30.大会の始まりは決闘の続きから
「いつぞやの決着をつけようではないか!」
フェーデレは剣先を恵里に向けて声を張り上げた。観客席にはサルヴォ家の面々に加えてセミオンとミーズの姿も見える。本戦出場が決まったらミーズにも応援に来てもらおうと思っていたが、サルヴォ伯爵の養女となったミーズにとってフェーデレは兄なのだ。向こう側に座っていて当然である。
「決着というのは、あれ?私がアメリアに相応しいかどうかという…」
「そうだ!オルロでのお前の活躍は知っている。だが、女を守るには何より強さが必要なのだ!」
ガツン!と火花を散らして互いの剣がぶつかる。ぎりぎりと鍔ぜり合い。
「魔獣に腰を抜かしていた俺は、もういない!」
フェーデレの言葉が真実であろうことは、久しぶりに彼の姿を見てすぐに分かった。恵里がロレントにいた頃よりも体つきはがっしりとしているし、手や顔のあちこちに切り傷の跡。この数カ月で相当鍛錬を重ねたのだろう。もはやフェーデレはひ弱でやわな貴族の青年ではなく、領民を守るための力を確実に蓄えた頼もしい領主サルヴォ家の一員なのだ。
再び剣を合わせる。右、左、剣で防ぐ。突き。躱して小手を狙う。跳ね上げた剣に払われそのまま上段から斬り込む。絡めて鍔を合わせる。力勝負。恵里は後ろに跳んで間合いを取った。
「やるな、ニーノ!」
「フェーデレこそ!」
丁々発止の緊迫した試合は、しかし、シスコン・フェーデレが溺愛するアメリアの一言によって一変した。
「ニーノ頑張って!お兄様に負けちゃだめよ!」
あちゃあ、と恵里は頭を抱えたくなった。アメリアってばよりにもよって何ということを。対峙するフェーデレの顔はみるみる般若へと変わっていく。額から突き出る角が見えるようだ。
「ニーノぉ貴様ァ!」
フェーデレはやや涙声でそう叫び、猛然と斬りかかって来た。
「うわっ」
ダメだ、完全に怒りに我を忘れてる。初撃は辛くも受け止めるが、次々に繰り出される第二撃、三撃に対処するので精一杯だ。力は、当然だがフェーデレの方が上である。まともに受け止めては吹っ飛ばされてしまう。なんとか受け流しているものの防戦一方では劣勢は覆せない。
「ちょ、ちょっとフェーデレ、落ち着いて」
「おまえなどにアメリアは渡さないッ」
全く周りが見えなくなっている彼の攻撃は、般若化の前とは違って単調なものだ。ただ、豪剣グーリンとは違って基本の型から外れることはないから、いなすのは容易いことではなかった。それでも力の差さえなければやり合える。勿体ぶっている場合じゃない、”例のあれ”を使う!
恵里は左足を引いて中段に構えた。剣を振り上げて迫るフェーデレ。ギリギリまで待ち、ここ、という所でフェーデレの剣目がけて思い切り打ち込む。
ギィン!
派手な金属音と共にフェーデレの手から剣が吹っ飛んだ。
「…えっ」
剣を持った構えのまま呆然と立ちすくむフェーデレの背後に、ガチャンと音を立てて剣が着地した。
「フェーデレ・サルヴォの試合放棄により、勝者、ニーノ・ダエリ!」
審判が手を上げた。一瞬の静寂の後、おおおッと会場がどよめく。大会の規定によって、剣を手放して地面に置いた時点で棄権とみなされるのだ。
「な、何をした…?というか、俺は一体何をしていたんだ」
我に返ってみればいつの間にか素手になっていて、なぜか勝敗が決しているのだからフェーデレが混乱するのも無理はない。
「途中までいい感じだったのに、あんたプッツンしちゃうから」
恵里に言われてアメリアの言葉を思い出したらしい。フェーデレはガクリと膝を付いた。
「お前は…勇気も、知恵も、そして力もある。もはや認めざるを得んな…」
フェーデレは振り絞るように言う。こんな小舅がいるんじゃアメリアの夫となる人は大変だろうと恵里は苦笑した。
「認めてくれるのは嬉しいけど、私はアメリアと結婚したりしないよ」
「なぜだ!アメリアはこの俺を差し置いてお前を応援するほど、お、お前を好いているんだぞ!」
フェーデレは目に涙を浮かべて震える声で言う。自分で自分の言葉に打ちのめされてるんじゃあ世話はない。何だかもうこのシスコンが可愛く見えて仕方がない恵里である。
「大会が終わったら、皆を呼んで打ち上げ会をしよう。その時理由を言うよ。まあとにかく、アメリアとはどうにもならないんだから安心して」
そうして恵里はフェーデレに手を差し出した。
「…わかった。しかし、最後のはどうやったんだ?剣を飛ばされるなんて初めてだ」
「単に剣を打っただけだよ。ただ、私は筋力が足りないから魔法でそれを補ったけどね」
そう、これこそが恵里の、あまりにも地味な必殺技だ。大会規定では魔法による攻撃は相手や相手の剣の操作も含めて禁止されているが、自分の剣についてはその限りではない。いくら鍛えたとはいえ所詮は女の腕力、恵里が大の男と互角に戦うには魔法でカバーするしかないのだ。
「魔法…そうか、お前魔女のところで修行していたんだっけ」
「修行ってほどでもないけど」
「俺は、まだまだだな。予選を楽に勝ち上がって、一端の剣士になったつもりでいた。これからもっと修練を積んで腕を磨くよ」
ほんの少し前のベソベソしていたシスコンは姿を消し、顔を上げたフェーデレは精悍な面持ちでキリリと前を向く。以前よりもずっと男らしくなったと恵里は思う。もともとの素材が良いから、自信と向上心に溢れるフェーデレは惚れ惚れするような男前だ。言わないけど。何だか悔しいし。
「ありがとう」
「こちらこそ」
それは強敵と書いて友と読みたくなるような、そんな握手であった。
試合の後、サルヴォ伯爵からその晩の夕食に誘われたが恵里はどうぞご家族だけでと辞退した。
「大会が終わったら店でささやかな後宴を催すつもりなので、ぜひその時は皆さんでお越し下さい」
「それは楽しみだ。喜んでご招待をお受けしよう」
「それにしても、フェーデレは顔つきがずいぶん変わりましたね。以前よりもずっと凛々しくてびっくりしました」
「ほう!」
とサルヴォ伯爵は驚いたように両目を見開き、それからニヤニヤと意地悪な微笑を浮かべた。
「フェーデレの花嫁に名乗りを挙げるかね?」
「誠に残念ながら、わたくし男だと思われておりますゆえ」
苦笑交じりにおどけて言えば、伯爵は「まったく」と溜息を吐き出した。
「我が息子ながら嘆かわしい見る目のなさよ。…いいや、君も悪いのだ。そのような男のなりをして。いつぞやのようなドレスをいつも着ておれば良いのに!」
返答に困った恵里が曖昧な笑いで受け流していると、ちょうど良いタイミングで後ろから「ニーノ!」とミーズの声。助かったとばかりに恵里は伯爵に会釈して背を向け、駆けてくるミーズを待ち構えた。
「久しぶり、ミーズ」
「ニーノったら、ニーノったら、強いのね!私、知らなかったわ」
「剣術を始めたのは最近だよ。先生が良かったんだ」
「私、ニーノとフェーデレお兄様とどちらを応援すべきかずいぶん悩んだのよ」
「それで、どっちを?」
ミーズは恵里の耳に唇を寄せてささやく。
「内緒よ、ニーノ。もちろんあなただわ」
耳朶をくすぐる柔らかな吐息に、恵里は小さく唸ってミーズの細腰を抱き寄せた。
「ありがとう、嬉しいよ」
そうして華奢な首筋にキスをすれば、「ニーノ!」とセミオンの怒声が背中を打つ。未だに新婚ラブラブの様子に恵里は吹き出した。呆れるけれど嬉しくもある。
「愛されてるねぇ、ミーズ」
「私は今も夢見心地のままよ」
「ああ、可愛いミーズ。君が幸せならば私も幸せだ」
ミーズの柔らかな頬に片手を添えて額を合わせる。唇同士は、キスを焦らすような距離だ。
「ニーノ!」
怒ったような足音、見なくても分かる。試合の直後だからだろうか、神経がまだ尖っているのだ。タイミングを測って振り向きざまに剣を突き出せば、剣先はセミオンの眼前にピタリと止まる。
「旧交を温めているのですよ。そう怒らなくっても良いではありませんか」
「旧交を温めているようには見えん!」
セミオンは恵里の突き出した剣を押しのけて鼻息も荒くミーズに手を差し出した。
「ミーズ、こっちへ来なさい!」
「うふふ。ニーノ、明日の試合は応援に行くわ」
やわらかな髪がふわふわとなびいて恵里の鼻先をかすめ、ミーズはセミオンの腕に収まった。
「帰るぞ!」
セミオンに連れられていくミーズは、振り返って恵里に小さく手を振る。何だか一抹の寂しさを覚える恵里である。
「頑なに男の格好をするのは女が好きだからなのか?ニーノ…」
一部始終をぽかんと見ていたサルヴォ伯爵の言葉に、恵里はがっくりと脱力した。
「はは…まあそれでも良いですよ…」
「ア、アメリアはやらんぞ!」
「伯爵、フェーデレと同じことを言わないでくださいよ」
さすが親子とでも言うべきか。深い溜息をつく恵里なのだった。




