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高く翔べ、ニーノ! 〜恵里の異世界奮闘記〜  作者: 羽牟
第一章 異世界の異邦人
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15.魔獣来襲


 朝日がさんさんと輝くロレント郊外の広場に、恵里は剣を持ってサルヴォ伯爵の次男フェーデレと対峙している。恵里自身なぜこんなことになっているのか実際のところよく分かっていないのだが、時を遡ること十二時間前。恵里がサルヴォ邸を辞したすぐ後のことだった。

「ニーノ・ダエリ!」

と恵里を呼び止めたのが、和やかな会食の間ひとりだけ険悪な空気を発していた次男フェーデレである。アメリアが恵里に惚れているのがよほど気に食わないとみえて恵里を睨め殺さんばかりの勢いで睨みつけつつ、曰く、

「お前がアメリアにふさわしいかどうか俺が見極める。決闘だ!」

 そして今、恵里とフェーデレは剣を構えて向かい合っているというわけなのだ。今まで剣など持ったこともない恵里相手ではマトモな勝負にはならないだろうし、適当に負けれてやればフェーデレの溜飲も下がるだろう、そう思って恵里は勝負を受けたのだった。

「行くぞ!」

フェーデレが叫ぶ。と、その時。けたたましい警鐘が辺りに鳴り響いた。少し遅れて教会の大きな鐘も急を告げるように鳴り始める。静かな朝が一瞬にして騒然とした空気に包まれた。

「何事!?」

「魔獣だ…!」

フェーデレは青い顔をして駆け出した。もう恵里のことなどすっぽり頭から抜け落ちているようだ。魔獣が来るとしたら街の東側、草原に面する方からだろう。恵里は魔動バイクに飛び乗ると、街の外周を東へと回りこむようにバイクを走らせた。

「いた!」

 果たして魔獣は東側から街に侵入し、通り沿いの家屋を破壊しながら中心部へ向かっている。その姿はヌーに似ていて、巨大な牛のような体躯に隆々と筋肉が盛り上がり、天を向いて伸びる湾曲した鋭い角は頭を下げて突進すれば前方へと突き出す形になる。その前に立つのは一体どれほどの勇気がいることだろう。だが、逃げ惑う領民たちをかばうように、フェーデレは魔獣の正面に立ち剣を構えていた。こわばった顔は蒼白で脂汗を垂らし、両手で構えた剣の切っ先は震えている。それでも、領民を守るためたった一人で恐ろしい魔獣に立ち向かっているのだ。

「危ない!」

成り行きを見守っていた街の人たちの誰かが叫ぶ。魔獣を追っていた恵里も思わずそう叫んでいた。魔獣は向けられた剣を角を振って弾き飛ばし、尻餅をついたフェーデレにその鋭い角を突き立てんと襲いかかる。

「火よ!」

恵里は咄嗟に火魔法を使って魔獣の眼前に火の玉をぶつけた。魔獣がひるんだ隙にその横を追い抜き、振り向き様に持っていた剣をその鼻っ柱に叩き込む。

「ぐおぉおおおーーー!」

初めから大したダメージを与えられるとは思ってはいなかった。いきり立たせて自分を追わせ、街の外へ誘導するつもりだったのだ。魔獣は目を血走らせ、雄叫びを上げた。ギラリと鋭い角が恵里の背中を掠める。冷や汗が吹き出た。沿道からはキャーッという悲鳴。見ている方もハラハラするに違いない。

「北へ誘導します!道を開けて!」

市の立つ中心広場は何としても避けなければならない。そしてサルヴォ邸はロレントの中心北寄りにある。恵里は魔獣の意識が自分から逸れないよう時折魔法で挑発したり、角が届かないギリギリまで接近したりしつつ、大きく右に旋回し北を目指した。

「ニーノ・ダエリ!」

呼ばれ、見ればサルヴォ邸から中心広場への広い通りに兵を引き連れたロベルトの姿。十数人の兵たちはクロスボウを、そしてその先頭に立つロベルトは黒く光る剣を携えて走って来るところだった。あれこそが魔剣、サルヴォ家に代々伝わるという対魔獣に特化した剣。幾頭もの魔獣を屠りこの地の平穏を守ってきた伝説の魔剣。ハーフアーマーに身を包み魔剣を掲げるロベルトはいかにも頼もしい。そのロベルトが叫ぶ。

「こっちだ!」

「分かりました!合図で、上へ!」

恵里は魔獣を十分に引きつけ、迎え討とうと構え始めた兵たちにまっすぐ向かっていく。兵たちは左右に分かれ、ロベルトはその間に立ち魔獣を待ち構える。兵たちがクロスボウを構え終わると同時、ロベルトが魔剣を振り上げた。

「跳べ、ニーノ!」

合図を受け、恵里は思い切り地面を蹴った。併せてありったけの魔力を振り絞り上空へと跳ぶ。恵里が三メートルほども飛び上がったその下で、魔獣はクロスボウの一斉射撃に遭って勢いを削がれ、そしてロベルトがその魔剣で猛り狂う魔獣の首を落としたのだった。

わああぁーーーー!

固唾を飲んで見守っていた人々からドッと歓声が上がる。我らが英雄ロベルト様!と口々にロベルトを称え沸き返る人々の間をすり抜け、恵里はそっとその場を離れたのだった。

 東へと街を抜ける途中、先ほどフェーデレが魔獣と対峙した場所である。恵里は家の壁に背を凭れて座り込み、唇を噛むフェーデレの姿を見つけた。

「フェーデレ」

声をかけると、悔しげな表情で顔を上げる。フェーデレはしばし逡巡した後、恵里が差し出した手を取って立ち上がった。

「お前は…勇敢だ、ニーノ」

「あんただってすごく勇敢だったじゃない。魔獣の前に立ち塞がるなんてふつう出来ないよ」

「いいや、俺は、サルヴォ家の一員ともあろうものが、何も出来ずに腰を抜かしていた。それにお前がいなければあのまま突き殺されていたかもしれない。お前には…感謝している」

確かに危機一髪ではあった。けれども、一体誰が荒れ狂う魔獣の前に立ちはだかったフェーデレの勇気を蛮勇などと貶めることができよう。彼のおかげでその場に居た領民は魔獣に襲われずに済んだのだ。

「だが、だが、俺は…」

フェーデレはキッと顔を上げて恵里を睨み、きっぱりと言い放つ。

「お前がアメリアと結婚するなど、断じて認めん!」

「…認めてもらわなくていいよ」

恵里が脱力しつつため息混じりに答えると、フェーデレはますますいきり立った。

「何だとっ!アメリアがお前に好意を寄せているというのに、その気持ちを無下にするというのか!」

「あんた言ってることがむちゃくちゃだよ…。何だか疲れたし私もう帰るわ。じゃあねー」

「待てニーノ、待てっ!」

追いすがるフェーデレを置き去りにして、魔獣撃退に湧く街を魔道バイクで走り去る恵里なのであった。

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