開けなくていい扉の開放
重い空気を吹き飛ばしたネモフィラの言葉に驚くミア達。だけど、そんなのお構いなしにネモフィラは期待に満ちた目をミアに向ける。
「ダンデ村で助けてくれた王子さまはミア様なのですよね!?」
(そう言えば王子さまがどうのと国王とランタナ殿下も言っておったなあ。いや、しかしじゃ)
「急にどうしたのじゃ? ネモフィラ殿下、今はお主の命が狙われておる話をしているのじゃ」
「そんな事はどうでもいいのです!」
「なん……じゃと…………?」
「わたくしの命が狙われていようがいなかろうが、そんなものは今は些細な事です!」
「さ、些細な事ではないと思うのじゃが?」
「どうでもいいのです!」
どうでもいいと力強く言い切るネモフィラ。そんなネモフィラに動揺を隠せないミア。と言うか、この場にいる全員が動揺し、そして困惑している。しかし、ネモフィラは止まらない。
「ミア様と一緒に帰って来たメイクーから、ミア様の素敵なお話をたくさん聞きました! だから、ずっとずっと気になっていたのです! あの時に助けてくれた王子さまはミア様だったのですよね!?」
「そ、それは……」
(やっばいのじゃ! ついに処刑される時がきてしまったのじゃ!)
きてません。と、そんなアホなミアはともかく、ネモフィラはミアの答えを待たずに目を輝かせて言葉を続ける。
「わたくしはあの時の事をずっと感謝しているのです。でも、まさか同い年の女の子とは思わなくて……。直ぐに気がつけなくてごめんなさい」
「か、感謝……なのじゃ?」
「はい! あの時は本当にありがとうございました!」
そりゃそうだ。って話なのだが、今まで怯えていたアホなミアには感謝されるなんて想定外の出来事だった。だから、ミアはパアッと太陽のような晴れやかな笑顔になる。
「そうかそうか。気にする事ないのじゃ。お主の元気そうな顔を見てワシも安心したのじゃ」
「ミア様……はい! 本当に良かった。あなたに会ってお礼がしたかったんです。わたくしだけでなく、ルティアやメイクーまで救って頂けて、みんな感謝しているのですよ」
「いやいや。お礼なんていらぬのじゃ。それよりも、あの時は素っ気ない態度をとってしまってすまぬのじゃ」
「ふふふ。素っ気ないだなんて。ミア様、それこそお気にして頂かなくていいのですよ。正体を明かさずに立ち去るお姿は、とてもかっこよかったです。あの、それで一つお願いがあるのですけど……」
「お願い? なんでも言っていいのじゃ」
「で、でしたら、わたくしとお友達になって下さい!」
「もちろんなのじゃ。ネモフィラ殿……フィーラとワシは友達なのじゃ。フィーラもワシの事は呼び捨てで構わぬのじゃ」
「はい! ミア!」
ミアとネモフィラが笑い合う。すると、国王と王妃とランタナも笑顔になった。だけど、国王は直ぐに真剣な面持ちになる。
「ネモフィラが聖女様と友になった事を心から喜ばしく思う。しかし、ネモフィラが命を狙われている問題は解決していない。私としては外部の者が犯人であってほしいが……」
「そうですね。フィーラは強がってどうでもいいと言っていますが、私はフィーラが先程俯いて涙を堪えていたのを見ていました。どうでもいいなんて、そんな筈はありませんもの」
「いいえ、お母様。わたくしは本当にそんな事はどうでもいいのです。狙いたければ狙わせればいいのです。王子さまがミアだった事の方がよっぽど大事です」
「え……? ふぃ、フィーラ? 本気で言っているのですか?」
「はい。俯いて涙を堪えていたと言うのは、派閥争いなどの話をしていた時の事を言っているのでしょう?」
「え、ええ……」
王妃が動揺しながら頷くと、ネモフィラは少し恥ずかしそうな表情で視線をミアに向ける。
「わたくし、助けてくれた王子さまに恋をしていました。でも、王子さまがミアだと気付いて、異性では無いと知って悲しかったのです。結婚したいと考えていましたから」
自分の命が狙われていると言うのに、何とも呑気な話である。おかげで王妃どころか国王とランタナも驚いて困惑するしかなかった。しかしそんな中、同じく呑気なミアだけが少し照れる様に笑う。
「それはすまんかったなあ。ワシはこの通り女じゃ」
「いいのです。わたくしが勝手に勘違いして、それで好きになってしまっただけですから」
「フィーラはいい子じゃなあ。笑顔が可愛いし、メイクーも旅の道中でとても優しい子だと褒めておった。可愛くて誰にでも優しくて部下からも人望があるのじゃ。ワシが男であればきっと惚れておったのじゃ」
ミアがとっても眩しい曇りなき笑顔で話し、この時、ネモフィラの脳内に電撃が走る。今まで可愛いや綺麗などの外面の褒め言葉のみを散々聞いてきたネモフィラにとって、内面を褒められるのは初めての事だった。国王や王妃やランタナにはいい子だと何度も聞かされてきたけど、ミアから言われたような褒められ方は初めてだし、誰かから惚れるなんて言われた事が無かった。しかもその相手が、一度は恋をしていた相手である王子さまミア。眩しい笑顔付。そんなの、まだ五歳の少女には耐えられる筈が無かったのだ。
ネモフィラの中のミアの存在は今、友達の領域を軽々と飛び越えていった。
「ミアは婚約者はいらっしゃらないのですか?」
「婚約者なのじゃ? おらんし結婚する気も無いが……急になんじゃ?」
「いえ。なんでもありません。末永くお付き合いして下さいね」
そう答えたネモフィラは、国王や王妃やランタナすらも今まで見た事が無い素敵な満面の笑みを見せる。しかし、それだけでは終わらない。ミアが「うむ。ずっと仲良しするのじゃ」なんて言いだすものだから、ネモフィラの目……と言うか瞳の中にはハートが芽吹いてしまった。
間違いなく、ネモフィラが開けなくていい新たな扉を解放した瞬間である。




