第12話 修理と解読
眼前に広がっていたのは、これまで見てきたジャングルではなく、無機質に光る都市の輪郭だった。整備された発着場、行き交う群衆、空へ伸びる鉄とガラスの塔。都市に来るのはいつぶりだろう。何年も訪れていないせいか、見るものすべてに違和感を覚えた。アドラスが横目でルーとネイラを見ると、二人は辺りを見回し、初めての光景に興味津々のようだった。ここは自由惑星パランティア。今いる恒星系の中でもっとも発展した惑星で、義手の修理も暗号の解読も可能だとメティスが提案した場所だ。サルヴァから紹介された、ルーと回収した鉱物を検査してくれる研究所もこの惑星にあるという。
「よし、聞いてくれ」マクリルが全員を見渡して口を開いた。「ここからはそれぞれ別行動だ。アドラスとカルマンは義手の修理、メティスは暗号の解読、俺とレアはサルヴァに紹介してもらった施設にネイラとルー、それから鉱物を持っていって調べてもらう」淡々と出された指示に、皆は頷いた。
「じゃあ、私はここに知り合いがいるから、解読の協力を頼む。何かわかったら連絡する」
メティスはそう言うと、人混みのなかへ消えていった。
「俺たちも行くか」アドラスはネイラをレアに預け、立ち去ろうとした。するとネイラが急に不機嫌になり、服を掴んで離してくれなかった。
「大丈夫よ。パパはすぐに戻ってくるから」レアがネイラを宥めると、ネイラは少し不服そうな顔をしながらレアの腕に移った。「好かれてるな」カルマンが笑いながら言うと、アドラスは顔をしかめて「冗談はいいから、早く行くぞ」と足早にその場を後にした。
カルマンとアドラスは、修理に必要な部品と作業場を探して地下市場を歩き回っていた。中心部では純正部品しか置いておらず、どれも高額だったため、もっと手頃に手に入らないかとあちこち探した結果、地下の露店街に辿り着いた。地上の華やかさとは打って変わって、ところ狭しと並ぶ露店に人々がごった返し、怒号が飛び交っている。油と焦げた電線の匂い、呼び声と金属の擦れる低い音、露店の冷たい金属が手に馴染む感触――地下は別の生き物のように動いていた。「こういうところに掘り出し物があるんだよな」カルマンは目を輝かせ、ロボットの部品や見慣れない機械を手に取って眺めた。「目的は義手の修理だ。ショッピングじゃない」アドラスはため息をついた。
「わかってるって。必要な部品はちゃんと手に入れた。それにせっかくだし、修理だけじゃなく改造もしてみないか? 今の装備じゃこれから先不安だろ」カルマンの言葉には理があった。VENUSに追われている現状を考えれば、装備の強化は必要不可欠だ。
「何ができる?」アドラスが問いかけると、カルマンは少し考えてから答えた。「格納式のビーム兵器はどうだ? 状況に応じてサーベルにもシールドにもなる。いろんな場面で役立つはずだ」アドラスは頷いた。
「いい。だが電力と冷却が問題だ。短時間なら使えるようにできるか?」
「部分的には組み込める。連続運用は無理だが、短時間の放出なら試せる。安全ロックと冷却経路は工夫する」カルマンは自信ありげに言った。
「そうと決まれば、早速始めよう。」
その頃、メティスは高層タワーの最上階にいた。部屋は宮殿のように豪華で、絵画や彫刻が並んでいる。部屋の奥へ進むと、窓際にグラスを片手に立つ男が一人いた。「相変わらず趣味の悪い部屋ね」メティスが言うと、男はゆっくり振り向いて笑った。「久しぶりに会って最初に言うことがそれか? もっと他にあるだろう」二人は笑い合い、昔話に花を咲かせた。「久しぶりね、ゲールマン。会うのはいつ以来かしら」メティスが尋ねると、ゲールマンは肩をすくめた。「君が会社を辞めて以来だな。かなり前だ」ゲールマンはグラスに飲み物を注ぎ、メティスに渡した。「まぁ、久しぶりの再開に乾杯しよう。僕は酒が飲めないから中身はブドウジュースだけど」
しばらくして、メティスは本題に入った。「今日はお願いがあって来たの。暗号の解読を手伝ってほしい」メティスはデバイスを差し出し、ゲールマンはそれを起動した。画面が光り、文字列が流れる。しばらくの沈黙の後、ゲールマンは口を開いた。「確かに、これを僕のところに持ってきたのは正解だ。僕なら解読できる。だが、悪いが今は協力できない」メティスは眉をひそめたが、ゲールマンは続けた。「この暗号はPAFPが使うものに酷似している。防諜部にいた頃、何度も見た。だが今は彼らが重要な取引相手だ。手を貸すわけにはいかない」
メティスは黙って聞き、部屋の一角に掛かった絵画の前に立った。「この絵、どこかで見た気がするわ」ゲールマンは得意げに説明した。「これは16世紀の画家ブリューゲルの作品だ。庶民の生活を細かく描き、時にユーモアや風刺を交えるのが魅力だ」
メティスはふと、デバイスを取り出してゲールマンに向けた。「全部知ってるわよ。あなたが企業に所属していた時に不正に情報を持ち出し、それを活用して密輸ブローカーをしていること。この絵もその一つでしょ。PAFPが知ったら取引はどうなる? VENUSが欲しがれば、彼らが動くかもしれない」
ゲールマンは頭を掻き、ため息をついた。「そこまで知られていたら、ここから帰すわけにはいかないと言いたいところだが……いいだろう。今回は協力しよう。ただし、次は僕の仕事に協力してもらう」メティスは満足そうに頷いた。
「早めに片付けましょう」
窓の外は日暮れを迎え、これから長い夜が始まるかのように見えた。




