ペットの餌
サンビタリアやアンスリウムが天翼学園に戻ってから暫らく経つ頃。ミアの寝室では侍従たちが忙しなく動きまくっていた。
「の、のう? ルニィさん。この前ワシが都で新しい服を買って来たし、これ以上は服を新調せずともよいのじゃが?」
「いけません。ミアお嬢様は成長期ですし、三ヶ月の短い期間と言っても、持ち込んだ衣装が着れなくなる恐れもあります。こうしてミアお嬢様が来てからの一ヶ月で、どれだけ成長したかを調べさせて頂いて、三ヶ月でどれだけ成長するかの予想を立てる必要がございます。それから、ネモフィラ様と王都にお出かけされた時に購入した服は却下です。ミアお嬢様が購入した服を否定にするつもりはありませんが、貴族のものとしては相応しくありません。ですので、あれは城内の部屋着だけの使用にして頂きます」
「そ、そんなあ。あんまりなのじゃあ……」
と言うわけで、天翼学園児童部試用入園に向けて、ミアの新しい服を揃える為に採寸している所である。ミアは元々この城に来る前の馬車の中で採寸していて、それで服が用意されていた。だから、今回はそのデータを元にして、今のデータと合わせて成長の速度を調べようと言うわけだ。そう言う事情もあり、ミアは今侍従たちからもみくちゃに……基、もの凄い速さで色々と調べられている。
ミアはゲッソリとした表情を浮かべて、それが早く終わらないかと深く願った。ただ、ミアが我慢できるのは、ある意味ではルニィのおかげでもある。
ミアが買って来た服は平民の服で、本当に貴族に相応しくない物。本来ならば何らかの形で処分されてしまう事だろう。でも、ルニィは服自体は否定もしないし、誰にも見せる事の無い部屋着としてなら着ても問題無いと許してくれている。ルニィの対応はかなり優しく寛容なものだった。だから、ミアもそれが分かっているので、もみくちゃにされようと我慢して耐えようと思ったのだ。
「一ミリも変化なし……でした」
「な、なんじゃと? そんな馬鹿な事があるわけないのじゃ。一ヶ月と言えど、一センチくらいは伸びている筈じゃ」
「それは言い過ぎです。とは言え、ミアお嬢様の年齢ですと育つ子はそのくらい育ちますので、こんな結果になるとは予想外でした」
「ぬおおおおおお! 何故じゃあああ!」
もみくちゃにされても我慢した結果が報われないものになり、ミアは叫んだ。これではもみくちゃ損である。しかし、そんなものは関係無い。結果は中身と一緒で成長無しだ。ただでさえ五歳児に見えない九十五センチの幼児体型のミアは、それに合わせた服を準備してもらう事になった。
「でも、おかげで助かりました。試用入園まで後二週間もありませんし、どうなる事かと焦っていましたから」
「そう言えば今更だけど随分と急じゃったな」
「はい。昨晩にサンビタリア様からの手紙が届きまして、衣装など運ぶのも最初の移動の時だけだと突然知らせが入ってしまって……。私達がそれを知ったのは今朝の事でした」
「それは最悪じゃなあ。流石に急すぎるのじゃ」
「いえ。しっかりと確認をしていなかった我々の責任です。侍従として、最初に疑問に思って確認をするべきでした」
「うーむ」
(流石にそれは無理じゃろ)
ルニィは深く反省しているけど、ミアはそう思わず冷や汗を流した。なんなら、サンビタリアがちゃんと最初に言わないのが悪いとさえ思っている。実際、この急な報告で今朝から全員が慌てて準備を始めたようで、それはネモフィラやランタナも同じ。今日と明日と明後日は勉強や実技の訓練はお休みになり、ネモフィラもランタナもあっちへこっちへと忙しくしていた。
「ところでミアお嬢様。聞きましたよ。厨房で新しい食材を生み出したそうじゃないですか」
突然に目を輝かせてそう言ったのはクリマーテだ。クリマーテは採寸の記録を書いた紙をルニィに渡すと、興味津々の表情でミアに近づいた。
「新しい食材……? はて? なんの事じゃろうなあ?」
「“ちりめんじゃこ”ですよ。美味しいってシェフが喜んでいましたよ」
「そう言えば作り方を教えてあげたのう。でも、イワシの稚魚に塩を加えて茹でて乾燥させただけじゃぞ。そんな大層なものでは無いのじゃ」
「そんな事ありませんよ。私も少し頂いたのですが、とっても美味しかったです」
「イワシの稚魚……と言うと、ミア様がお忍びで王都に行った時にペットショップで買った魚ですね。スモールベアーの餌を買いだした時は驚きましたけど、ご自身が食べる為に買っていたのですね」
とヒルグラッセが口を挟む。ヒルグラッセの言う通りで、ミアが動物を見たいとペットショップに行ったのだが、そこではイワシの稚魚が餌として売られていた。
スモールベアーと言うのは、この異世界特有のクマでとても小さく、大きさは犬のパグと同じくらいである。とまあ、それは置いておくとして、ミアはそこでイワシの稚魚を発見して買って厨房で調理したわけだ。それで興味を持ったシェフに作り方を教えると、ちりめんじゃこがこの世界にはない食材であり調理方法だったので、シェフ達が驚いて絶賛したのである。結果としてシェフ達の賄い料理のトッピングとして使う事になり、只今厨房にてブームが巻き起こっていた。
「ふふふ。そんな所に売っていたのですね。だとしたら、ちょっと大騒ぎになるかもしれませんよ」
「なんでじゃ?」
「サンビタリア殿下がちりめんじゃこの情報を何処かから入手した様で、天翼学園児童部試用入園の前日に天翼会の方を何人か連れて帰国するそうです。因みに、我が国のエリートシェフが誕生させた新しい食材。と言って紹介したそうです。まさかペットの餌だなんて思いもしないでしょうね」
「なんじゃとおお!?」
(ヤバいのじゃ! 王族がペットの餌を食べると言う噂が広がってしまうのじゃああああ!)
思いもよらぬ展開に、ミアは顔を真っ青にして頭を抱えたのだった。広がるわけないのに。




