婚約回避
まず一つ、問題があった。
私の紹介文に「地頭が良いため実力でクラスAAに所属した」と書かれていたが、今や幸薄の前世幸子の影響を過分に受けた令嬢として、その実力とやらはどこまで発揮できるものか分かったものじゃない。
そもそもそんな実力が自分にあるとは思えない。
それほど頭が良いとは思えないのだ。令嬢というのは、ある程度みな同程度の教養を身につけているもの。
問題になるのは令嬢としての振る舞い。化け狐同士の騙し合いをどう笑顔とそつのない台詞で乗り切り、家へ迷惑をかけず、寧ろ利益を出すか、のほうがその機転の利く脳みその出来具合というものが計られてしまうくらいなのだ。
学校での勉学というのはある程度、基準というものが存在するがその人間対の会話だけはそんなものは存在しない。だからこそ難しい。学園となると勉学だけでは済まない。エリーにとってはその点が一番のネックなのだ。
令嬢として気を遣いあってはいるが、今一歩踏み込んでいけない。故に、それなりの友人関係を築く者のそばでエリーはやはりというか蚊帳の外、どころか嫌われ者だった。
まだこの世界での学校入学義務の年齢ではないので、試験を受けたことはないが家庭教師から褒められたことなどない。
というか、感情がないかのような人ばかりが家庭教師のために会話がない。
なので自分の実力というものも分からないのだ。プラスに前世幸子の影響ときた。
いや、…いっそ物語主要キャラの彼らと関わらないようにしたら物語が変わって、私の人生も変わるのでは?
例えば…婚約そのものを解消、もしくは回避することができれば彼とも下手に関わる必要もない。
試験に全力で挑まずそこそこの頑張りでクリアしてクラスAAの所属から回避する、というのも手だ。
まずレオン王子はキャサリンに夢中になるだろうから、もし最悪婚約を回避できなかったとしても、その状況を鑑みて円満に解消することもできるだろう。
「お二人の幸せを願っていますわ。どうぞお幸せに。」とか何とか言って。
ただ、前ハッシュトン侯爵と王族の間に何があっての恩や約束なのか、まだ分からないのだ。両親からもまだ聞いていないし、使用人の声からも漏れ聞こえてこない。
そこが分かれば、もしかしたら対策もあるかもしれないが・・・相手が王族で、まして恩だの約束だのとなると、身分下の私や家の名を持ってしても「婚約したくありません!」なんて単刀直入に言ったところで不義理だろうし、不敬罪なんて言われて処刑されてもバッドエンド早めるだけで私の望みは断たれる。
なので相手の事情ゆえの解消が一番なのかもしれないが…。
兎に角、レオン王子との結婚は全力で拒否することが精神衛生上のための肝だ。
キャサリンには全力でレオン王子を落として頂きたい。
今世こそは平和に生き伸びたい私のために、どうか!
そんなエリーの前に彼が現れた…いや、彼の前に連れ出されたのはそれから二日後のことだった。
あまりに早い展開に、エリーは目を白黒にしながら培った令嬢マナーできっちりとやり遂げたが、その心境は傍目からでは分からないほどに荒れ狂っていた。
もう少し、猶予が欲しかった。
12歳で婚約と言うから、てっきり顔合わせももう少し先だと思っていたのだ。
謁見の間に父と共に足を運び、国王からの挨拶を賜った、までは良かった。足が震えたけど。
「此度、ようやく念願の約束を果たそうではないか。…参れ。」
低く落ち着いた威厳のある声の国王が、右のドアに声を掛ける。
すると使用人がさっと開き、そこから自分と同じくらいの身長のやたら見目の美しい少年が姿を現した。
美しいのは見目だけで、大分機嫌の悪そうな表情を隠そうともせず、早速睨まれたが。
「レオン」
と多少、苛立ちの籠った国王の声には非難の色が滲む。
その声に押されたように悔し気に唇を噛み、嫌々ながら王子としての礼を取る。
王族がたまに開く舞踏会に貴族としてお呼ばれされることは極たまにあったが、まだ子供なために連れられることはなく、こうして王子と面と向かって会うのは初めてだ。
「ハッシュトン侯爵殿、お会いできて光栄です。・・・・・・私はレオン・エイデン。以後、お見知りおきを・・・」
「恐れ入ります、王子殿下。こちらにおりますのが私の娘、エリーです。」
と父が指した瞬間、膝を折りお辞儀する。
「お会いできて光栄です、王子殿下。」
それぞれぎこちない挨拶ではあったが、それが済むと満足げな国王が頷き、全員の空気がぴりっとしたものに変わったため、空間そのものが痛い。
「では、互いの挨拶も終わったことだ。大事な話しに行こうじゃないか。」
あ。
嫌な予感がする。
「レオン、エリー。両名の婚約をこの場を借りて正式に結ぶこととする。国王として父として、実に喜ばしい。約束は果たされ、恩は信頼となるだろう。二人は一年後、正式な婚約発表となるまで内密とし、二人でこの国を支えるために良き友好関係を築いてくれることを期待する。」
父が片膝をつき、胸に片手を置いて深くお辞儀をする。
慌ててエリーも深くお辞儀をしようと頭を下げる瞬間。
見えてしまった。
レオンがとんでもない凄みの効いた眼差しで私を睨んでいるところを。
嗚呼。私は口を利いたこともない異性から、憎まれる運命なのね。
「では、若い二人には語らいも必要だろう。二人で庭を散歩でもしたらどうだ?」
嗚呼、やめてください。国王陛下…。その気配りが私を不幸へと手招きしているようです。
そんな嫌よ、お父様。行きたくない。その想いを込めて父を見つめると、父はハハと笑ってこう言った。
「この子は異性と喋ったこともありませんから、照れているのでしょう。ここは一つ親として強引に二人にしたほうがいいかもしれません。」
「そうか!なら、照れ臭さも感じぬくらいに二人で語らうのだぞ。我々も今後のことを語ろうではないか。」
「ええ、そうしましょう。」
逆効果だった。というか、そもそも追い出すつもり満々だったのか。
ギンッと睨んだままのレオンと私は庭に放り出された。
なんだか、扱いが雑だな。と、思ったのは私だけ?




