01.プロローグ
夜半から降り出して朝まで続いた雷雨は正午前にようやく止み、路面がすっかり乾いたのが午後二時。新野田恵里はヘルメットにグローブを詰め込み、バイクのキーを手に取った。遠出するには遅すぎるが、ホームコースを流すのにはちょうどいい時間だ。
恵里がよく走りに行くのは近くにあるそこそこ大きなダムと、そのそばにある二車線の舗装林道だった。ダムを右回り左回り二回ずつに林道を一往復。それが恵里のお決まりの練習コースだった。もともと恵里が住んでいるのがずいぶん田舎であったからダムも林道もかなり山の奥深い場所にある。そのおかげで車やバイクとすれ違うことは滅多になかったし、歩いている人に出会ったことはついぞなかった。それが慢心に繋がったと言われれば、確かにそうなのだろう。
愛車にまたがり、恵里はバイクのエンジンに火を入れる。CBR600Fユーロモデル。重量二〇〇キロちょっとと軽量ながら一〇〇馬力とパワーも有り、恵里は持て余しこそすれ不満に思うことはなかった。扱いやすいバイクだった。季節は春の終わり、初夏の一歩手前の一番良い気候。すでに雲は取れ去り青空に爽やかな日差し。良い一日になりそう。恵里は唇の端をきゅっと引き上げてアクセルを開いた。
ダム湖の周遊路一周目は路面の状況をチェックしながらゆっくり流す。一箇所、砂が浮いたカーブがある。一箇所、山からの湧き水が道を横断しているところがある。頭に入れ、逆回りの二周目。少しスピードを上げた。何度となく走ってきたコースだ、コーナーはすべて頭に入っている。三週目にはリズムが出てきて、四週目。小刻みなカーブを右に左に切り返し、奥が深くなったカーブに突っ込んだ時だった。ちらりと確認したミラーには対向車の影はなかったはずなのに、突然目の前に走った強烈な閃光。
「うわぁッ!」
目が眩んで何も見えないままブレーキを思い切りかけた。ゴリゴリと響くABS。それもつかの間、恵里は空中に投げ出された。ただ眼前に広がるのは田舎の晴れた青い空。そして、意識は暗転した。




