特別編 クリスマスイベント
――白き夜に灯る、ささやかな奇跡――
ヴァルドの森、野営地。
夜は深く、雪は静かに降り積もっていた。
焚き火の赤が、霧と雪に滲み、世界を柔らかく包み込む。
黒霧の調査という緊張感に満ちた行軍の最中――
だが、この夜だけは、どこか空気が違っていた。
「……今日は“クリスマス”らしいわよ」
ぽつりと、鷺沼沙羅が言った。
勇者一行の誰もが一瞬、言葉を失う。
それは“日本”で過ごしてきた、当たり前だったはずの日常の名だった。
「クリスマス……」
篠崎悠斗が小さく呟き、苦笑する。
「この世界に来てから、曜日も季節感も曖昧だったけど……そんな日だったな」
◆
「なぁに暗くなってんのよ!」
空気を切り裂くような声。
アンジェラだった。
巨大な体で腰に手を当て、焚き火を見下ろす。
「いいじゃない! お祭りなんでしょ? だったら祝わなきゃ損よ♡」
「……祝うって言っても、何を?」
ムスが首を傾げる。
アンジェラはニヤリと笑った。
「決まってるでしょ。食べて、飲んで、騒ぐのよ!!」
その瞬間、彼女はどこからともなく巨大な袋を引きずり出した。
「ちょ、ちょっと待て! それどこから……」
ヨーゼフが突っ込む。
「細かいことは気にしない♡あたし、街で食料補給した時に“それっぽいもの”買っておいたのよ」
袋の中から現れたのは、干し肉、保存酒、甘い焼き菓子、干し果物。
どれも高級ではない。
だが――この極寒の森の中では、奇跡のようなご馳走だった。
◆
焚き火を囲み、即席の宴が始まる。
「……こうして見ると、あんたたち、本当に普通の若者だな」
ヨーゼフが酒をあおりながら、勇者たちを眺める。
「戦場に出てると忘れがちだけど……今日は、それを思い出す日か」
エスメラルダ――聖王国の神官の一人が、静かに祈りを捧げた。
「神よ。異界より来た者にも、そしてこの地に生きる者にも……今宵だけは、安らぎを」
雪が、ふわりと舞い落ちる。
その光景を、ユウマは少し離れた場所から見ていた。
◆
(……クリスマス、か)
日本にいた頃。
家族で囲んだ小さなケーキ。
妹――アゲハが、はしゃぎながら飾り付けをしていた姿。
胸が、じくりと痛む。
「ユウマさん」
振り返ると、篠崎悠斗が立っていた。
「どうしましたか?一人で。こっちかに来て一緒に食べましょうよ」
手に干し肉とドライフルーツを持ってやって来る。
「……そうだな」
ユウマは空を見上げる。
雲の切れ間から、星が瞬いていた。
「あ!流れ星がありましたよ。何を願いますか?」
悠斗の問いは、優しかった。
「……大事な人ともう一度だけでも会いたいかな」
ユウマは静かに答える。
「それだけでいい」
◆
その時――
焚き火の向こうで、アンジェラが大声を上げた。
「はいはい注目ーッ!!せっかくのクリスマスなんだから、プレゼント交換よ!」
「はぁ!?」
「こんな森の中で!?」
「てか!持ってきてないぞ!?」
ざわつく一同。
だがアンジェラはお構いなしに、袋から小包を投げ始める。
「ほらユウマちゃん! あんたにはこれ♡」
受け取ったそれは、粗末だが丁寧に編まれた手袋だった。
「……これ」
「寒いでしょ?アンジェラ印の“怪我しにくい手袋”よ♡」
ユウマは、思わず笑った。
「……ありがとう」
それは、この世界に来てから、初めて心から出た言葉だった。
◆
夜が更け、宴は静かに終わっていく。
雪の中、焚き火が小さく爆ぜる。
ユウマは手袋をはめ、目を閉じた。
――ユウマ。
また、あの声が聞こえた気がした。
今度は、はっきりと。
(……待ってろ、アゲハ)
この世界がどれほど歪んでいようと。
黒霧が何を孕んでいようと。
必ず、辿り着く。
白い雪が、すべてを覆い隠すように降り積もる。
それは、嵐の前の、ほんのひとときの安らぎ。
だが確かに――
“人であること”を思い出させる夜だった。




