怪しい王女さまと侍従
幼稚舎に通い始めてからひと月と数日が経ち、通い慣れてきた頃の事。休日の日にミアが朝食を済ませた後にゴロゴロと過ごしていると、ルニィが手紙の入った封筒を受け取って来た。
「ミアお嬢様。国王陛下よりお手紙が届いております」
「サンビタリア殿下を王太子に推薦した件なのじゃ?」
「恐らくは。しかし、手紙を送って返事がくるまで約一ヶ月。やはり手紙のやり取りでは随分と時間がかかってしまいますね」
「通信用の魔道具がタイミング悪く故障したのじゃろう? 仕方が無いのじゃ」
ミアが手紙を受け取りながら答えると、クリマーテが首を傾げながら「うーん」と唸った。
「でも、おかしいんですよね。アンスリウム様が王太子に決定するまでは、問題無く作動していたらしいんですよ? それが、ミアお嬢様がサンビタリア様を王太子に推薦した直後に連絡が取れなくなるなんて」
「そう言う偶然もたまにはあるじゃろ。それより、結果が気になるのじゃ」
ミアは気にしていないが、偶然にしてはおかしな話だった。正式ではないにしてもアンスリウムが王太子となり、ミアと婚約を結ぶ話をしたまでは通信が出来ていた。それが、ミアがサンビタリアを再び王太子にと推薦した途端に壊れて、通信が不可能になってしまったのだ。これを偶然と言って済ませてしまって良いのか疑問な所ではある。
因みに、他の寮の通信用の魔道具は今のチェラズスフロウレスでは貸して貰えるわけもないし、天翼会にも後ろめたさもあって頼めない。更に、天翼会から与えられた罰が追加され、チェラズスフロウレス寮の転移装置の試用入園期間の間の使用禁止になった。そのせいで転移装置を使っての言伝すら出来なくなり、連絡する手段が手紙だけになった。手紙であれば内容を天翼会に見せる事で、審査が通れば天翼会経路で送ってもらえるのだ。しかし、それで一ヶ月はかかり過ぎだ。だけど、今のチェラズスフロウレスが文句を言えるわけがない。
「ずらずらと挨拶が書かれておるのう。こんなのどうでも良いのじゃ。……あ。あったぞ。ふむふむ。なんじゃと? 保留とはどう言う事なのじゃ」
「少し意外ですね。私はてっきり喜んで王太子候補に返り咲くと思ってました。高笑いでもしながら」
「クリマーテ。今のは失言よ」
「ここに本人がいないし良いじゃない」
「はあ……。貴女ね。良いわけがないでしょう」
「王太子の件は派閥間の争いを避ける為にも、ワシ等が国に帰るまではお預けのようなのじゃ」
「それが妥当な判断でしょう。試用入園の卒園式と学園の終業式は同じ日と聞きましたし、後ひと月も経てば、ミア様を含めて全員が城で話し合いが出来ますので」
「それもそうじゃな」
天翼学園にも夏休みがあり、試用入園の終了が夏休みに入るのと同じタイミングだった。だから、アンスリウムが国に戻ってから、正式にどうするか決める。国王から送られた手紙にはそう書いてあった。と言っても、ミアは“保留”の所しか見ておらず、その後に長々と書いてあった理由は最初の方しか見ていない。そして、全部を読んでいないのに、長くて読むのが面倒だとルニィに渡した。
「読まないんですか?」
「用件を簡潔に書いてあれば読む気にもなるけど、これは長すぎて面倒臭いのじゃ。後はルニィに任せるのじゃ」
「そんなに長かったんですか?」
ルニィが受け取って読み始めた手紙をクリマーテが横から覗き込む。そして、冷や汗を流して目を細めて、一言「長いですね」と呟いて見るのをやめた。
「さて、ワシは優雅に二度寝を――」
「ミアアアアアアアア!!」
「――っ!? ふぃ、フィーラ……?」
何の前触れもなく突然扉が開かれて、ミアの名を呼びながらネモフィラが現れた。ネモフィラでは考えられ無い礼儀のなっていない行為に、ミアだけでなく侍従たちが驚く。だけど、ネモフィラはそれどころではないとでも言うような鬼気迫る顔でミアに迫った。
「アンスリウムお兄様と婚約したと言うのは本当ですか!?」
「何かと思ったらその事なのじゃ? 本当じゃな」
ネモフィラは今までの鬼気迫る顔を真っ白に……と言うか、全身が真っ白になって動きが止まった。すると、背後からメイクーもやって来て、滅茶苦茶真っ青な顔で項垂れる。
そんな二人を見て、ルニィが冷や汗を流しながら補足する。
「正確には保留になっています。先程のお手紙に書いてありました」
「ほほほほほ、本当ですか!? 嘘ではないですよね!?」
「は、はい。アンスリウム様にもそうお伝えすると手紙に書いてあります。ところで、ネモフィラ様はミアお嬢様がサンビタリア様を王太子に推薦した事はご存知でしたでしょうか?」
「もちろん知っています。それはミアに聞きましたので。でも、アンスリウムお兄様と婚約したなんて、今まで知りませんでした!」
ネモフィラが恨めしそうにミアを見て、プクッと頬を膨らませて不機嫌な顔になる。
「そう言えば言っておらんかったのじゃ」
「こんな大事な事を黙っているなんて、わたくしとっても悲しいです」
「すまぬのじゃ。ワシとしてはアンスリウム殿下と婚約なぞしとうないし、破棄に出来れば言う必要も無いと思っておったのじゃ」
「ミアはお兄様と婚約するつもりが無いのですか!?」
「うむ」
ネモフィラが太陽のような眩しい笑顔を見せ、途端にご機嫌になる。背後にいたメイクーも同じで、ネモフィラに「良かったですね」と二人でルンルン気分だ。
「しかし、フィーラが今まで知らんかったのは意外なのじゃ。誰に聞いたのじゃ?」
「え? ええっと……それは…………」
何故か言い淀み、ネモフィラはメイクーと顔を合わせて、何やら怪しげなアイコンタクトを交わす。そして、二人して作り笑いをミアに向けた。
「ミア。わたくし午前中にしなければならない予定があるので帰りますね」
「うむ?」
「さあ、行きましょう。メイクー」
「はい。ネモフィラ様」
二人して何を隠しているのか分からないが、明らかに怪しい雰囲気を醸し出して、そそくさと部屋を出て行った。そんな二人を見送りながら、ミアは冷や汗を流して首を傾げる。
「なんじゃったんじゃ?」




