28.剣技大会予選、始まる
恵里が対峙しているのは身長二メートルはあろうかという大男。格闘ゲームで言うところのパワー系、隆々と筋肉が盛り上がり体重は恵里の倍ほどもありそうだ。観衆の前評判によれば「豪剣のグーリン」という名で本戦出場を確実視されている男らしい。いきなりとんでもない相手に当ってしまったものだ。グーリンが手にすれば大会規定の剣は同じもののはずなのにずいぶんと小さく見える。
試合で使われる剣は刃のない鉄剣だから「斬られる」とか「刺される」ということはない。しかし力の乗った状態で打たれれば骨折や、場合によっては死ぬ可能性もある。実際、毎年重傷者は複数出るというし、過去には死者が出たこともあったらしい。急所等への攻撃禁止規定などはないし防具の着用も自由なので、たとえ死傷したとしても当然自己責任だ。
最悪は死、ということもあって未だ肚が決まらずソワソワと不安気にしている恵里に対し、大男グーリンはにやにやと見下した笑みを浮かべて軽々と剣を振り回して見せた。
「お嬢ちゃんに剣が振れるのかぁ?」
ほら!一目で私を女だと見破ったんだもの、豪剣グーリン、相当腕の立つ武闘家に違いない。
「へぇ、私を女だと!さすが、とても良い目をお持ちだ」
素直な感心から出た賞賛の言葉だったのに、グーリンは激高した。
「んだコラ、バカにしてんのかァ!」
そこで恵里はようやく「お嬢ちゃん」が挑発だったことに気づいた。その上賞賛を揶揄と受け取るなんて、大概もバカにしてるのはそっちじゃないか。腹の底からムラムラと湧き出た怒りは、恵里が今まで感じていた不安をきれいさっぱりと吹き飛ばしてしまった。
「“お嬢ちゃん”が相手して差し上げますから、どこからでもどうぞ」
今度こそ、意図して煽った。グーリンは湯気が出そうなほど顔を真赤にして恵里に斬りかかって来る。なるほど豪剣、筋力に裏付けされたその剣速は素晴らしい。けれど。剣を合わせず右に左にステップを踏んで観察すれば、気がつくことがある。グーリンの攻撃は直線的だし先読みをしない。読まなくてもこれだけ剣に速度があれば大抵の相手は捉えられたのだろう。恵里が分かりやすく右に避ければそこを狙って剣を繰り出すし、左に避ければそれを追う。それに相手に先読みされたこともなさそうだ。一言で表現するなら、野性的な剣である。
恵里は圧された風を装いつつジリジリと後ろに下がった。
「ええい、ちょこまかと!」
押してはいるのに決定打がない。イラつく男の剣はどんどん粗く大振りになる。
「この野郎!」
男が大きく剣を振り上げた。よし、と恵里は右足に重心を移す。グーリンが豪速で剣を振り下ろすのと同時、恵里はそれを躱しつつ左足をダンと踏み出し、喉元を狙って勢い良く己の剣を跳ね上げた。
「オグッ!」
反撃されるとは露程も思っていなかったのだろう、グーリンは全く何の反応も出来ないまま恵里の打撃をまともに喉に受けて膝を付いた。審判が手を上げる。
「勝負あり!勝者、ニーノ・ダエリ!」
恵里が勝利の拳を突き上げると、見物客からわっと歓声が起こった。小さいものが大きいものを打ち負かすのは、時代や洋の東西を問わず見ていて胸がすくものだ。とは言え、敵味方の戦いになれば恵里は到底この大男に敵わないだろう。試合に勝てたのは審判がいてからこそ。この剣技大会で多少なり恵里に勝つ目があるのはそういう訳だからなのだ。
恵里は膝をついてがっくりとうなだれる男に手を差し出した。果し合いではない。勝敗が決すれば遺恨を残す事無きよう両者の健闘を讃えよ、と大会規約もそう謳っている。
「あんた、強いな。お嬢ちゃんなんて言っちまって済まなかった」
「そこは気にしてないよ、豪剣のグーリン。良い試合をありがとう」
グーリンと握手を交わして見守ってくれていた仲間の元へ戻ると、待ち構えていたジッロに背中をバンと叩かれた。
「ハラハラさせやがって!」
「そんなに危なっかしかった?」
「最初だよ!お前いきなりすげー煽り方してただろうが」
「あれは、だって向こうが…!」
恵里を男だと思い込んでいるジッロがグーリンと同様にあれを挑発だと受け取るのは当たり前かもしれないし、性別を隠しているのは自分の方なのだが何かこう釈然としない。
「ぐ、ぐぬ…」
怒りをぶちまけたいが言葉がない。恵里は握った拳をわななかせギリギリと歯ぎしりをするのだった。
「くくっ、くはは、あははははは!」
横で遣り取りを聞いていたルシアーノが堪えきれないという様子で笑い出した。事の真相をすっかり理解できているのは彼ぐらいのものだろう。それにしてもルシアーノがこんな風に破顔しているところは初めて見る。いつもは歳にそぐわないシニカルな笑みなのに。恵里は驚きに怒りも忘れてしまった。ジッロを見れば、彼もまたルシアーノの顔をポカンとして見ている。
「ルカが、ルカが笑った」
「天変地異の始まりだ」
「雪が降るぞ」
「いいや槍だ」
「西から陽が昇る」
「月が落ちる」
二人がかりで茶化し合っていたら、笑顔の消えたルシアーノに鉄拳制裁を喰らった。拳骨をもらった頭をさすりながら肩をいからせて背を向けるルシアーノ眺めて、恵里とジッロは顔を見合わせて笑った。美少年の屈託の無い笑顔は辺りにパッと光が満ちるような華やかさだ。輝くような笑顔は見るものの心を幸福にする。
「いつもあんな風に笑えるようになったらいいね」
「ああ、そうだなあ」
しみじみとした声音が返って来た。ジッロがルシアーノに向ける眼差しは、兄のように優しい。
第二、第三回戦は豪剣グーリンよりも手応えのない相手だったので恵里は順調に勝ち進み、遂に本戦出場への切符を賭けた試合に臨むことになった。今度の相手はいかにも貴族然とした身なりの良い美青年で、歳は二十歳前後というところだろうか。ぴったりと体に合った仕立ての良い軍服風の格好をしている。まるで映画の主人公の如く、自信に満ちあふれピシと剣を構えた姿が実に様になるのだ。
「始め!」
審判の合図と同時に恵里は剣を打ち込む。それを鍔で受けて払い青年は突きを繰り出す。恵里は身体を横に向けてそれを避け、回り込んで斬り掛かるが青年の対応のほうが一歩早い。キィンと金属同士が弾かれる音。恵里は飛び退って間合いを取った。青年の動作はいちいちがお手本のように美しく洗練されている。逆に言えば型どおり。正攻法で行っても隙はないだろう。恵里は右手を剣の柄の下に当て、押し出すような鋭い突きの構えを取る。定石通りなら青年は突きを避けて腕の伸びきった恵里の背に打ち込むはずだ。そこを狙う。形だけの突きを放ちながら左足を軸に右足を後ろに引いた。右手を逆手に柄を握って剣を返し、右足で踏ん張って左上段から振り下ろす。
「くっ!」
短く声を漏らし、青年は恵里の剣を辛くも受け止めた。型を崩すようなこの動きは、ルシアーノに散々いじめられて覚えたものだ。ようやく型を覚えたばかりの初心者相手にまったく容赦のない教え方だ。けれどもそれが上達への近道だったのだと今では思う。貴族の青年相手には教える方もずいぶんと気を使うんだろうな、とはこの攻防で恵里が感じた感想だ。ならば、少し実践的で泥臭い攻め方をしてみるか。こちらはドゥー・ジーが得意とする戦略で、フェイントを入れたり裏をかいたりする戦い方だ。最初から剣に打ち込み、跳ね返された所からの攻め。剣を絡めて鍔競り合いから力を抜いて下がり、バランスを欠いたところへ切り込む。さすがに型のしっかりした青年だから恵里の攻撃にも対応はしているものの、防戦一方になってきている。この辺で一発逆転の攻めを繰り出して来るんじゃないか、と恵里はわざと隙を作って誘ってみる。罠とも知らず、青年が斬り込んできた。ルシアーノ直伝の騙し方だ。もっとも、彼のように上手くはできないが。それでも青年は誘いに乗って恵里へと剣を振り下ろす。恵里は身体を捻ってその剣を受け、そのまま剣を滑らせ青年の胸に剣先を突き入れた。
「勝負あり!」
審判が手を挙げる。互いに一礼した後、悔しげに唇を噛む青年に握手を求めると、青年は一転して爽やかな笑顔を浮かべそれに応じてくれた。さすがは貴族、育ちの良さはこういう所にも現れるものなのだなあと感心する恵里なのだった。




