第七話 捕虜
「おやおや? スライムさん、それはなにです?」
ようやくグレイス様の城へとたどり着き、その城門を開けてもらうために呼び鈴へと触手を伸ばそうとしたところ、上の方から声がかかった。触手を使って上を見上げると、城壁の上、そこに一人の幼女がこちらを見下ろしていた。
「あ、もしかしてヤヤへのおみやげですか!? ありがとですよー」
自らをヤヤと呼ぶ幼女はそう言うと城壁から飛び降り、片手で勇者を持ち上げる。そのまま小さな口で勇者の首元に齧り付こうとしていたので、僕は「お土産じゃない」と急いで止めた。
「ヤヤ、それはお土産じゃないよ。グレイス様にその処分について訊ねに来たんだ」
「ありゃ、それはざんねんです。グレイスさまにかんするものなら、かってにちをすうのはダメですねー」
彼女はこの城の召使いであり、グレイス様の眷属であるヴァンパイアだ。グレイス様と違って色々制約はあるのだが、幼い外見とたどたどしい口調に見合わず、その戦闘力は高い。以前ダイアウルフ達と戯れていたが、楽しそうな彼女とは対照的にダイアウルフ達は白目を剥いていた。
「うーん、でもヤヤ、こばらがすいてるです。スライムさん、ヤヤにちをくれませんかー?」
「スライムに血液は流れてないよ。それより、グレイス様の謁見をお願いしたいのだけど」
「えっけんですねー、わかったですよ! あ、グレイスさまといえば――」
ヤヤは思いついたことをすぐに口にするため、彼女との会話はなかなか終わらない。舌足らずな言葉を聞き流しながら謁見の話を持ちかける。四度目でようやく「いってくるですよー」と手を振りながら、ヤヤは城内へと入っていった。
しばらくするとヤヤが門を開けてくれたので彼女の先導の下に中へと入り、グレイス様の待つ玉座の間へと進む。ヤヤは部屋の前に到着すると「グレイスさまー、あけますねー」と言って扉を開けた。
「……まずはご苦労とでも言っておこうか」
「ありがとうございます」
威風堂堂といった様子で玉座におかけになるグレイス様が僕へと労いの御言葉をかけて下さる。僕はその身をぷるぷると小刻みに震わせながら、グレイ様へと無い頭を垂れた。
「……あー、うむ。それで、其方が背負っておる者はなんだ?」
「勇者です」
僕が御質問に答えると、なぜかグレイス様は目を少し見開いて黙ってしまった。気絶しているとはいえ、やはり勇者を持ってくるのは不味かっただろうか。
グレイス様が僕に期待などしていないのは間違いない。僕だってスライムなんかに期待して下さるなんてまず思えない。
しかし、もしかしたらグレイス様は、スライムごときでもこの程度の勇者なら勝てるだろうと送り出したのではなかろうか。だとすれば、僕はグレイス様の命令すらろくにこなせぬ役立たずであり、自害した方がいいのかもしれない。
「………………そ、其方はそれをどうしたいのだ?」
しばらく玉座の間に沈黙が続き、僕の後方で立ちつくすヤヤがあくびをし始めた頃、ようやくグレイス様が御口を開いてくださった。
僕がこの勇者をどうしたいか、か。ふむ、僕としては特にどうしようとも思ってはいないが、どう答えれば良いだろうか。
まず、僕がこの勇者をここまで運んできた理由は、僕では殺せないと判断したからだ。僕の低い STRでは対処できないなら、僕よりも高い STRを持つ者にやらせれば良い。
しかし、勝手にそんなことするわけにもいかない。報告・連絡・相談はとても重要なことであり、すなわちグレイス様の御許可をいただく前に行動してはいけないということだ。
つまり、僕は他の者にこの勇者を殺す許可をいただきに来たということか。
「御許可をいただきたく」
「お、おお。そうであったか……」
グレイス様に僕の意図が伝わったようだが、何やら考える素振りを見せておられる。なんだろう、もしかしたらこれはグレイス様にとって望ましくないことだったのだろうか。
もしそうであれば、この後すぐに自害することにしよう。
「……よかろう。其方が言うのだ、何か考えがあるのだろう」
しかし、どうやら危惧したほどの事態には陥っていなかったようだ、僕の提案を許可してくださった。僕の考えというのがよくわからなかったが、所詮はスライムなのでグレイス様の御考えを理解しようと考える方がおこがましいだろう。
グレイス様は僕の上の勇者を一度見てから、改めて僕へと命令する。
「スラインよ、その勇者を捕虜として監視することを命ずる。何かあっても余に報告せず、其方の方で最善と思える判断をせよ」
ところが、グレイス様は勇者を殺す命令ではなく、むしろ捕虜として生かしておくことを命ぜられた。
どういうことだろうか。今までグレイス様が僕にこんな命令を下したことはない。
先程考え込んでいたことと何か関係があるのかもしれない。何にせよ、僕は下された命令を命を懸けて実行するのみだ。
「かしこまりました」
グレイス様には何か崇高なる御考えがあるのだろう。グレイス様が望むのであれば、僕は全力で勇者を殺さずに監視しよう。
僕は静かに寝息を立てている勇者を見ながらそう決意したのだった。