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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第62話「自分への課題」

 決意に満ちた瞳。絶対に出来るという確信。リロイは首を傾げたくなった。どうしてそれが可能だと信じられるのか。社会の枠組みから出たことのない男にとって、夢を信じて突き進む少女は眩しく見えた。


「良い案だとします。でも、それが永遠に続くとお思いですか」


「どういう意味だ?」


「あなたが生きている間だけしか機能しないということです」


 リロイは、ヴィルヘルミナの考えについて否定的ではない。ただ、非現実的である部分を指摘した。あえて言葉を選ばずに。


「我々が考えているよりも人間は感情的です。最初の志を忘れ、信じたものを失い、新たに手に入れるのは上下関係という自身の力を示す物差しだ。再興の五百年で、人間はまた醜くなってきた。僕はそう思うんです」


 その瞳に宿っている、心底がっかりした虚ろさ。ヴィルヘルミナが訝った。


「お前、魔塔が気に入らないのか?」


「地位を手に入れても何も変わらなかったもので」


「……そうか。いや、ウォルターでさえそうなのだろうな」


 立場を得たからといって簡単に世の中の認識を変えられるほど楽な道のりではない。既にウォルターやリロイが通った道で、彼らは地位を得たにも関わらず、その実力と立場から『理想の社会』を実現できなかった。諦めるしかなかった。どちらとも心が折れているのが、なんとなくヴィルヘルミナも分かった。


「世の中は意外と生きにくいものです。正しいと思った言葉は統制され、切り取られた誤認情報だけが呪いのように広がっていく。誰かが誰かを見下して『魔法使いにはなれない』と罵る世界は見ていて気分が良くないですよ、中々に」


 外では話題にもされないだけ。当たり前すぎて誰も気にしない。心を抉ることを平気でする。だってそれが正しいから。優れた人間にこそ価値ある世界は間違っていると唱えても、そうなっているのだから手の施しようがない。


 一人が怒り、一人が泣き、懸命に訴えたとて。人々は彼らを指差して嗤った。そんなものは理想論で、事実として優れた人間だけが頂きに至るのだと。


「それでも私はやってみせるよ、リロイ。たとえ大勢がそうであったとしても、たったひとり、それが間違いだと指摘出来る魔法使いがいるから」


「……誰のことです?」


 その答えを自信たっぷりに、高らかに告げた。


「アルベル・ローズラインだ」


 リロイはどこか呆れたように肩を竦めて溜息を吐く。


「理想論ですね。彼は千年前の魔法使いですし、とっくに殺されています。もし現代まで生きていたとしても、彼は実力主義者たちのモデルケース。魔法の極致に達して大勢の命を奪い生きた、英雄であり怪物とされています」


 無理難題。現実に奇跡は起こらない。リロイの言葉が突き刺さった。


「だとしても」


 やるべきことだ。たとえ何百年、何千年かかっても。


「私は諦めない。千年前に零れ落ちてしまったものを取り戻すには私が正さなければならない。私自身を正さなければならない。この命は、そのためにある」


 押し寄せる後悔の痛みに、首に提げた鍵をぎゅっと握って僅かに俯く。


 覚悟してきたことだ。誰かに背中を刺されるような言葉は、ウォルターが言ったとおり自業自得。だから痛いことに顔を歪めない。平然を装い、何度と串刺しにされても立ち上がって歩く。それがヴィルヘルミナが出した自分への課題だ。


「まるで、自分がアルベルのように言うんですね。ふふ、面白い子です」


「……そうだな、そうありたいと思っているよ」


 素直に話せば信じて手を貸してくれるだろうか。馬鹿をことを考えて、すぐに振り払った。頼ってはいけない。頼るべきではない。信用すべき人間は慎重に選ぶべきで、感情に頼って楽になろうとするのは間違っている。


 今はまだ黙っていよう、とヴィルヘルミナは話を流す。夢のように。


「おっ、ヘルミーナが一番乗りかよ。どおりでいねえと思ったぜ」


 稽古場の扉を開けてフランチェスカの笑顔が見えた時、少しホッとした。


 これ以上は息苦しい会話になってしまうから、と。


「だから言ったじゃないですか、フランニャ。アタシは絶対にあの子は最初に訓練室に行くって。これで夕食のおかずはアタシのものです」


 一緒にやってきたジャックがフランチェスカの肩をパシッと叩く。


「お前たち、後輩で賭け事をして恥ずかしいと思わないのか?」


「アタシらは別に思ってねぇな! はっはっは!」


「思ってたら賭けていませんよ。アタシたちに期待しないでください」


 ろくでもない先輩すぎる、と呆れてヴィルヘルミナは手で顔を覆った。


「だ、駄目だよ、ジャックちゃん。私たちの後輩で賭けなんて……」


「まったくだね、私たち一年に対する冒涜じゃあないかい?」


 最後にカエデとアレックスが到着する。すぐ後ろを歩いていたからか、話が聞こえるなりカエデが「めっ、だよ」と注意したが、ジャックが目を逸らしながらケラケラ笑って気にも留めなかった。


「はいはい、皆様。楽しく話しているところを申し訳ないのですが」


 手を叩いて注目を集めたリロイが、稽古場の仕組みを話す。


「この部屋は特別な結界が常に張ってあります。授業がない日や病気以外で出席できない日は、此処を使って僕が皆さんの指導にあたります。もちろん、自主的な訓練も可能です。手合わせがしたいときは事前に僕に伝えてください。危険がないように立ち会います。それ以外での私闘は自室での謹慎にしますのでご注意ください。以上ですが、何か質問のある方はいますか?」


 カエデが、おそるおそる手を小さくあげた。


「あ、あの……。ここへ人形を持ち込んで、置いておくことは可能ですか」


「構いませんが、自室にあるもの以外の紛失等は自己管理の問題としますので、ご注意ください。何年か前に、それでトラブルになった生徒もいますから」


 不安そうにカエデが周囲を見るが、全員、他人のものに触るような人間ではない。見知った顔ぶれなので、とても安心した顔で「わかりました」と返事して、深く頭を下げて嬉しそうにした。


 そして、このまま質問がなければ初日のみ自習にしようとしたリロイに、ジャックが手を挙げて────。


「まず皆さんの実力を確かめ合いませんか。切磋琢磨しようというときに自分より弱い方とやるのって気まずいんですよね、イジメてしまいそうで」


 挑発だ。それも、他の誰でもないヴィルヘルミナへの。


「だそうですが……皆様はどうされます?」


 全員、やる気に満ちている。特にヴィルヘルミナとジャックはバチバチだ。


「……あはは。わかりました、問題があるときは僕が介入しますので、お互いに親睦を深めるためにも今から模擬戦をしてみましょうか」

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