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1等星  作者: 成宮カナタ
5/5

5話目:誘われた


 目の前に、何かを決意したような顔をした星野君が立っている。



 いや、どんな状況なんだこれは。

 放課後になって、カバンを持って、帰ろうとして、立ち上がったら名前を呼ばれてこの状態。

 すごい。すごい近い。何でこんな真ん前に立っているんだ、このファーストスター。威圧感がすごい。

 疑問符たっぷりに見上げれば、至近距離で視線が交わる。きゅっと唇を引き結んだ星野君は、どう足掻いてもイケメンだった。

 わー、すげー、お目目がキラキラしてらっしゃる。同じ人類なのに、何故こんなにも輝きが違うのだかサッパリ分からない。瞳に光源でも入っているんだろうか。星野君の眼球はLEDだった?


「わ、ごめん!近すぎた!」


 ボンヤリとアホみたいなことを考えていた思考が、聞こえた慌てたような声でパンと弾ける。おお、これが現実逃避と言うやつか。ただいま現実、結局何が起こっているんだ。

 あわあわと赤くなりながら一歩下がる星野君に、それでも近いという感想が浮かんだが、きっと彼はパーソナルスペースが狭い人なんだろうなと勝手に納得した。別に害がある訳でもないし、何でも良い。


「何」


 昨日今日と、星野君に対して同じ台詞を何度も言っているなと頭の片隅で思った。要するに何度も「何」と問いかけている。気がする。

 星野君がこの二日間よく話しかけてくるせいな訳だが、どう言った心境の変化があったのだろう。彼の中で、今まであまり話したことのない人とコミュニケーションをとろうキャンペーンでも開催されているのだろうか。

 じっと見つめていると、ごくりとつばを飲み込むように彼の喉が動くのが分かった。

 ううん?何だ、緊張でもしているのか?何故?


「あのっ!吾妻さん!」

「おお」


 目をぎゅっと瞑りながら発せられた星野君の声が、思ったより大きくて気圧されてしまった。なんか間抜けな声が出ちゃっただろうが、うるせぇ一番星だな。いやすまん、八つ当たりです。

 バッ、と星野君の手が差し出される。距離が近いせいで、私の腹スレスレのところに伸びてきた。ビビッた、手で刺されるのかと思った。


「今から一緒にステラ行きませんか!!」

「は?」


 飛び出た言葉が予想の遥か彼方をかっ飛んで行ったせいか、つい地の底を這うような声を出してしまった。そら見ろ、星野君が泣きそうな顔をしてるじゃないか。


「やっぱり!?急に誘ってウザかったよね!?ごめん!!」

「すまない、違うんだ」


 引っ込みそうになった手を、咄嗟に掴んで止める。

 愛想の無さがそろそろ深刻な問題になりつつあるので、本格的に何かしらの策を設けたほうが良いような気がしてきた。後でネットで「表情筋・鍛え方」と検索しておこう。多分忘れるが。


「…………怒ってない?」


 星野君が眉をハの字にしながら、顔を覗き込んでくる。わー、すげぇあざとい。

 怒る訳がないのだが、あんな低い声で威圧された様になれば、そりゃ萎縮する。そーりースターダム、どんな時でも可愛い声を出せるようになっておくから許しておくれ。百パーセント無理だが。


「ない」


 若干力を込めて頷くと、星野君はあからさまにほっとした顔をし、へにゃりと笑った。毎回思う訳だが、何故笑顔だけでもそんなにバリエーション豊かなんだ。


「良かった」


 何か物凄く安心したように言われたが、今の流れで怒る訳がないと思わないのだろうか。彼の中で私は一体どんなキャラ付けをされているのだろう。愛想がないだけで、別に怒りっぽい訳ではないのだが。キレてないですよ。


「で、何だって」


 余計なやり取りをわちゃわちゃとやっていたせいで、本題を忘れてしまった。なんて情けないんだ私の記憶力。もうちょい頑張れよ。

 僅かに首を傾げると、星野君はジワジワと頬を染めながら、もにょもにょと口を動かした。


「あの、吾妻さん、手、…………いや、でも、もう少し」

「?」


 あん?手が何だって?と凄み気味に手元を見て、今更彼の手を掴んだままだった事を思い出した。

 しまった、申し訳ない事をした。接点の少ない、たいして仲の良い訳でもない奴に触られ続けて、気分が良い筈がない。


「すまない」


 謝りながら、スッと手を放す。いやはや、この数分で星野君に不快な思いをさせ過ぎではないか私。大丈夫か。


「あ、うん、いや、うん…………」


 星野君はもにょもにょと意味のない言葉を繰り返す。文句を言いたけれど言えないとか、そんな感じだろうか。本当に申し訳ない。


「…………うん!気を取り直して、なんだけど!」


 自分の手と私の手とで何度かウロウロと視線を彷徨わせたあと、彼は頷きながらぎゅっと拳を握った。

 何なんだろうな、この謎の勢い。


「俺と、ステラに、行きませんか!!」


 いや声でかくね?

 ……違う違う、確かに無闇矢鱈と声はデカいが、今考えるべきところはそこではない。何だって?なんて言ったこのシャイニングスター?

 何かステラに行こうとか何とか聞こえたんだが、気のせいだろうか。ステラって確かアレだよな、ステイテラスとか言う、シアトルスタイルカフェだよな?

 え、何故そんなちょっとお洒落なところに誘われてるんだ私。もしや聞き間違いか?

 ぐるぐる高速回転した思考を止めて、星野君の顔を真っ直ぐ見上げる。


「何て?」


 聞いた瞬間、星野君の顔が若干泣きそうなものになった。何でだ。


「吾妻さんとステラに行きたいです!!」


 ぐ、と眉に力を込めた彼は一息に言い切る。

 聞き間違いではないことは分かったが、そう睨まないで欲しい。何度も言わせて申し訳ないとは思っている。予想外の出来事には咄嗟の対処が浮かばないタイプの人間で申し訳ない限りだ。


「わかった」

「え」


 コクリと頷いて見せると、あからさまに面食らった顔をされた。何でだよ。誘ったのお前だろうが。


「え……えっ?……あ、分かっただけで了承はしないとか、そういう?」


 いやだから何でだよ。

 オロオロとネガティブな発想に陥ってらっしゃるトゥインクルスターが謎すぎる。偏見でしかないのだが、顔面が整ってる人間はもっと謎の自信に満ちあふれているのもではないのだろうか。俺の誘いを断る女なんている訳ない、みたいな。いや本当に偏見が過ぎるんだけれども。


「了承したつもり」


 何をそんな疑うのかと首を傾げれば、星野君の顔がみるみるうちに明るくなる。輝くのが本当に得意だなこのシャイニングスター。


「やっ……!!えっ!?本当に!?やった!!」


 脇でガッツポーズをとるとか言う、何かスマートさゼロな喜び方をしていらっしゃるんだが、そんな無邪気なタイプだったのか彼は。知らなんだ。いや知ってることのほうが少ない訳だが。

 しかし昼間に言っていた、仲良くなって欲しい、とか言うやつを実践でもしているのだろうか。距離を縮めようとしている気がしてならないのだが、気のせいではないだろう。

 うーむ、校内での会話を増やす程度のことかと思っていたが、まさか校外でも親交を深めるつもりだったとは。どこまで友好関係を深く広く展開するつもりなのだろうか。


「あと誰がいる」

「えっ」


 えって何だ。どうしてキョトンとしているんだ。

 まさか二人きりで行こうと誘われる訳もなし、当然誰か一緒に行くのだろう。と言うか、本来はそちらの人がメインで、親睦を深めるためについでに私を呼んだのだと思われる。

 正直、私はそんなに友好関係が広くないし、愛想も絶望的にないので、元々遊ぶ予定だった人物が私と親密であるとは考えにくい。割と軽く了承してしまったが、ひょっこり現れた私にその人物が気不味い思いをすること請け合いだ。大変申し訳無い。

 と言うか、女の子と行く予定だったのなら、私は邪魔者でしかないな?


「人によっては、私はいないほうがいいと思う」


 ほとんど呟くように伝えると、星野君は目に見えてわたわたと慌て始める。意外と落ち着きのないお星様だ。


「えっ!?いやそれは困、あっ、いや、えっと、何で!?」

「対して親しくないヤツが突然参加したら、気不味いだろう」

「ああーー、いや大丈夫!近藤とだから!!」


 ズイッ、と身を乗り出して無駄に力強く言い切るスターダスト。いやだから近えよと半歩身を引くと、彼は何故か数秒固まった後、おもむろに両手で顔を覆った。


「…………………………俺は………………意気地なしです……………………」

「急に何」


 突然、蚊の鳴くような声で自虐を始めたトップスターに、困惑するしかない。

 別に彼を意気地なしとか思うようなシーンはなかったと思うのだが、どうしたのだろう。取り敢えずスルーと言う選択肢を選んで構わないのだろうか。


「勇気のない男です………………」


 消え入りそうな声で呟くと、星野君は顔を覆ったまましゃがみこむ。何をそんな落ち込んでいるのか、原因が不明瞭過ぎてどうしようもない。


「そうか」


 何を起因とした発言なのか分からないので、ひとまず相槌だけ返して視線を合わせるように自分もしゃがんでみる。

 「ああああーー……」と嘆くような声が手の隙間からこぼれ出ていた。意気地はよく分からないが、情けない感は凄い。


「私は星野君の新たな一面を知ってしまった訳か」


 ふ、と思わず笑ってしまう。やべ、失礼なことをしてしまった。何でこう言う時だけ無駄な仕事をするんだ、私の表情筋は。

 慌てて口元を手で隠して視線を星野君へと戻すと、彼は両手を顔から外し、ポカンと口を開けていた。え、何だその間の抜けた顔。

 かと思えば、今度は勢い良く頭を抱えて項垂れた。ちょっとビクッとしちゃっただろうがコラ。


「もっと格好良い一面知って欲しかった!!」

「格好良いのなんていつもだろう」


 優しいし、スポーツ出来るし、あとは何より顔が良い。通常運転で格好良いを突っ走ってるくせに、何を言っているのだろう。

 当然の事を言っただけなのに、何故か彼はより頭を抱え込んで丸くなってしまった。髪と腕の間からのぞく耳が紅葉していらっしゃるから、まぁいつもの如く照れているのだろう。だから言われ慣れてるだろうに、何故照れる。


「勝てる気がしない…………」


 何と戦ってるんだ。何と。

 ぼそっと聞こえた声を聞きながら、身体柔らかいなこのコメット、と今更ながらに思った。

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