陀枳尼マリア菩薩
御門間はパソコンをタイプする。
指が何本かかけているせいで、タイプの音は五月雨のように途切れ途切れだった。
タイプが進むとともに、ひたひたと何かが迫ってくるのを感じる。
いや、御門間が異界に近づいているのか。
陀枳尼マリア菩薩。
それが御門間が指やめを失うことになった新しい呪術体系の主神が陀枳尼マリア菩薩だった。
御門間は知り得た概要をタイプしていく。
部屋に冷気が満ち、そこはかとなく肉が腐った臭いが漂いはじめる。
キリスト教と仏教をメインにさまざまな神々をミックスし、その澱だけを凝縮した呪術体系。
聖母マリアは人を喰う神、陀枳尼天と習合され、さらに女禍やあらゆる国産みの神とも習合される。
キリスト教の父系体系は買いたいされ、母系体系に置き換えられる。
よってセフィロートも解体され、セフィラーは曼荼羅のように暗黒のクリフォトの海に漂うことになる。
その基本テーゼは母なる陀枳尼マリア菩薩に食われることによる原初の混沌の海への期間。
全てが、生き物も国も星も宇宙さえまだ始まらぬ原初の海に期間することによる救済。
最後の審判は陀枳尼マリア菩薩が全てを喰らい尽くすことにより、完遂される。
キリスト観音はゴルゴダの丘で、神よ、なぜ見捨てたもうたのか、とは叫ばない。
それは聖餐であり、母なる陀枳尼マリア菩薩に喰われることにより救済の有り様を世に示したことになる。
そこまでタイプして御門間はスパークリングワインで唇を湿らせた。
さっきまではしなかった腐った肉の味がしたが、気にせず飲み干す。
その基本テーゼから、本来は宗教と相容れないはずのテロリズムや猟奇犯罪と容易に連結し、最悪の呪術体系に拍車をかける。
十二使徒の代わりに、ジェフリー・ダーマーらの猟奇犯罪者が地蔵に祀りあげられ、クリフォトの海を漂うことになる。
ダーマー地蔵のせいで、御門間は指と目を失い、人生を踏み外すことになった。
もう、戻ることはできない。
なにかが窓を叩く。
片方しかない目をやると、なにかうねくる紐のようなものが、窓の外にいた気がした。