゃんはぷくっと頬を膨らませて、拗ねたように唇を尖らせた。
ええ、なにその顔。カワイイ。
「でも、ルーカスも謝ったもん」
「俺のは違うの」
「違くない」
「いや聞いて。今回はマジであとちょっと、あとコンマ2秒で逃げ切れたから。ほんとに。タッチの差だったの。たぶん朝ごはん食べすぎたせいだね。だから、その「ごめん」的な感じなわけ」
「……ふふっ」
一気にまくし立てた俺に、難しい顔をしていたアカリちゃんが、こらえきれないといった様子で噴き出した。
よし。勝った。押せ押せの勝利だ。
いやでも、惜しかったのは本当なんだよ。それはウケ狙いじゃなくて事実だから。信じて。
「朝ごはん食べすぎてごめんって、何それ」
「うーん。……何だろうね?」
「そんなの、ルーカスは別に悪くないじゃない」
くすくすと笑うアカリちゃんに、ほーっと力が抜けていく。
やっぱりアカリちゃんは、笑顔がいいな。
アカリちゃんがもっと笑ってくれるように、次は絶対に逃げ切ろう。
つられて俺も笑いながら、アカリちゃんに手を差し出した。
「帰ろっか」
「うん」
「飛んでく?」
「ううん。歩いて帰りたい」
俺の手を握ってくれたアカリちゃんと、並んで歩く。
ちらりと視線を向けると、アカリちゃんもこちらを見ていた。
目が合って、照れ臭くなって、また2人で笑う。
アカリちゃんの小さな手のぬくもりに、ああ、戻ってこられてよかったなぁと、何度目になるか分からない気持ちを噛み締める。
先日夢でとうとうデフォルトルーカスから「代わってくれ」と泣きつかれたが、責任を取れと言ったのはデフォルトルーカスのほうである。
お前こそ自分の言葉に責任を取れと言ってやった。
俺、何回も止めたからね。何っ回も。それを無視したのだってデフォルトルーカスなんだからな。
俺は、俺の行動の責任を取って――いや、実際のところ責任だなんて、思ってない。
単に、俺がそうしたいから。
そういう無責任な理由で、俺はここにいる。
ちょっとだけ我儘を言ってくれるようになったアカリちゃんと、一緒に。




