22.黒幕を追い詰めろ
「言っとくけど、デンインに義理立てしても得にはならないよ。この件に関しては商人組合のセミオン・エイデックも動いている」
というのはブラフだ。ただセミオンに報告したのは本当で、証拠が揃えば実際に動いてくれる可能性もある。が、今はまだ様子見だ。果たして刺青男にセミオンの名が通用するだろうか、と恵里は男の表情を注意深く観察したがあまり意味はなかった。男がまるで逡巡する気配もなくべらべらと喋り始めたらからだ。雇われチンピラに忠誠心などある訳もない。恵里は小さくため息を吐き出したのだった。
「デンインはどうしてもトルドが邪魔だったんだ。それなりの規模の兵を持つ領主や貴族はすべてトルドが固めていたからな。どうにか隙を作って潜り込むつもりだったのさ」
「襲った荷はどうした?」
「デンインの屋敷に持って行った後は知らねぇよ」
「ドゥー・ジーはどうしてデンインに加担してるんだ?」
「あ?誰だそれ」
「イラケイアの剣士だよ。相当腕が立つ。お金が目的じゃないでしょ?」
「あぁ、あの田舎もんのおっさんか。いや腕はマジすげーよ。でもああも世慣れてねえんじゃ田舎に引っ込んでるのがお似合いだな」
「なんて言って騙した?」
「唖の娘が居ただろ。医者じゃ治せねえ種類らしくてな、おっさんは魔女探しにオルロに来てたのさ。けど魔女なんてのはなかなか見つからねえし手がかりもねえ。デンインはそこに付け込んだ」
「魔女に会わせてやるって?」
「デンインが上手かったのは、清めの儀式がいるとか何とか丸め込んで娘をかどわかしちまったことだ。後からおっさんが気づいても娘を人質に取られてんじゃ言うなりになる他ねえからな」
「娘は、リー・ジーはどこ?あんたの相棒が見張ってんでしょう?」
「奴とは別行動だ、居場所は知らねぇよ。ホントだって」
「…言え、どこだ?」
焦れたルシアーノが男の首に押し付けた剣へ力を込めると男は呻いた。
「い、言うから、剣を緩めてくれ…っ」
男は喉元を押さえて咳き込み、恨みがましくルシアーノを見上げた。いたぶられる側からすれば、ルシアーノの飄々とした美貌はさぞ恐ろしかろう。
「俗世と離れた神聖な場所ってデンインはおっさんに言ってたが」
「実際は?」
「灯台下暗し」
「デンインの屋敷か」
「ああ、庭の隅にある古い納屋に居るはずだ」
それだけ聞くと、ルシアーノは男の頭を剣の柄でぶん殴って気絶させてしまった。ちょろちょろ動かれては面倒だとは恵里も思うが、どうにもやり方が荒っぽく容赦のない美剣士である。
トルド家と比べるとデンインの屋敷はずっと大きく、広さだけを見れば豪邸と言っても差し支え無い。けれどもどこか垢抜けなさというか寂れた雰囲気があるのは、庭や建物の手入れが行き届いてないからだろう。ところどころ剥がれたり枯れたりした芝生、剪定の跡が見えない伸び放題の庭木、落ち葉が腐り藻が覆う噴水、黒ずんだ白い大理石の彫刻…。きちんと手を入れてこそ価値があるのに、買っただけで満足してしまうのがいかにも素地の悪い成り上がり者といったところだ。
目的の納屋は刺青男の言ったとおり敷地の隅にぽつんと立っており、外からは中の様子は窺い知れない。
「罠かな?」
「関係ない」
「頼もしいことで」
二人が頷き合って納屋の戸を開けると、手足を縛られて奥の壁に寄りかかっている少女とチンピラ風の男。
「何だてめぇら、あー?」
威勢がいいのは口調だけで、男は少女の首に左腕を回し右手のナイフをその柔らかな頬に押し当てた。男が己の卑怯さを取り繕いもしないのはルシアーノが何者かを知っているが故だろう。
「剣を捨てな、トルドの坊主!娘の顔を傷物にしたくねえだろ」
ルシアーノは無言のまま剣を床に置いた。
「こっちに蹴って寄越せ!」
ルシアーノは男の要求の通りに剣を蹴って床を滑らせる。男の目がそれを追う。恵里は男の様子をじっと注視していた。足元まで届いた剣を拾い上げようと男が屈み、少女の頬からナイフが離れた瞬間。恵里は魔法で男のナイフをはじき飛ばした。
「あっ…!?」
男は慌ててナイフと剣とに視線をさまよわせた。どちらを取るべきか瞬時に判断できなかったのだろう。恵里はすぐにルシアーノの剣を魔法で引き戻し、少女を助けに走る。ルシアーノが拾い上げた剣を男に叩き込んだのと、恵里が少女を抱き起こしたのはほとんど同時だった。
「ぐわあ!」
と叫び声を上げて男は昏倒し、恵里は少女の耳と目を塞ぐようにして抱きしめた。少女の身体はガチガチに強張って小さく震えている。
「怖かったね、リー・ジー。もう大丈夫だから、安心して」
恵里の胸に顔を埋める少女リー・ジーの背中を撫でてやりながら、恵里はルシアーノを見上げた。恵里がピクリとも動かない男に視線を遣ると、ルシアーノは首を振った。殺したわけではないようだ。
「残すは本丸だね」
「ああ」
リー・ジーが落ち着くのを待って三人はデンインの居る屋敷へと向かった。
「…大丈夫?立てる?」
恵里が支えて何とか立ち上がったリー・ジーは、けれどもしっかりと頷いて歩き始めた。気丈な娘である。本当ならゆっくりと休ませてやりたいところだが、今は時間がない。
恵里は刺青男の言った「奪った荷はデンインの屋敷に運んだ」という言葉が引っかかっていた。単に納品を邪魔するだけなら、強盗の証拠品を屋敷に置くような真似はしないはずだ。チンピラに適当に処分させておけば、事件が明るみに出ても彼らを切り捨てるだけで済む。ならばなぜわざわざ屋敷に持ち帰った?恵里はデンインがまだ何か企んでいるように思えてならなかった。だから今はリー・ジーを気遣ってやれる余裕がないのだ。
大きな屋敷の戸を開く。玄関正面には大きな階段、うっすらと埃が積もった大理石敷きの広いホール。その真ん中にひとりの男が立っていた。着ているものは仕立は良いだろう、生地も上等な服だが、どこか野暮ったく言いようのない違和感がある。顔からギラギラと滲み出る野心がそうさせているのだろうか。この屋敷と同じく、いかにも洗練されていない成り上がり者という風情の男。この男が、デンイン。
「ようこそ我が屋敷へ。美しき剣士、ルシアーノ」
デンインは芝居がかった仕草で礼をした。ルシアーノが忌々しげに舌打ちする。
「お前の企みはすべて露見している。観念しろ、荷はどこだ!」
「おやおや。どうしたんだい大きな声を出して。一体何の話かな?」
デンインはちらりと時計に目を遣り、ゆったりとルシアーノの前へ歩み出た。その顔には微笑みすら浮かんでいる。
事ここへ至ってのこの余裕は一体何だ。恵里は妙な胸騒ぎがした。リー・ジーは既に助け出してここに居る。まだ何か切り札があるというのか?
「奪った荷はどこだと訊いているんだ」
「はて、何のことやら」
「しらばっくれるな!」
「ないものはないとしか言い様がありませんねえ。何なら家探ししてもらっても結構ですが、もしなければその時は…」
「お前の人形にでも何でもなってやる!」
デンインは勝ち誇った顔でにやりと笑い、再び壁際に置かれた時計へチラッと視線を向けた。
「待って!」
恵里は駆け出しかけたルシアーノを押し留めた。
「さっきからチラチラ時計気にして、あんた何を企んでる?ドゥー・ジーはどこ?」
デンインは俯いてくっくっ…と喉から声を漏らしていたが、遂には堰を切ったように大声で笑い始めた。
「はーっはっはっは…」
「何がおかしい!」
激昂するルシアーノの声が広く寒々しいホールに木霊した。




