第11話 僕、挨拶回りするみたい
夜が明けて太陽が昇り始めた頃、王城は俄かに慌ただしい雰囲気が漂う。
「おはようございます。リステリア様」
いつもよりも早い時間に起こされ、されるがままにされていると普段着ていた物より幾分豪華な物に着替えさせられた。
「…確か昼からじゃなかったっけ?」
そう尋ねると世話役の人から「そうでございますよ」と軽々しい返事が返ってくる。
そういうことじゃないんだけどなぁと頬をぽりぽりと掻きながら嘆息した。
朝食の席へと行く頃、姿見を見てみると「…誰?」と思うような美少女が佇んでいた。
化粧の凄さに日本で感じていた「化粧怖い」を思い出しながら席に着く。
「少々お待ちください」
今日は3人ほどいた世話役の人が一人抜け、何処かへと歩いていく。
それを後目に料理はまだかと待ち続けた。
そこへ、料理ではなく複数人の人が来る。
「ほう、着飾るとここまでになるのか」
龍王から賞賛されたと思うと、その後に続く人たちに驚きを隠せなかった。
龍王の後ろには久しぶりに見たリヴィや継承権を持つ全ての人がやって来ていた。
それぞれの言葉で賞賛され、これは社交辞令なんだと思い直し料理を待つ。
「お待たせいたしました」
そうやって運ばれてきたのはいつもとは毛色の違った、しかし僕のよく知る物がそこにあった。
各々が座る席へと配膳されていき、久しぶりに食べられるお赤飯に想いを馳せた。最後に食べたのはこの世界に来る前だから10年以上前となる。
龍王が食べ始めたのを見て継承権順に食べ始め、最後にリヴィが食べている。
世代ごとに龍王候補が変わるため、龍王が決まった世代は継承権を剥奪されるそうだ。
いつもより早く食べ終わり、まだ食べ足りないなぁとお代わりをしようとする。
でも、この後のことを考えるとあまり食べないほうがいいかとも思った。
結局、1杯だけお代わりをすることにして突然出てきたお赤飯を堪能する。
その後、この服装で昨日したことを一通りした。
本番ではこれよりも動きにくい服装になり、緊張もあるだろうからと皆が励ましに来てくれていたようだ。
お礼をいいつつ朝食の席を立ち、教育係の待つ部屋へ行く。
最後の確認が終わり、軽い食事を取る。あまり食べ過ぎてしまうとドレスが入らなくなるかもしれないと忠告されたからだ。
本番用の衣装に着替えさせられて姿見に目を移すと、先程よりも絢爛な服装に身を包み簪が髪に刺さり全体の調子を整えている姿があった。
首飾りやブレスレット、ピアスと言ったものはない。それらがあればこの整っている服装に乱れが生じるだろう。それほど良くできた絢爛な衣装だった。
やがて城内を含めたこの首都全体に透き通った鐘の音が鳴り響く。
住民たちはようやくこの時が来た、と楽しみにしていることがカーテンの隙間から窺うことができ、自ら緊張を深めてしまった。
けれど、前もって確認していたほうが気が楽に違いない。
龍王の挨拶が終わり、遂に僕の出番がやってきた。乗り気ではないけれどここで逃げるわけにも失敗するわけにもいかない。
教育係の方をチラリと見てみると、僕よりも緊張した面持ちだった。目があった僕は不敵に笑みを浮かべると安心したらしく、笑い返してくれる。
当の本人である僕は流れるような動きで、足音一つ立てずにバルコニーにいる龍王の元へと歩いていく。
龍王の隣に立ち、教わった通りの礼をする。
それが終わると次は何回も何十回も練習挨拶だ。
「わたくしのために集って頂きありがとう存じます。今日は晴天に見舞われ、このような日に皆様へ挨拶できる事を嬉しく思います。わたくし、リステリアは龍王国龍王第5継承者となったことを、ここに宣言いたします」
初めて言った時など比べ物にならないほどの完成度で噛まずに言えたことにホッと安心する。
次いで、僕の予定にはないことが龍王の口から宣言がなされた。
「この者リステリアは幼いが、力は絶大なり。よって、第5継承者であるリステリアと婚姻した者に龍王の地位を譲渡する」
どうやら知らなかったのは僕だけだったようで、他の人たちの様子は見た感じ頷いているように見えた。
龍王によって正式に宣言されたことにより、これからのことを考えると憂鬱になる。
早く山脈の向こうに帰りたい。ただただその思いが強くなっていた。
住民である龍族たちは一瞬驚いたものの、龍王が言うならそうに違いないと思ったらしく力強い目でこちらを見ていた。
彼らに視線を与えてはいけないと言われているので気配だけを感じるのだけど、数百では足りないほどの視線を感じた。
小一時間ほどで僕の大掛かりなお披露目会が終わった。
その足で龍王の元へ行こうとしたけれど、世話係の人に呼び止められる。
この後どの道昼食を共にするのだからと諭され、着替えを済ませていく。髪も整え直した。
しかし、今度はどうなっているのかと覗き込んだ姿見には朝と同じような、昨日までとは違い先ほどよりも幾分絢爛さが少ない衣装を身に纏っていた。
ヒクヒクと頬を引き攣らせて世話役に聞いてみると、正式な継承者となったのだから当たり前だと言われた。
他にもしがらみが出てきそうで内心わたわたとしている僕を、世話役は昼食の席へと連れて行く。
「リステリア、この後各地を治めている者のところへ挨拶回りに行くぞ」
龍王は開口一番にそう言うと、僕が席に着いたのを確認して昼食を胃の中へ運んでいた。
それを聞いた僕は不承不承頷いた。
昼食の後の一服が終わり、「行くぞ」と声をかけられた時には既に周囲の風景が変わっていた。
そこには見たことのない質素な机にある書類に目を落とし数人の部下に指示を出している一人の女性がいた。
「あら、この子が新しい子?初めまして。私はリビアンと申します。末長くよろしくね」
茶目っ気混じりに言われ、おたおたしている僕を暖かい目で見ている龍王が視界に入る。
急激に冷めた心を落ち着かせ挨拶を交わすと次の統治者のところに転移した。
それから5人ほどに会うと城に転移した。
今日は思わぬ精神攻撃やら聞いていなかった挨拶回りに体力を限界まで削られた。
そうして夜の帳が下りる頃には誰が揺さぶっても起きることはなかったほど、深い眠りについていた。




