平凡な日常との別れ
「出来ればワシが聖女だと公表はせず控えてほしいのじゃ」
「それは勿論。聖女様が修行を終えるまで下手に公表すれば、今の内に取り込もうと良からぬ事を企む輩も現れる事でしょう。聖女様が成人するまでは秘匿とするべきです」
思いの外とんとん拍子に話が進み、国王が同意して秘匿だと告げると、大人達は全員が緊張した面持ちになる。そして、国王から万が一誰かに話せば重い刑罰が下る事も告げられた。
一番の心配はお披露目会の主役である子供達だったが、それは保護者たちを信じて口外しないように言いつけてもらうしかない。例え子供が口を滑らせてしまった場合でも、子供だからなんて甘い理由は通用しないのだから。
こうして、ミアの勘違いと我が儘で会場内の全員が巻き込まれる事になってしまったのだが、ミアを恨む者は一人もいなかった。何故なら、聖女と言う存在がそれ程に待ち望まれていた存在で、更には国王や聖女と秘密を共有出来る事に皆が喜びを感じていたからだ。子供達もまだ五歳児なので、恨むとかそう言うのはよく分からず受け入れるだけ。
「それでは聖女様。より聖女としてご活躍される為に、私めから提案がございます」
「良かったわね、ミア。国王様があなたの為に助言をして下さるそうよ」
「う、うむ……」
と、頷いたものの、ミアは何か嫌な予感がした。そしてそれは、ものの見事に的中する。
「聖女様には是非とも天翼会の学園に通って頂きたいのです」
「て、天翼会の学園じゃと!?」
天翼会。それは、この世界の最高権力者達の集い。国より立場が上かと言われれば、そうでは無い。だが、天翼会が仕切っている天翼学園は別で、学園内において国は天翼会には逆らえない。そして、それを可能とするだけの実力者が天翼会にはいる。と言っても、別に武装集団と言うわけでは無いし、とても平和主義者な者たちの集まりである。
天翼学園には各国から様々な理由や目的で集められた王族や貴族たちがたくさんいる。つまり、そんな王族や貴族溢れるとんでもない学園に通えとミアは言われたのである。のんびりスローライフ予定のミアには堪ったものではない。
「良かったわね! ミア! 天翼学園に通えるだなんて、とても光栄な事よ!」
「何を言うのじゃ母上! 天翼学園なぞ、殆ど王族と貴族しか通わん所じゃぞ! 平民のワシが行ったら、場違いすぎて絶対に目を付けられるのじゃ!」
ミアの訴えは実際に起こりそうな事ではあった。王族や貴族の中に平民が並んで暮らすのだ。残念ながら、周囲から異質なものとして見られてもおかしくはない。それだけ王族や貴族と平民の身分の差は激しく、それは他国でも一緒だった。しかし、ミアの心配は杞憂に終わる。
「ご心配の必要はございません。僭越ながら、聖女様に身分を隠す為の爵位をこの場で献上致します」
「しゃ、爵位じゃと!?」
「はい。今この場をもって聖女様を公爵とし、学園が始まるまでの六年間は城で生活をして、公爵としての礼儀作法などをしっかりと学んで頂きたく存じます」
「なるほどのう。確かにそれなら……じゃ、ないのじゃ! 六年間も城で生活じゃと!?」
「歓迎いたします」
「良かったわね、ミア」
「よくないのじゃあああ!」
絶望がミアに押し寄せる。しかし、ミアの絶望の叫びは誰にも届かない。ミアの母親が国王に「申し訳ございません。この子ったら照れちゃって」なんて事を言うものだから余計にだ。だから、ミアが頭を抱えているのに、皆が皆それが照れ隠しだと勘違いしていた。
せっかく成人まで時間がたくさんあると思っていたのに、六年間の城生活と、成人までの学園生活が確定してしまった。どう考えても忙しい日々の幕開けである。だけど、ミアはそんな中でも前向きに物事を考える事にした。
(こうなったら仕方が無いのじゃ。せっかく城に行くのじゃし、失礼な事をしてしまった王女様に謝って、処刑の可能性を消し去るのじゃ)
くどいようだけど処刑は無い。とは言え、前向きなのは良い事である。それに、のんびり引きこもりのスローライフ人生には程遠い状況になってしまったミアだったが、まだ諦めたわけでは無かった。
(こうなったら、何が何でも引きこもりになるのじゃ! 城に行けば、城に見合った大きな書庫がある筈じゃ。処刑の可能性を消したら、引きこもりに必要なものを書庫の豊富な知識で学ぶのじゃ!)
ミアは駄目な方向に頑張り屋さんだった。
◇◇◇
お披露目会の翌朝。王族によるお披露目会の巡回がダンデ村で最後だったらしく、ついでと言う事で、ミアは王族と一緒に村を出る事になった。
「忘れ物はないわね」
「うむ。ちゃんと城に向かう道中で食べるおやつも持ったのじゃ」
「おやつ? ミア、もう君は貴族なんだし、田舎村のおやつなんて王様たちの前で食べていたら品が無いと思われるんじゃないか?」
「何を言う父上。おやつは全国共通の子供のお供じゃ。それを品が無いと言うなら、それは王族が間違っておる」
「王族が間違ってるって、そう言う失礼な発言は絶対に王様には言うなよ? と言うか、ミアが聖女だなんて、まだ信じられない」
「兄上の言う事は尤もじゃ。ワシは聖女なんかになりとうない」
「はいはい。我が儘言わないの。それに、なりたくないと言うけど、既にあなたは聖女なのよ。今はそれを隠しているってだけなんだから、しっかりなさい」
「ぬぬう……」
と、ミアが顔を曇らせると、丁度良く迎えの騎士が「お迎えに上がりました」とやって来る。
「き、来てしまったのじゃ。ぬぬう。やっぱり行きたくないのじゃ」
「はいはい。いつまでも駄々こねてないで覚悟を決めなさい。いい? ミア。女は覚悟が大事なのよ」
(ワシは前世では男だったのじゃ)
なんて事を言えないミアは、素直に「うむ」と頷いた。それを見て母親は「よろしい」とミアの頭を撫でる。
「ミア、向こうに着いたら手紙を書くんだよ? 楽しみにしているからね」
「わかったのじゃ、父上」
「珍しい物があったら手紙と一緒に送ってくれよ」
「兄上~。少しはワシの心配をするのじゃ。まあ、考えておくのじゃ」
「しっかりね。何か迷った時は“覚悟が大事”って思いだすのよ」
「う、うむ。肝に銘じておくのじゃ、母上」
荷物を詰めたリュックサックを背中に背負い、三人の家族を見回して、ミアはニッコリと笑みを浮かべた。
「行ってきますなのじゃ」




