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高く翔べ、ニーノ! 〜恵里の異世界奮闘記〜  作者: 羽牟
第一章 異世界の異邦人
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09.新しい友人


「ニーノ!無事だったか!」

 サルヴォ邸から出てきた恵里に駆け寄ったのはジッロである。男らしい眉を今はハの字にして、恵里の帰還を喜んでいる。自分の保身も考えただろうが、恵里の事を本当に心配していたようだ。まだ出会ったばかりで、そもそも因縁をつけたのは恵里の方であったのに、もう数年来の親友のように恵里の事を気にかけてくれている。

「ふーっ」

恵里は大きく息を吐いた。ジッロの顔を見て気が抜けたが、無意識にかなり緊張していたようだ。

「大丈夫だったのか?俺、お前がお屋敷に連れてかれるのを見てるしかできなくて…」

そう言ってジッロは項垂れた。

「最初から俺がアメリア様を知っていればこんなことには…ニーノを巻き込むこともなかった」

なのに助けに行く勇気もなくて、とジッロは罪悪感に苛まれているらしい。根っからのお人好しだ。恵里はそういうジッロの人情の深さを好ましく思う。

「私は良かったと思ってるよ」

「えっ、何で?」

「ジッロって友達ができたから」

ジッロは驚いたように恵里を見つめ、それから泣き笑いのような顔をした。

「ニーノ、お前ってイイヤツだな!」

バンバンと背中を叩かれて恵里はむせた。ちょっとは手加減してよ、馬鹿力!と怒るとジッロはスマンスマンと笑う。場所がどこであれ、理由がどうであれ、相手がどういう人であれ、友達ができるというのは素敵なことだ。恵里も笑った。

「この間の約束。どこかいいお店に案内してよ」

「ああ、もちろん!」


 ジッロに案内されたのは路地を少し入ったところにある酒場だった。つまみが旨いのだという。ジッロが店主に一言二言声を掛け、二人が席に着くとすぐ木杯が運ばれてきた。聞けばエールとのこと。魔女アーデルは蜂蜜酒を作っていたので恵里も時々ご相伴に預かってはいたが、こちらの世界で酒らしい酒を飲むのは初めてだ。

「乾杯!」

とにもかくにも、まずは乾杯。木杯の縁を合わせて邂逅を祝った。エールは恵里が日頃飲んでいたビールに似ているが、穀物の甘みがあり少しフルーティーな印象だ。ぬるいけれども、美味しい。

「それにしても…俺、お前がお屋敷に連れて行かれた時は一巻の終わりと思ったのに、一体中で何があったんだ?」

「アメリアを甘やかしすぎだとご忠言申し上げた」

ジッロは溢れそうなほど目を見開いて口に含んでいたエールをブーッと噴き出した。

「お、お、お前何ということを」

「汚いなぁ、もう…」

「それをロベルト様たちに言ったのか?ご本人に直接?お前それでよく、」

無事でいられたな、とはさすがに言えない。

「自覚はあっただろうと思うよ。でも諌める人がいないから、加減が分からなくなったんだろうねぇ」

恵里は運ばれてきた料理に手を伸ばす。肉や野菜が串に刺してある。味付けは至ってシンプルだが、肉はプリプリで非常にジューシーだった。魔女の家では野菜はいくらでも食べられたが、タンパク源といえばたいてい豆、時々干し肉だったから、肉汁がジュワッと口に広がる久々の肉の味は格別だ。美味しい美味しいとがっつくように食べる恵里を見て、ジッロは苦笑した。

「何の変哲もない鶏肉だろ?普段何食ってんだよ」

「毎日豆ばっかりでさぁー。脂の滴る肉なんて本当に久々」

恵里は油で光る唇をぺろりと舌で拭い、口の中の油分をエールで押し流す。ああ、至福。オヤジ臭いと言われたって肉とビールの組み合わせは普遍の美味さなんだから仕方がない。

「お前、誰に仕えてるんだ?使用人してるって言ってたよな」

「東の草原の向こうに住んでる魔法使いのバーさんのとこだよ。魔女アーデルって知ってる?」

「ブーッ!」

再びエールを噴き出すジッロだった。

「伝説の白魔法使い、慈悲深き聖魔女アーデル様!?」

今度は恵里が面食らう番だ。アーデルの前のそのご大層な修飾は一体何だ。「伝説の白魔法使い」だって?「慈悲深き聖魔女」だって?魔法使いには違いないが人使いの荒いただのバーさんじゃないか。そんな荘厳な気配などまるで感じられない。

「そのようなお方のお弟子様に俺は一体何というご無礼を」

「ちょ、ちょっとやめてよ!」

恵里はテーブルに額を擦り付けるジッロの肩を押し上げようと頑張るが、びくともしない。身長一八五センチほどのがっしりした体躯のジッロと恵里の体格差は歴然だ。

「別に弟子なんかじゃないし間違いだから!」

「え?間違いって?」

ジッロがようやく顔を上げた。

「魔女が言うには、はるか遠くの薬草を魔法で取り寄せてたら間違って私まで呼び寄せてしまったんだと。でも元の場所に送り返す魔法は知らないんだってさ」

「なんと、そりゃあ…気の毒に」

同情が心地良い。魔女は生き抜くための力を授けてはくれたが、慰めてはくれなかった。恵里も魔女の前では強がっていたし、優しいだけの言葉より必要な力を与えてくれたのだろうとは分かっている。だけど、可哀想にと純粋に心を痛めてくれるジッロの優しさが沁みるのだ。

「帰る方法はこれから探してみるつもりだよ」

魔女のところへ来てから一ヶ月、はじめのうちは日々の生活に追われてホームシックにかかる暇もなかった。けれど慌ただしさが落ち着いてくるとふとした空白の時間に郷愁が胸を衝いた。太陽が草原の彼方に沈む夕暮れの空気や虫が涼やかに歌い星が瞬く夜の風。そんなものがしきりに会えない人達の事を思い出させるのだった。

「…なんだかしんみりしちゃったな。それより魔女アーデルの伝説ってのを教えてよ。魔女は自慢話とかしないしさ」

「やっぱり聖魔女は慎み深いお方なんだなぁ…」

感心したようにジッロが呟く。恵里が急かすと、ジッロは得意気な表情で聖魔女アーデルの伝説を語り始めたのだった。

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