聖女が誕生する日(4)
お披露目会の会場は学校の体育館くらいの大きな部屋で行われていた。華やかに彩る数多の花が飾られていて、照明に照らされて淡い光を放っている。いくつも並べられたテーブルには、様々な料理が並べられていてどれも美味しそう。他より少し高くなっている壇上があり、警備の騎士が直立不動で二人立っていた。
既に人が何十人も集まっていて、料理を食べる者や婚約者を探す者などの様々な人がいる。もちろんその中にはミアのご近所さんや友達や知り合いもいて、母親が早速あいさつ回りを始めだす。だけど、ミアはそれには付きあわず周囲をキョロキョロと見回して、身の安全を護る為に脱出ルートや王族の関係者がいるかどうかの確認をしていた。
(ぬぬう。あそこにもあそこにも……あんな所にも王国騎士がおるのじゃ。ここは本当にお披露目会の会場なのか? まさか、意地でもワシを処刑する為に集まっておるわけではあるまいな? ぬぬう。なんと言う執念深さなのじゃ)
疑心暗鬼になりすぎて面倒臭い思考に陥っているが、放っておいて良いだろう。ミアの考えているような事は決して無く、王族が会場に来るのだから護衛が多いのは当然であるし、なにより昨晩王女が襲われているので当たり前だった。昨日の今日で警備が薄いなどあるはずもない。
さて、そんな面倒臭いミアはともかくとして開会時間となる。
お披露目会では、まずは村長が壇上に上がってお披露目会の開催を宣言するのだが、今回は王族がいるので違っていた。一言「静粛に!」と村長の声が上がったかと思うと、その直後に壇上に上がったのは、護衛の騎士を四人も連れたこの国の国王だ。
国王が壇上に上がると、一瞬で場が静まりかえり、この場に集まった全ての者が国王に注目した。
「五歳の誕生月を迎えた子供達よ。まずは祝辞を述べよう。おめでとう。諸君らは我がチェラズスフロウレスの国民として、今この時をもって迎えられた。これからは国の発展の為に慢心する事無く己の可能性を磨くといい」
国王は祝辞を一言だけ述べると、後は国の為に頑張れというような事を言って壇上を降りる。ミアはそれを聞いて、ちゃんと祝わんかい。と思ったけど、周囲の大人達や子供達はそうでないらしい。喜びの顔に満ち溢れて、随分と大袈裟に拍手喝采の大歓喜だ。しかもそれがわざとらしくではなく、本当の本当に喜んでいるのだから、ミアも思わず宗教みたいじゃのう。と顔を引きつらせた。そしてそんな中、やや興奮気味の村長が壇上に上がって一つ咳払いをした。
「国王様からの有り難いお言葉を受ける事が出来て、ここに集まった子供達は実に幸せで私は羨ましい。そんな羨ましい君達の魔力検査を早速行います。今から名前を呼ばれた子は私の前に来て下さい」
村長の侍従が壇上の上にイスと机を準備して、机の上に大きな水晶の玉を置く。この水晶の玉が魔力の検査で必要な物で、魔水晶と呼ばれる魔道具である。これから村長が魔水晶を使って、子供達の属性を調べて魔力量を計るのだ。
村長が子供達の魔力検査を始めると、国王が壇上の近くにいつの間にか用意されていた椅子に座って、何やら神妙な面持ちで魔力検査をする子供達に視線を向け始めた。ミアはそれに気がつくと、顔色を青くさせて、ごくりと息を呑み込む。
(あの鋭い目は間違いなく誰かを捜しておる目じゃ。昨晩ワシが会った王女はおらん様じゃが、これは安心出来そうにないのう。きっと王女の代わりに国王が変装しておったワシを捜しておるに違いないのじゃ。仕方が無い。ここは一つ、腹が痛くなったと言って退場をするのじゃ。……ぬ、ぬぬう。母上が睨んでおる。このままでは逃げられないのじゃ)
どうにかして逃げたいミアだが、それを母親が睨んで阻止するので他に案は無いかと考えるが、結局は良い案が思い浮かばず時間だけが過ぎていく。
「ミア=スカーレット=シダレ」
(万策尽きたのじゃああああ!)
心の中で叫びながら、村長に呼ばれてミアはしぶしぶ壇上に上がる。そして、壇上の側に立っていた騎士の中の一人が、昨晩助けた王女の侍従だと言う事に気がついた。
(や、奴は……いや。まだ慌てるには早いのじゃ。あの者にはワシの顔を見られておらん。きっとワシの正体はバレない筈なのじゃ)
ミアの考えた通りで顔を見られていたわけでもないし、王女が“王子さま”と認識していたので、その“王子さま”本人だと気付かれてはいない。一瞬だけ目がかち合うが、特に何も反応を見せなかった。だけど、逆にそれがいけなかった。
ミアはすっかり安心してしまい、対策を考えずにそのまま椅子に座ってしまう。その結果、村長から魔水晶に触れるようにと言われて、それを素直に従ってしまったのだ。これの何がいけないのか? それは、ミアが隠し通さなければならない特殊な属性がバレてしまうからだ。
「まずは君の属性を調べます。魔水晶が赤に光れば火の属性。青なら水の属性。緑なら風の属性。茶なら土の属性です。これから君が一生を共にする属性が何になるのか、しっかりと自分の目で確かめなさい」
「うむ……うむ?」
(ししし、しまったのじゃああああ!)
心の中で叫ぶももう遅い。既に属性の確認は始まってしまっている。友人であるジェンティーレ以外に内緒にしている、家族にすら言っていない属性が今、このお披露目会で姿を見せた。
「ひ、光属性? なんと珍し……違う。一見白に見えるこの金色の煌めき……これは白金。まさか!? せ、聖属性!?」
「――――っ!?」
村長が驚愕して声を上げると、一瞬にして会場全体が驚きに包まれた。その意味が理解出来ない子供達は首を傾げ、騎士や大人達が信じられないとでも言いたげな顔で口々に「聖属性」と呟き始める。
(ひいいい! 一巻の終わりなのじゃあああ!)
ミアの持つ属性【聖属性】。
それは神に認められた者にしか持つ事が許されない聖なる光の属性。誰もが羨み、誰もが恋い焦がれ、誰一人として持つ者がいないこの世に二つとないもの。聖属性を持つ者は国どころか全ての種族の上位にあり、それは神に等しい存在として崇められる。
ミアはそんな聖属性の所有者であり、のんびり引きこもってスローライフをする為には、絶対に隠し通さなければならないものだった。バレてしまえば最後。間違いなく引っ張りだこになり、のんびり引きこもりスローライフなんて夢のまた夢である。しかし、もう既に隠し通せる状況では無い。
国王が大きく見開いた目でミアを見つめて、二人の目がかち合った。
「今日はなんと言う素晴らしい日だ。まさか、聖女様が再びこの世界に舞い降りていたとは。聖女様、どうか我がチェラズスフロウレスを導いて下さいませ」
「嫌なのじゃあああああ!」
ミアの叫びがこだますと、その拒絶が聞こえていないのか、周囲から一斉に喜びの拍手が湧き出した。これが新たな聖女誕生の瞬間である。