第63話「吐き出した本音」
子供たちは軽い運動がしたいのだろう、とリロイは良い方向に考えている。瑞々しい若さの子供たちは体を動かすのがとにかく好きだ。魔法使いの中でも戦闘術専攻を選ぼうとする者が多い程度には、戦うことを神聖化している部分もある。
運動すれば気が晴れて、頭もすっきりする。気持ちは分かる。だから手合わせを許可して、部屋の隅に重ねて置いてあった椅子を並べて観戦席を作り、それから誰と誰が戦うかを尋ねた。これも切磋琢磨するためのワンステップだ、と。
最初に名前を挙げたのはジャックだった。
「アタシはヴィルヘルミナさんとがいいです」
「私も異存はない。やるというなら徹底してやろう」
共に認定戦ではひと悶着あった者同士。ちょうど決着も付けたいのかもしれないからとリロイは許可をして、他の三人をひとまず観戦席に座らせる。
「わかりました。ではまず、お二人で始めましょう。問題があれば割って入ります。合図を出しますから、二人は距離を取って向かい合ってください。構えは取らず、合図があってから動き出してください」
指示に従って、互いに構えることなく向かい合って合図を待つ。ジャックはニヤニヤと笑って、生意気な後輩の肌に傷を付けたい衝動に駆られる。
「どうですか。アタシと戦うの、少しは怖かったりしません?」
「いや、まったく。お前が望むから戦ってやろうと強がりで言ったと思うか」
「……でしょうねぇ。本当に、可愛い人。傷付けてやりたいほどむかつく」
リロイがぱんっ、と手を叩いて合図を出す。瞬間、動き出したのはジャックだ。腰に提げた幅広の剣を引き抜き、遠慮なく振りかぶる。危なくなればリロイが割って入ると言うのであれば加減は必要ない。全力で殺意を込めた。
「────えっ?」
振った。確かに、振ったのだ。距離を見誤っていない。にも拘わらず、ジャックはすり抜けたようにヴィルヘルミナの背後で剣を空振りさせた。
「ん? 何かしたか?」
「このッ……!」
剣を横に薙いだ。今度こそヴィルヘルミナは動いていない。だが、やはり剣はすり抜けたかのように空を切る。驚愕と苛立ちにジャックが表情を歪めた。心の余裕が、瞬く間に消え失せてしまう。
「なんで当たらないの! あなたは動いてないのに!」
「ああ、動いてないよ。実際に当たってないんだよ、お前の攻撃は」
そういった途端、ヴィルヘルミナの姿がゆらりと揺れて消えた。ずっと攻撃していたのは幻影のヴィルヘルミナだった。
誰も気づかなかった。リロイでさえも言葉を失うほど、ヴィルヘルミナは部屋全体に瞬時に幻影の魔法を掛けた。そして自分はのんびり観戦席に座ってリロイの本を広げて、あまり面白くないなと退屈そうにしながら────。
「気は済んだか? これで十分だろう?」
そう言って本をばたんと閉じると、ニヤっと笑った。
「あぁ……そういえば弱い奴とやるのは気まずいから実力を確かめたいと言っていたんだったな。────で、遊んでほしいか?」
椅子から立ちあがる瞬間は誰の目にも映っていた。だが、腰を上げたときには音もなくジャックの前に立ち、剣の背を手で掴んで、どうでもよさそうな目をしながらニヤリとして、鼻先を触れ合った。
「大人げないことをしたな。お前が可愛くて、ついイジメてしまったよ」
手で掴まれた剣を動かそうとしても、ぴくりともしない。身体強化魔法におけるレベルの違いがハッキリ出ている。ジャックは一瞬の触れ合いで魔力の格差を理解した。質も量も段違い。自身が地を這う獣ならば、ヴィルヘルミナはまさしくそれを見下ろすどこまでも広い空のように巨大で澄んだ魔力を持った。
「……あなたは、いったい……なんなんですか!?」
剣を手放して距離を取る。いつもなら二本使うところを一本にしたのがよくなかった。もっと本気で行かなければ掠り傷さえつけられない。冷や汗を滲ませ、どうやれば力量の差に僅かでも近付けるのかを考えた。
────いくら考えても、答えが出なかった。
「アタシは努力してきたんです。誰よりも頑張ってきた! なのに、なんでそれを努力もなしに覆せるんですか。才能を持ってる人間なんてうんざり!」
本音が出て行く。吐き出すつもりもなかった呪いの言葉が。
「みんなアタシより馬鹿なんだ。アタシより出来が悪い。だから呪われた家門だなんて馬鹿にしてた相手に実力を追い抜かれるんだ。……それがアタシの現実で、正しくて、周りが間違ってる。アタシよりチビのくせに────っ!?」
もう一本の剣を抜こうとして腰に手をやったとき、感触のなさに目を向けた。あるはずの武器がそこにはない。ハッとして前を見ると、ヴィルヘルミナが既に握っていた。気付かないうちに奪い取られた。
「仕方ないだろう、この身体が好きで選んだわけじゃない。最後に吐く言葉がそれとは、お前も大したことがない。努力をしたからなんだというんだ?」
からん、と剣を捨てて大きなため息を吐く。
「その程度は天才なら誰でもやることだ。環境に文句を言っても、現実はお前に奇跡を起こさない。積み重ねたものを自慢して無駄にするな」
膝を突いて俯き、完全に失意の中にいるジャックの前に立つ。なんとも呆れた奴だと鼻を鳴らし、屈んで目線を合わせた。
「お前がどう生きてきたかを私は知らん。それをいきなりぶつけられても、応えようがない。少しやりすぎてしまったのかもしれん」
ぽんと肩に手を置いて、そっと耳打ちする。
「消灯前に私の部屋に来い。お前の話を聞かせてくれたら、私もレオニードのことを少しだけ教えてやる。……まあ、大した話ではないんだが」
あまり知らない相手のことを適当に話すのも申し訳ないが、聞きたそうにしていたのと、今の状況で追い詰めてしまうのは可哀想だと感じた。
誘うのが少し気恥ずかしいのか、ぽりぽりと頬を掻いたのを見て、ジャックはぽかんとしてから何もかもどうでもよさそうに、くすっと笑う。
「それでご機嫌伺いするなら手加減くらいしてくださいよ。……はあ、もういいです、負けたのはアタシですから。少し頭冷やしてきます」




