↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
高く翔べ、ニーノ! 〜恵里の異世界奮闘記〜  作者: 羽牟
第二章 異世界の住人
33/64

17.美少年の覚悟


 恵里が水の入ったコップを差し出すと、男は一息に飲み干して大きく息をつく。

「落ち着けよ、何があったんだ」

「ペギア伯爵へ納品する品物を運ぶ途中、何者かに荷を奪われちまったんだ」

 ジッロは鍛えた剣をトルドに納めるために昨日オルロへ来たのだという。今回奪われた荷というのはジッロ作のものも含め、今朝早くオルロを発ってペギア伯爵の元へ輸送途中だった武器や防具のようだ。

「しかしどういうことだ?剣や楯だろ、そんなもの奪ってどうする」

「それが分からんのだ。武器狙いの盗賊の類かもしれん。一応探してはいるんだが、見当がつかなくてな。幸い、納期までにはまだ間があるからもう一度剣を鍛えてほしいと、トルドさんからの伝言だ」

納期に遅れるのは信用に関わるし、だいいち武器屋が武器を奪われたというのは不名誉極まりない。公にして騒ぎ立てるよりも内々に処理するほうが得策ではある。

「納期は五日後か…厳しいな。徹夜でやってもギリギリってところだが、とにかくやるだけやってみよう」

「頼む。謝礼は弾むそうだ」

ジッロは頭を下げる男の肩を叩き、お前が悪いんじゃねえよ、と慰めた。

「荷を運んでいた者は?」

と訊くのはルシアーノである。

「ジャン爺と新入りのバドでさ。爺さんは腰抜かして抵抗しなかったから良かったんだが、新入りは…」

聞き覚えのある名に、恵里は思わず口を挟んだ。

「その新入りのバドって、もしかしてアール伯爵領出身の?」

「そういや少し北の訛りがあったっけなぁ、お知り合いで?爺さんの話しじゃあ荷を守ろうと強盗に向かっていって、逆にこう、バッサリと」

「死んじゃったの!?」

「いや、大怪我には違いないが命に別状はなさそうだ。今はトルドさんの屋敷で治療してるよ」

恵里はほっと胸を撫で下ろした。バドは恵里がヒモ生活で悶々としていた頃に出会った男である。ミーズに懸想してオルロから連れ出そうと算段していたあのチンピラだ。今は足を洗ってまともに働いているらしいことがなぜだか嬉しかった。明日にでも怪我にとびきり効く薬草を持って見舞いに行こう。

「とにかくまずは仕事だ。移動時間がもったいないからオルロの鍛冶師仲間の仕事場を借りるよ。何かあったら連絡くれ」

 そう言ってジッロはホットドッグを咥えて走り出て行った。ルシアーノも穏やかならぬ様子で足早に店から立ち去り、後に残されたトルドの使いの男は暢気にも「これ食ってもいいかな」とルシアーノの分のホットドッグを頬張った。

「ねえ、襲った犯人の人相や風体は分からないの?」

「覆面をしていたらしくてな、三人組の男ってことしか。バドもそれなりに遣えるはずだが多勢に無勢とあっちゃなあ」

 ホットドッグを食べ終えた男が出て行くのと入れ違いに、リリィが顔を覗かせた。

「どうしたの、何やら緊迫した雰囲気」

恵里が手短に状況を説明するとリリィは腕組みをしてふーむと呟く。

「あくまで私の感想だからそのつもりで聞いて欲しいんだけど、」

と前置きしてからリリィは話し始めた。

「トルドといったら何代も続く名のある武器商でね、各地の領主や貴族の御用商人なのよ。その上に胡座をかいているとまでは言わないけど、少し甘いところがあるのは事実ね。近頃のし上がってきた鍛冶師上がりの武器商人、デンインは汚い手も平気で使うような男よ。そんな商敵がいるというのに、トルドはあまりにも無警戒すぎるわ」

「するとデンインが荷を襲ったってわけ?確かに、トルドとしちゃ武器商人の名折れではあるけど」

「可能性もなくはないってことよ」

「納めるべき品物を奪って悪評を広め、信用を失墜させる。トルドの地位と権威を奪うために。デンインってのはそういう姑息なこともやりかねないと」

「まあ、そんな所ね」

それにしてもリリィのこの事情通っぷりはどうしたことだ。本業は裏稼業なのか。このオカマ、只者ではない。

「それからこれは噂だけど、」

とリリィは続けた。

「デンインはあの超絶美形のルシアーノちゃんにいたくご執心ってハナシ」

「そりゃ…」

恵里は二の句を継げずに押し黙った。今回のこの事件、単なる強奪事件ではなさそうだ。


 翌朝、恵里が「臨時休業のお知らせ」を店のドアに貼っていると、後ろから声を掛けられた。振り向けば美少年のルシアーノである。恵里への敵意は今は見えず、その美しい相貌からは悲壮感が漂っている。ただならぬ様子に恵里は店内へ入るよう促した。

 ルシアーノは椅子に浅く腰掛け、思いつめたような表情をしている。恵里はカモミールを主体にリンデンフラワーやオレンジピールなどを配合した、魔女特製のブレンドハーブティーを淹れた。緊張した体を解し、心を落ち着ける効果がある。

「目が真っ赤じゃない。どうしたの」

「…一晩中、鉄を打つジッロを見ていた。でも、決心がつかなかった。言えなかった。だから伝言を頼みに来た」

ルシアーノの話はまるで要領を得ない。

「とりあえずこれを飲んで、落ち着いて。暖まるよ」

恵里はハーブティーをティーカップではなく、スープカップに注いでいた。両手で持って冷えきっているであろうその指先を温めて欲しいと思ったのだ。

「…昨日、荷が襲撃されたと聞いて、すぐに思いついたのはデンインだった。実は前々から、あいつに言い寄られていた。相手にしていなかったが、そのうち不幸なことが起こっても知らんぞと奴は言った。その時は口だけだと思って気にも止めなかった」

「もしかして昨日、一人でデンインの所に行ったの?」

「ああ。デンインはこう言った。荷が奪われたと聞いたが納期には間に合うのか、と。自分ならばその荷を見つけ出せるかもしれないが、とも」

「語るに落ちてるじゃない。自分がやったと言ったも同然でしょう」

「だが証拠はないし、黒幕が誰だろうと同じことだ。納める品物がないのならトルドの名は地に落ちる」

「だけどそれはジッロがきっと間に合わせてくれるでしょう?」

「…一晩中、見ていた。ジッロが不眠不休で鉄を打つのを、ただ見ていることしかできなかった。デンインの要求を飲めば、荷は戻る。ジッロに余計な負担をかけずに済む」

「その要求って何?」

恵里は半ばイライラしながらルシアーノ尋ねた。まさか、自分が犠牲になるなどと言うつもりではあるまいな。

「人形になれと言われた。奴の屋敷に住むことになるだろうから、もう会うことはないとジッロに伝えてほしい」

「馬鹿なことを!そりゃ犠牲じゃなくて生贄だよ。それでジッロが喜ぶとでも思ってんの?」

「だが荷さえ戻ればジッロに迷惑を掛けることもないんだ」

「そんな事されたら、自分の仕事が信用できないのかってジッロは怒るに決まってる。あんたジッロのことが好きならもっと信頼してやんなさいよ!」

「な…なんで、」

驚くルシアーノの言葉を遮り、恵里は声を荒げる。

「いい?あんたがデンインみたいな男の言いなりになる必要なんてない!だいいち、デンインってのはこれだけ卑劣な男だよ、たとえあんたを手に入れてもトルド家を陥れようとするだろうね」

だから今こそ奴の企みを暴いて阻止すべきなのだ。恵理は鼻息も荒く立ち上がった。

「行こう!」

「どこへ…?」

「まずは実行犯を突き止める」

恵里は拳を固く握りしめた。

 そして最後にはデンインの息の根を止めてやる。この美しき少年にその身を投げ打つ覚悟までさせたデンインという男。これほどまでの一途さを踏みにじろうとした罪は、あまりにも重い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。