体は名を表す?
「悪かったって。機嫌なおしてくれよ。」
右の頬に紅葉を作った少年が申し訳なさそうに言う。今更申し訳なさそうな顔をしても許すつもりは無い。乙女の裸は安くは無いのだ。
「どうして教えてくれなかったんだよ。」
胸元を隠しながらぶっきらぼうに聞いてみる。
「そ、そりゃあ…。ねぇ。」
少年はなんだか煮え切らない返事をした。
「ねえ?答えてよ?」
「悪かったって。」
そう言いながら少年は背中に背負った登山用のリュックの中から大きめのシャツを僕に渡した。
「取り敢えずこれあげるよ。ちょっと大きいけど、透けるよりはマシだろ?」
手渡されたのは男物のシャツだった。よくあるスーツの中に着る奴だ。新しいもののようで封はまだ開けられていない。
「ふーん。案外気がきくじゃん。仕方ない。これで我慢してやるか。」
「君大人しそうな顔の割に結構言うね。」
「ん?僕の言葉に何か文句があるの?」
「いや?何にも。」
少年は目を逸らしながら口笛を吹きそうな顔で言った。
「これ着るから少し向こう向いてて」
「はいはーい。」
少年は軽い感じでそう言い、後ろを向いた。
…なんだか振り向いてきそうな気がする。
封をあげて上から着ようと手を胸から外した瞬間。狙ったように少年はこちらを向いた。
なんだか物凄い鼻の下伸びてる。
うん。そんな気はしてた。
「もー!なんなんだよ!このエロ大魔神!こっち見んな!」
片手で胸元を隠しながら再び彼の頬にビンタを食らわした。
「痛ってぇえ!」
「まったく…。この後に及んでまだ見るか…。とんでもない大魔神だよ…。」
後ろを向いて素早くシャツを着てボタンを留める。
案の定シャツはぶかぶかで僕の身長が低いせいか袖も出ないし短パンも見えない。
なんだかシャツしか着てないみたいになってしまった。
袖が長すぎて邪魔なので手が出るところまでめくって振り向く。
両頬に紅葉を作った彼は僕を見ると
「ビューティホー!しかし、袖をめくったのは減点ポイントだな。そこはそのままの方が良かった!そっちの方が萌える」
とか意味のわからないことを言いながらなんか気持ち悪い笑みを浮かべている。なんなんだこの人。
「ねぇ。大魔神。君の名前はなんて言うの?」
「え?大魔神ってなんの事?」
「君の事だよ!エロ大魔神。君にぴったりだろ?直じゃ無いとはいえ、この短期間で二回も素肌を見られるとは思っても無かったよ…。」
僕は少し先ほどのことを思い出して顔が熱くなった。
「…まぁ、別に否定はしないけどな。…ちなみに俺に名前はない。君はどうなんだ?」
少し言葉に間が空いたのは気になったが、まあいいか…。
「そっか。君も何も覚えていないんだね。僕もそうなんだ。ここがどこなのか。僕が誰なのか全く覚えていないんだ。」
「やっぱりな。俺も同じだ。俺はこっちに来て割と長いんだ。よかったら案内しようか?」
「え?いいの?」
「ああ。もちろん!」
なんだか彼はすごく嬉しそうな顔をして言った。
「そ、そう?それなら助かるけど。僕も1人じゃ心細いし。」
「だよな。俺はここに来て一年くらい経つんだけど中々1人だと寂しくてさ。今日君を見つけた時すごく嬉しかったんだ。
この世界には俺1人だけだと思っていたから。」
彼は先ほどの下卑た表情とは打って変わって寂しそうな表情を、浮かべた。
「そっか。そうだよね。1人って寂しいもんね。」
何故だかわからないが、僕は彼の気持ちが自分に流れてくるような感じがした。
「ちょっとしんみりしちゃったな。ごめんよ。取り敢えず日陰に行こう。ずっと陽に当たるのは良くないからな。」
彼の言う通り、今は昼間ということもあり、日差しはかなり強い。セミの鳴き声の響く夏真っ盛りって言う感じの気候だ。
彼に連れられてホームの休憩所のようなところに入る。木製の小屋で扉はガラス張りだ。
中には椅子が向かい合う形で5つずつ並べられていて、なぜかこの部屋は冷房が効いていた。ボロボロの外とは違い、ここは手入れが行き届いているように見える。
彼と向かい合う形で椅子に座る。椅子には埃一つ付いていなかった。
「はー!気持ちいい!ここは冷房が生きてるんだね」
「ああ。結構探すとこんな感じの休憩所スポットがいくつかあるんだ。」
「へぇ。そうなんだ。そういえば君は…」
「そうだ!いいこと考えた!」
僕の話を遮って彼は嬉しそうに言った。
「ちょっと!まだ僕が話してたろ!」
「まぁまぁ。本当にいいこと思いついたんだって。聞いてくれよ」
「…もぅ。仕方ないなぁ。何?」
とても嬉しそうに笑顔で言う彼の様子をみて、少し期待を込めて聞いてみる。
「俺に名前をつけてくれないか?今までは1人だったから名前なんて必要なかったけど今は君がいる。お互い名前をつけ合うなんてどうだ?」
急に妙なことを言いだすなと思ったが、彼の言うことも最もだと思った。
これから一緒に行動するのに君としか呼ばないのもなんとなく味気ない。
名前をつけるのは悪くないと思った。
「うん。いいんじゃない?じゃあ君から付けてよ。僕に相応しい名前をね!」
「え?俺からするの?」
「うん。そうだよ?言い出しっぺの法則って知ってる?でも、あんまり変な名前にしたらまだ僕のビンタが飛ぶからね!」
「うーん。そうだなぁ…。」
そう言って彼は僕の方をマジマジと見る。
ぶかぶかのシャツを着ているのでなんだか恥ずかしい。
「あんまり見ないでよ。エロ大魔神。」
「さっきからなんだよエロ大魔神って。確かに俺は彼シャツの女の子も大好物だが大魔神になったつもりはないぞ。」
「なんだよ彼シャツって。別に僕たちは付き合ってるわけじゃないだろ。変なこと言うなよ。」
「まぁ、そうだけどさ。別にいいじゃん。」
そう言って彼は下を向いて少し考え込むそぶりをした。
どうやら真剣に考えてくれているようだ。
ちょっとだけ彼のことを見直した。
そして、彼は勢いよく頭をあげる。
「よし!決めた!君の名前は未知だ!
君はまだ何も知らない。知らない事をこれから知っていく存在。だから君の名前はミチがいい!」
「えー。まんまじゃん。もうちょっと僕のこと考えてよ。」
「え?不満か?いい名前だと思うんだけど。」
「うー。まぁいいや。取り敢えずそれで納得してあげるよ。でも、もしまたいい名前を思いついたら教えてね。」
「なんだか気に入って無さげだな。」
そう言って彼は僕をジト目で見た。
「いや、別にそうじゃないけど…。ただ、物を知った後でも名前が未知なのはどうかなーって思ってさ。」
「まぁ、いいだろ?全てのことを知ることなんて誰にも出来ないんだから。」
「そうかな…。うん、そうだね。じゃあ。取り敢えず僕の名前はミチで!」
「取り敢えずってなんだよ。せっかく考えたのに張り合いがないなぁ…。じゃあつぎは俺の名前だ!ミチ!かっこいいの付けてくれよ!」
「かっこいいのねぇ。」
そう言いながらポーズを決めている彼の方をじっと見つめる。
彼は夏にぴったりの海の写真がプリントされたシャツを着ており、髪の毛はあまり切っていないのか少し長めだった。割とさわやかな顔をしている。
「あんまり見つめるなよ…。照れるぜ…。」
キメ顔で言った彼に思わずボソッと呟く。
「うわ…。キモッ」
「おい…その反応は流石に凹むぞ。」
「ぷっ!嘘だよ嘘!」
「それなら良いんだけどさ…。」
なんだか本気で凹んでいる喜怒哀楽の激しい彼を見て少し笑いが溢れてしまった。
「よし!じゃあ僕も決めたよ!」
「お!なんだ?」
彼は思いっきり顔を上げた。その目は期待に満ちている。
「君の名前は海だ!」
彼…、いや、カイは僕の顔をじっとりとした目で見た。シャツと僕の顔を交互に見ている。
「おい。絶対俺のシャツの柄見て名前決めたろ。」
「え?いいじゃん!君にぴったりだと思うけどな。さわやかな感じだし。君そんなに悪い顔じゃないしね。」
「悪い顔じゃないって…。
せめてちょっとイケメンとか言ってくれよ。」
「それだと僕が君に好意を抱いているみたいでやだ。」
「なんだそりゃ。じゃあ俺の名前はカイな。字面はイケメンだし俺は結構この名前気に入ったぞ。」
「ふぅん。それは良かったね。」
「おう。ありがとな。ミチ」
「はいはい。わかったよ。カイ」
こうして僕の名前は未知。
彼の名前は海になった。




