聖女は友人と改めて再会する
「ミア。久しぶりね。元気してた?」
幼稚舎でネモフィラが倒れて早速保険室でお世話になり、そこでジェンティーレとミアは改めて再会する。ミアとネモフィラの侍従であるルニィとルティアの二人は、主たちの代わりに幼稚園組での説明を受けていた。だから、今この場にはミアとジェンティーレと眠っているネモフィラだけ。ミアは公爵だとかのしがらみを気にする必要も無く、いつも通りの調子でジト目を向けた。
「元気してた? じゃないのじゃ。お主、ミミミの調整がまだ不十分ではないか。おかげでコントロールが大変なのじゃ」
「あら? でも、制御出来ないわけではないのでしょう? だったら十分じゃない。それに、君が使ってるそれは旧式のままなのよ。一応は君の本来の力を十分に出せない筈なのだけど?」
「ぬぬう。信用出来ないのじゃ」
「なにそれ。信用出来ないなんて酷い。悲しいわ」
などと言いながらも、ジェンティーレは特に気にした感じも無く笑っている。そしてそれはミアも同じ。最初はジト目を向けていたが、その顔の表情は随分と穏やかで信頼が窺える。
「しかし、お主が本当に天翼会のメンバーとはのう。正直少しだけ驚いたのじゃ」
「最初に出会った時に言ったけど、これでも魔装開発者なのよ。とっても偉いんだから」
ミアが唯一前世の事も話している親友であるジェンティーレは、天翼会の一人であり、そして魔装を作った張本人。だからこそ、ミアに魔装を渡す事が出来たし、その調整も出来るのだ。ただ、開発者だと言う事はミアの聖女を秘密にしているのと同じで、表沙汰には出来ない秘密な事。
理由は単純。悪い連中に目を付けられ、襲われる可能性があるからだ。魔装と言う兵器は、それだけ大きな存在であり、一歩間違えれば恐ろしい殺戮の道具に変わる。だからこそ、天翼会では絶対に口外してはならない事の内の一つだった。と言っても、作った本人がミアに普通に喋ってしまっているわけだが。
「表向きは保険医で、実は天翼会の中で唯一魔装を作れる者で、一応副会長の内の一人じゃったか?」
「今の最新式は量産化出来る簡単な物だから私以外も作れるけどね。それから、一応ではなくて、れっきとした副会長よ。寮長のジャスミンと一緒でね」
「ああ。あの子供先生なのじゃ」
「そうそう。その子供先生。ああ見えて、七人の……って、それより」
ジェンティーレは何かを思い出したと言う表情を見せて、机の引き出しから直径三センチくらいの小さな魔石を取り出した。魔石は透明感のあるルビーのような赤い色をしていて、窓から差し込む陽射しに照らされ綺麗に輝く。
「魔石なのじゃ?」
「そう。これは火属性の基礎魔法が使える魔石よ。まあ、五回までって言う回数制限付きだけどね。でも、君はこれから先の三ヶ月間で必要になるでしょう? 流石に人前で聖魔法なんて使えないから、この魔石を使って誤魔化して」
「おお。確かに言われてみるとその通りなのじゃ。全然対策を考えていなかったのじゃ」
「考えていなかったって、幼稚園組でも魔法は習うのよ? どうやって隠すつもりだったの?」
「隠すも何も考えていなかったと言ったであろう? もちろんその事をすっかり忘れておったのじゃ」
「……くく。あはははははっ。もちろん忘れてたって。本当に君は面白いね」
聖女と言う正体を隠したいのに、そこ等辺を全く考えていなかったミアはやはりアホだった。ジェンティーレに笑われて、ミアはちょっと恥ずかしくなって顔を赤くしてそっぽを向いた。
「し、仕方がないじゃろ! ワシは引きこもり計画を考えるのに忙しいのじゃ!」
「ぷく。ま、まだそれ言ってるの? もういい加減諦めたと思ってたわ」
「諦めるわけないじゃろ! ワシの将来の夢なのじゃ!」
「あはははははっ。将来の、ゆ、め。あはははははっ。ダメ。お腹痛い」
「人の夢を馬鹿にするでないのじゃ! 相変わらず失礼な奴じゃなあ! ワシは大真面目なのじゃ!」
引きこもるのが将来の夢と言うのもどうかと思うが、確かに人の夢を馬鹿にするのはよくない。ミアは本当に大真面目なのだ。でも、そんなミアにジェンティーレは爆笑してお腹を抱えて、笑いすぎて涙まで出ていた。と言っても、これもいつも通りなのだろう。二人の間がこれで悪くなるなんて事は無かった。
ジェンティーレは笑い終わると先程取り出した魔石を差し出して、ミアはそれを受け取った。
「大事に使わせてもらうのじゃ」
「五回使い終わったら、抜け殻になったその魔石を持って来てね。新しいのと交換するから」
「わかったのじゃ。でも、どうせなら予備もほしいのじゃ」
「無駄使いしそうだからダメよ」
「ぬぬう。仕方が無いのじゃ」
思い当たる節があるのだろう。ミアはそう言って早々に諦めた。
「その代わり君の魔装に調整を加えて、最新式……と言うよりも、君に合わせたものにグレードアップしてあげようか?」
「これ以上威力を強くされたらワシが困るのじゃ。今のままで良いのじゃ」
「あら残念」
「それより調整するなら威力を弱めるのじゃ。使う度にいちいち手加減するのが面倒臭いのじゃ」
「それはそれで私が面倒なんだけ――」
「ん、んん……あれ? わたくし……。あ。ミア」
話の途中でネモフィラが目を覚まし、上体を起こしてミアと目がかち合う。すると、ジェンティーレが話を中断して、ミアに「またの機会にしましょうか」と告げた。ミアが頷きミミミの調整は延期となり、お話はこれにて終了。
ミアはネモフィラを連れて、これから三ヶ月間お世話になる幼稚舎のお部屋へと向かった。




