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第11話:空飛ぶ箒の二人乗りと、密着を拒む絶対空力制御



 魔女の塔の最上階、吹きさらしのバルコニーにて。

 僕と師匠エレノア・ヴェルベットは、一本の古びた『飛翔の箒』を前にして立っていた。


「いいこと、アルド。今日は塔から数十キロ離れた『雲喰い山』の山頂まで、高山植物の採取に向かうわ。道中は乱気流が多いから、気をつけるのよ」


 そう言って微笑む師匠の姿は、あまりにも目に毒だった。

 本日の彼女の装いは『高高度飛行用・空力特化スーツ』であるらしい。

 しかし、その実態はどう見ても、布地の面積を極限まで削ぎ落としたハイレグ仕様のレオタードだった。背中はお尻の谷間が見えそうなほど深く開き、脚部は付け根まで完全に露出している。


「し、師匠……。いくら何でも、上空は気温が低いですし、そのお召し物では風の抵抗を直接受けてしまうのでは……?」

「あら、全然分かってないわね。布の服なんて着ていたら、風の抵抗でマナの乱れを感知できないじゃない」


 師匠は細い指先で自身の滑らかな太ももをなぞり、尤もらしい魔術理論を語り始めた。


「飛行魔術において最も重要なのは、大気中のマナの潮流を『肌』で直接読み取ること。この究極の流線型フォルムと肌の露出こそが、乱気流を完全に予測し、最速で空を駆けるためのエアロダイナミクス・セオリーなのよ」

「な、なるほど……! あえて自らを過酷な環境に置き、皮膚感覚を極限まで研ぎ澄ませるのですね!」


 僕は深く感銘を受けた。

 ただ露出狂なのではない。師匠は空の安全を守るため、文字通り身を削って大気と対話しようとしているのだ。


「さあ、乗るわよ。私が前で操縦するから、アルドは私の後ろに座ってちょうだい」


 師匠は箒にまたがり、その後ろのわずかなスペースをポンポンと叩いた。


「上空は風が強くて、振り落とされる危険があるわ。だから……私の腰にしっかりと腕を回して、背中にぴったりとくっついてね。絶対に、離れちゃダメよ?」


 師匠が肩越しに振り返り、潤んだ瞳で僕を見つめる。

 その言葉を聞いた瞬間、僕の脳裏に最悪のシミュレーションが駆け巡った。


(ば、馬鹿な! 今の師匠の背中は、完全に素肌だぞ!? そこに僕が密着して胸を押し付け、あまつさえその細い腰を抱きしめるだと!?)


 そんなことをすれば、僕の心拍数は爆発し、男としての根源的な『煩悩』が大暴走してしまう。

 飛行中に術者の背後で強力な魔力ノイズ(色欲)を発生させれば、箒の推進システムに致命的なエラーを引き起こし、僕たちは数百メートルの上空から真っ逆さまに墜落することになる!


(これも試練だ……! 極限の恐怖と誘惑が交差する上空で、いかにして己の心と魔力を静寂に保つかという、師匠からの死を賭した抜き打ちテスト!)


 僕は覚悟を決め、箒の後ろ部分にまたがった。

 師匠の甘い香水と、温かな体温がすぐ目の前にある。

 だが、僕は決して触れない。


「さあ、しっかり捕まった? 飛ぶわよ!」


 フワリと箒が浮き上がり、次の瞬間、爆発的な加速と共に僕たちは大空へと飛び出した。

 鼓膜を(つんざ)くような風切り音が響く。

 だが、僕の意識は限界まで研ぎ澄まされていた。


「術式展開――無属性魔法『重力軽減グラビティ・ダウン』及び、風属性魔法『絶対空力制御エアロ・コントロール』!」


 僕は箒の柄を両膝で軽く挟み込んだまま、自身の体重を限りなくゼロに近づけた。

 さらに、前方で風を切る師匠の背中から『ちょうど十センチの隙間』を維持するように、自身の周囲に完璧な流線型の魔力防風壁カウルを形成したのだ。


「きゃっ、すごい風! アルド、もっと強く抱きしめて! 遠慮しないで!」


 前方に座る師匠が、わざとらしく体を後ろに反らせ、僕の胸にすり寄ろうとしてくる。

 だが、無駄だ。

 僕が展開した空力制御結界は、師匠の動きに合わせて完璧な『十センチの隙間』を自動維持する。師匠がもたれかかってくれば、空気のクッションがそれを優しく受け止め、僕の体はそのまま後方へとスライドするのだ。


「甘いです、師匠! 貴女の意図は完全に理解しています!」

「えっ!?」

「飛行中の不意の接触による『魔力暴走(墜落の危機)』を誘発しようとしたのでしょうが、僕の空力制御の前では無意味です! 僕と師匠の間には、一滴の汗も触れ合わぬ絶対不可侵の真空層が形成されています!」


 僕は轟音の中でも届くように、大声で叫んだ。

 師匠がギョッとして後ろを振り返る。


「ちょっとアルド!? アンタ、箒の後ろで何やってんのよ!」

「ご覧の通り、風と一体化しています!」


 師匠の目に映ったのは、箒の柄の上に胡座あぐらをかき、師匠の背後十センチの空中に完全に『自律浮遊』している僕の姿だった。

 もはや箒にまたがってすらいない。

 僕は箒の推進力に合わせて、周囲の風を完璧に支配し、空中を波乗りのように滑空サーフィンしていたのだ。


「な、なんでアンタが単独で飛んでるのよ!? しかも胡座で! 意味わかんない!」

「素晴らしい負荷テストでした! 上空の乱気流すら、今の僕にとっては心地よい揺りかごに過ぎません!」


 僕は完全に無我の境地に至っていた。

 師匠がいかに空中で急旋回しようとも、急降下しようとも、僕は常に十センチの距離を保ちながら、ピッタリと背後を自律追従していく。

 下界から見れば、高速で飛ぶ大魔女の背後に、謎の魔術師が座禅を組んだままピタリと張り付いて飛んでいるという、恐怖のオカルト映像にしか見えないだろう。


 やがて、目的地の『雲喰い山』の山頂に到着した。

 僕たちは無事に着地を決めた。当然、僕の足は地面から数センチ浮いたままだ。


「ふぅ……完璧なフライトでしたね、師匠」

「…………」


 師匠は、標高の高さによる寒さのせいか、それとも別の理由か、レオタード姿のままワナワナと肩を震わせていた。

 その顔は、虚無に包まれている。


「……アルド」

「はい! おかげで、重力と気流の完全な支配という新たな極地に――」

「バカァァァァッ!! 二人乗りのロマンを全部ぶち壊しにしてんじゃないわよ!! 私、ただ前で風圧受けてただけでめちゃくちゃ寒かったんですけど!!」


 師匠は手近にあった石ころを投げつけてきたが、僕の周囲に展開されたままの【絶対空力制御】の壁に弾かれ、空しく地面に転がった。


 僕のステータス画面には、新たに【重力支配】と【空の覇者(自律浮遊)】という、伝説の竜種しか持っていないような規格外のスキルが刻まれている。


 やはり大空の探求は、魔術よりも奥が深い。

 僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、寒さでくしゃみをする師匠に、そっと保温魔法をかけてあげるのだった。


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