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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第64話「亡骸の都市」

 ジャックは完全にやる気を失い、訓練室を出て行った。居心地が悪かった。偉そうにして負けた挙句、説教までされて気分も良くない。それを否定もできなかった。努力は魔法使いなら誰でもしているものなのは、自分が一番知っている。


「いやあ、スカッとしたねぇ。彼女、随分と態度が大きかったから」


 アレックスが何気なく言うと、フランチェスカがムッとする。


「んなこと言うなよ、後輩。あいつだって何かしらあるんだろ。事情も知らねーのに本人のいないところで言うもんじゃねえよ」


 ちくりと刺されて、アレックスもそれはそうだと気まずい表情をする。空気が重くなり、沈黙する中、リロイが席を立った。


「……続ける気のある方はいらっしゃいますか?」


 しん、とする。目の前でとてつもない技術を見せられて、それに続くのは難しい。いかに自分が矮小かを叩きつけられそうだから。


 リロイはそれを間違った考え方だと顔を顰めた。


「お気持ちは察しますが、魔法使いを目指す以上は立ち止まるべきではない。あなた方は才能があると認められたのです。それでも、今はどうしても気分が乗らないというのであれば────僕と手合わせはいかがですか、ヴィルヘルミナさん」


 指名されるとヴィルヘルミナの表情が変わる。椅子に腰かけ足を組んで休んでいたが、リロイの期待と疑念の混ざった眼差しに立ちあがった。


「確かめたところで、お前に何かメリットはあるのか?」


「さあ、どうでしょう」


 問われて微笑みを浮かべ、小さく首を横に振る。


「僕の人生は途中から、信じることを辞めました。次第に期待しなくなり、ただ魔法使いを育成するための機構として生きるだけだったのです。もしかすると、あなたが再び信じさせてくれるのかも」


 夢を口にした少女の言葉が真実になるかどうか。ここで見極められる。戦えば見えてくる。魔法使いの格が。英雄であり怪物たる存在足り得るか。そうであってほしいという願いを込めた、手合わせという名の決闘の申し出だった。


「良いだろう。その覚悟を受け止めよう、私がなんであれ、誰であれ、お前の期待に沿わねば願いを口にすることさえ烏滸がましい」


「ありがとうございます。あなたと戦えるとは光栄だ」


 フランチェスカもアレックスも、二人の強さは知っている。片や魔塔の魔法使いを次々と倒した少女。片や魔塔でも指折りの魔法使い。ジョー・ブルースやウォルター・フィッツウィリアムに比肩する魔法使い。どちらが勝ってもおかしくない。何も知らないカエデだけが、戦おうとする二人を交互に見て困惑していた。


「あっ、あのぅ……。これってなに、決闘するの?」


「見りゃ分かんだろ。面白い戦いになるから瞬きすんなよ」


「えぇ……。でも相手はリロイ教授なのに大丈夫なのかな……」


「私は知ってるけど、ヴィルヘルミナは強いよ。とてもね」


 黙って見ていろと言わんばかりの圧を受けてカエデは委縮してしまった。いくらなんでも魔塔でも上から数えた方が早い魔法使いを相手に、いち生徒が決闘などして大丈夫だろうかとヴィルヘルミナが心配でたまらない。


「僕ともあろう者が、生徒に真剣になるのは情けなく思いますか」


 申し訳なさそうなリロイに、ヴィルヘルミナはかぶりを振った。


「ありえない。魔法に真摯に向き合う者を情けないと言うのであれば、それこそ情けない。私に挑もうとする勇気を認めて、私は此処に立っている」


 胸の前で、手をがっちり組む。認めさせよう。認めさせなければならない。目の前の男が何を求めているかを理解しておきながら手を抜くのは無礼千万。ヴィルヘルミナは魅せることにした。ひとりの魔法使いの心を掴む奇跡を。


「現実は奇跡を起こさない。我々が真摯に現実と向き合い続け、限られた機会の中で正しさをつかみ取った瞬間にこそ起きうるものだ。お前には、それを見届ける資格がある。────《亜空結界・廃都ヒュブリス》」


 その場にいた全員の視界が光に覆われる。ヴィルヘルミナの周囲から放たれた強い魔力は強風のような勢いで全身を突き抜け、意識を保つのもやっとだ。


 十数秒が経ち、皆が目を開いて視界を取り戻したとき、愕然とした。先ほどまで小さな訓練室にいたはずの者たちが立ったのは、既に文明が滅び、破壊された都市の中だ。空はどこまでも夜空が広がっているのに、彼らの目に映る全ては昼間のように明るく視界がはっきりした。


「結界の中に世界を創ったというのですか、これは……! とてもひとりの人間が、それも子供ができるようなものではない……!」


「私にはそれができるんだよ、リロイ。まずは、そうだな」


 ぱちんと指を鳴らすとフランチェスカたちを包む透明の魔力の膜が覆った。超高密度の魔力による膜は、決闘の邪魔にならないよう、彼女たちが傷付かないようにするための強力な防御壁となった。


「……此処はかつて、栄華を誇った魔法最盛期の巨大都市ヒュブリス。その亡骸。誰もが魔法を愛し、そして魔法に狂った。私も含めて、皆がそうだった」


 全て壊れてしまった。全て壊してしまった。生まれ育った最愛の都市。


「この亜空結界は私の感情によって心象風景を創り出す。この廃都は私の寂しさを具現化しているとも言える。あの頃が好きだったわけじゃないが、なくなってみると、皆との関係は悪くなかったと思えるんだ」


 愛弟子が。好敵手が。あらゆる魔法が完成されつつあった世界が。悪くなかった。もう少し生きてみたかった。だがそれは、心を得たからに他ならない。ただ自分に忠実に生きただけの男ではなく、少しは人間らしい優しさを持った者として。


「あなたは……いったい……?」


 息を呑む光景にリロイも言葉が出てこない。人間離れしすぎている。神の所業と言って差し支えない。亜空結界など理論上は可能であっても、それを体現するのは不可能とまで言われる魔法の極致。最高到達点のひとつ。


 何十人、いや、何百人集まれば維持できるかも分からない空間の中にいる。生きているうちに見られたなら、それはまさに奇跡と言えよう。


「改めて自己紹介をしておこう。私の愛する名はヴィルヘルミナ・デヴァル。そして────千年前、アルベル・ローズラインと呼ばれた魔法使いだ」

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