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夕焼けの街


「それじゃ!カイ!次はどこ行くの?」


軽い足取りでカイに尋ねる。


「そうだなぁ、もう少し時間があれば海沿いの俺の家まで帰っても良かったけどな。」


カイはそう言って腕時計で時間を確認した。


「もうこんな時間か…。流石に日が暮れちまうな。仕方ない今日は温泉旅館で一晩過ごすか。」


「え!?ほんとに!温泉に入れるの?」


僕は温泉旅館という言葉に食いついた。


「ん?ああ。でもあんまり期待するなよ。大した規模の温泉じゃないから。」


「せっかく着替えたのに汗でベタベタで気持ち悪かったんだよー!」


僕は笑顔でカイに言った。


「なんかミチ。さっきからすごい嬉しそうだな。」


「うん!そうだよ?」


僕はそう答えたが、カイは何となくわからないなぁ。という表情で言った。


「そ、そっか。」


そして、ボソリと呟く。「なんだかさっきからニコニコし過ぎて怖いんだよなぁ…。まるで人が変わったみたいだ。」


「なんか言った?」


「え、な、何にもないよ!」


「そう。それならいいけどさ。

じゃ!行こっ!」


いつもならカイに文句をいう所だけど、今回は聞き流してあげた。自分でも驚くほど今の僕は何故が機嫌がいいみたいだ。


どうしてだろ?


カイも先ほどまでの僕の態度と、今の僕の態度が随分変わった事に困惑している様子だ。


「これが、…格の……か。」


その時、カイが何か言ったみたいだったけどあんまり聞こえなかった。



陽光デパートから出ると、もう夕日が辺りを照らしていた。


夕焼けのオレンジ色の光が辺りを照らし、多くのものがその光に照らされている。


無人の街に二人っきり。かつて人通りがそれなりにあっただろうこの場所はもう誰のものでも無い。誰もいない。

誰も並ぶ事のないバス停の時刻表が長い影を作っていた。


「何で夕焼けって寂しく感じるのかな…。」


「さぁ?夜が終わりだとすると終わりに近づいて来ているからじゃないか?それに、こんな廃墟だしな。終わりって言うものは得てして寂しく感じる物なのさ。」


「そっか。そうかもね。」


僕は遠くに映る夕日を眺めた。



「どうして、僕はここにいるんだろう?

何か意味があってここにいるのかな?」


僕がボソリと呟くとカイは少し黙った。


「…」


そして、カイは僕の方を見ずに下を向いて話し出す。


「…ミチは世界のことを知るためにここに来たんだと思う。」


「え?どうして?」


「だってそうだろ?何も知らないミチには知っていく事ができる。反対になんでも知っている奴は忘れていくしかないんだ。」


「え?それってどういう…。」


僕がカイの返答に困惑していると、カイはリュックから可愛らしい小さなリュックを僕に渡してきた。


「意外と、今が潮時なのかもな…。


ミチ。これあげるよ。一応しばらく暮らせる食料と水。あと、簡単な着替えなんかが入ってる。真空処理してあるから着替えは場所取らないけど、開封すると荷物が増えるから注意しなよ。」


カイは僕にリュックを手渡した。小さい割にずっしりとした重みを感じる。


カイはそのまま僕の反応も見ずに歩き出した。


「え?どう言うこと、ま、待ってよカイ!さっきからなんだか変だよ!僕何か悪いこと言った!?」


「いや、別に。それさえあれば俺が居なくても何とかなるだろ?」


「え?どうして?」


「…。」


カイは後ろを振り向かず歩いていく。


「…君は僕を置いていくの?」


そんなそっけない態度のカイを見て、僕はすごく悲しい気持ちになった。目頭が熱くなり、ポロリと涙が頬を伝う。


「いや、そんな事はしないけど。」


相変わらず振り向かずに彼は言う。


「それならどうしてそんな態度なのさ!」


夕焼けのオレンジが僕達を照らす。

その時、僕は、終わりを感じた。このままカイに話しかけなければこの関係が終わったしまう様なそんな予感が。


同時に、僕は自分の中に強い感情が芽生えているのに気がついた。


悲しい。寂しい。辛い。そして、怖い。


どうしようもないほど溢れてくる感情達。

そう…つまり僕は…。


嫌だ…!


そう…僕は嫌なんだ!


まだ、僕はカイとは終わりたくない!


まだカイと一緒にいたい!


「待って!」


僕の大声にカイがビクッとなる。

そして、彼は静かに振り向いた。その顔は喜怒哀楽の激しい彼には、今まで見たことの無い顔だった。


例えるなら何も感じていない様な表情。

無表情だったのだ。しかも、目線をこちらに合わせてもいない。


…こんなカイは嫌だ。


「カイ!行かないで!悪いことしたなら謝るから!ちょっとくらいエロ大魔神なカイでも怒らないから!!」


気がつくと言葉を発していた。喉を貫く様な必死な声。心からの言葉。単に彼とまだ離れたくない。その一心で。


「え?マジで?じゃあ、お言葉に甘えて。」


その言葉を聞いた途端。

急にカイが広角を上げてニヤつく。


「へ?」


勢いよくカイは僕の方へと駆け寄ってきた。


「え!?な、何!?」


涙を拭いて、鼻水啜りながらカイに怯む。


次の瞬間!バサっと白い布が顔に当たる。


「へ?何?」


続いて見えたのはカイのにやけた笑顔。


「いやー中身を知っててもやっぱり良いもんだわぁ。スカートめくりって。その一瞬に全てをかけるって感じで…。ってどうした!なんで泣いてるんだ?ミチ?」


その顔はすぐに心配する様な表情になった。


しばらく思考するそして、一つの答えにたどり着いた。


…やられた。

つまり、カイは僕をからかっていたみたいだ。

僕の元から居なくなる演技までして。


騙されたと言う気持ちとスカートをめくられた恥ずかしさで僕の顔がみるみる赤くなる。


「あ、ありがとなミチ!良いもん。見せてもらったぜ!」


ノリで誤魔化そうとするカイ。


「…このっ!」


僕はその苦笑い顔を見て、大きく左手を振りかぶった。


「変態っ!!」


夏の夕焼けの小麦色の肌に季節外れの紅葉が咲いた。


「痛ってぇえぇ!」


「もう最悪!」


僕はさっきの僕とは打って変わって怒りながらカイから離れる様に歩いた。


「ちょっ!エロ大魔神でも良いって言ったじゃんか!ってかなんで泣いてんの?」


「それは言葉のあやだ!誰のせいだと思ってるんだよ!ほんとにするなんて信じられない!」


そう言って僕は後ろを振り向いた。


大丈夫だ。カイはちゃんと僕を追って来てくれている。


毎回の如く申し訳なさそうな顔だ。


その様子を見て僕は安心した。


しきりに謝ってくるカイをしばらく放置した後、僕は彼に告げた。


「もう!次は無いからね!」


「うぅ。なんか腑に落ちないな…。

良いって言ったからやったのに。


…でも、泣き顔もありだな…。」


カイは顔の紅葉をさすりながら言った。


なんだかカイの様子が少しおかしい様な気がする。


さっきの言動と今のカイは変わりすぎな気がする…。一体なんなんだろう。さっき感じた終わりの予感はきっと本物だった。あんなに怖い予感が嘘だったとは思えない。


少し、そんな事を考えたが、もとの様子に戻ったカイに僕は安心していた。


まだ一緒に居られる。それだけで嬉しかった。


よかった。心からそう思っている自分がいる事に気がついた。


その時、一つの事実に気がつく。

カイは僕が来るまでずっとここに一人だった。


それを自分に置き換えてみるとゾッとした。


こんな広い世界に一人っきり。


少し闇を帯びてきた夕焼けに怯えて、僕は少し臆病になっているみたいだった。


何も言わずにカイの手をとる。


「え?何?」


「お願い。どこにも行かないで。」


下を向きながら言う。


「ど、どうしたんだよミチ。」


カイは困惑している様な、照れている様な感じで言った。


「少し、このまま歩いてもいい?」


「べ、別に構わないけど。ミチはいいの?俺手汗かきまくるタイプだけど。」


「そんなの別にいいよ。今は少しでも、君に触れてたい。」


「そ、そっか。なんか照れるな。」


カイはそう言いながら僕と手を繋いで歩いてくれた。


相変わらず少し先導して歩いてくれており、邪魔になるものを片っ端からどけてくれている。


「ありがとね。カイ。僕のこと助けてくれて。」


「え?急にどうしたんだよ。」


「僕一人じゃ何もできなかったなーって思ってさ。君がいなきゃきっと熱中症で死んでたよ。」


僕は少し笑って彼に言った。


「さぁね。それは誰にもわからないさ。案外俺がいない方がいい暮らししてるかもよ。」


「神のみぞ知るってやつだね。」


「それって要は誰も知らないって意味だろ?」


カイとの談笑は楽しかった。


繋いだ手から感じる温もりが僕を不安や恐怖から遠ざけてくれる。


どうしてこんなに安心するのだろう。


…わからない。


僕にはまだわからないことだらけだ。


山の方へと続いている坂道を歩いていく。

完全に塗装が剥がれているガードレールの奥の方にちらりと海が見えた。


「この坂道の上に旅館があるからな。もう少し頑張れよ。」


「うん!ありがとう!」


僕たちは手を繋いだまま坂を上っていった。

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