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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第33話「執着」

 厄介な問題に巻き込まれはしたものの、フランチェスカは無事で済んだ。見た目よりもずっと怪我が軽かったことに加えて、しれっとヴィルヘルミナが治療をしたことで傷痕が残ることもない。むしろ以前よりも元気になっていた。


 帰り際には養護教諭に心配されもしたが、ぴんぴんしているのを見てあっさりと許可が下りた。そのあとは、適当な話をしながら帰った。授業の内容が退屈だったとか朝食の味はどうだったとか、その程度だ。


 いつもなら会話のひとつまともに楽しんでるふうでもないヴィルヘルミナも、笑顔で楽しそうに言葉を交わす。大人ではなく、等身大の子供として。


 新しい生き方を見つけた瞬間から、元の自分に組み込む形で道は始まった。


 しかしながら、楽しい時間は必ず終わるときがきて、終わったあとには何かと他に考えることができるものだ。寮に戻った二人を待ち受けていたのは、また新しい騒ぎだった。カエデを中心に寮生たちが集まり、押しかけて来たクルトと揉め事になっていた。今朝にあった出来事で抗議に来たのだ。


「────だから、何度も言ってるけど、ヴィルヘルミナちゃんはそんな子じゃないの。何度も言わせないで。私の後輩を侮辱してるの?」


「本当なんです! 彼女は僕の胸倉を掴んで脅したんですよ!?」


 ああ、あいつか。とヴィルヘルミナはすぐに思い出す。取るに足らない、道の半ばですれ違った程度の認識だ。的を射ない話の仕方をして、魔法の才能はあるのに性根が腐った男だと思っていた。


「あっ、君は……! カエデさん、あの人です、すごく凶暴な……!」


「いい加減にして」


 普段は根暗な雰囲気のカエデが、ピリッとさせる言い方で遮った。


「片方の話だけ聞いて、一方的に断罪なんて出来ないの」


「そんな……。あいつはすごく悪い奴なのに!」


 睨まれた挙句に指を差されて、ヴィルヘルミナも苦い気分になる。売られた喧嘩はいくらでも買うが、周囲に悪い噂を流されるのは、明確に攻撃されたわけでもないので面倒なところがあった。


「なんでお前あんなに嫌われてんの?」


「あいつが臆病者だったから」


 興味もなさげに、鬱陶しいと頭を掻く。冷静に吐かれた暴言と仕草に、クルトはなおさらに腹を立てた。ぎりっと歯を噛んで、フランチェスカの手を取った。


「こんな奴と一緒に居たら、同じ扱いを受けますよ! フランチェスカさん、あなたは勇気のある優しい人だ! あなたなら僕の事理解してくれますよね!?」


 特に、その行動をヴィルヘルミナが咎めることはない。いや、むしろ触れない方がいいとさえ判断して視線を逸らす。明らかな怒りが見えていたから。


「誰の手ぇ掴んでんだ、クソ野郎。アタシのダチに何言ってくれてやがる」


 すぐに殴らないだけ温情だ。クルトは自分が善人だと信じて疑わず、自分の思う正義にあてはまらないものは全てを悪と思い込んでいる。典型的な自己中心主義者で、それが運悪くレオとの接触を招いたに過ぎない。フランチェスカからしてみれば、今の次点で完全に同類の扱いだった。


 怖くなって手を放したクルトが、後ろに下がって信じられないと驚愕の眼差しでフランチェスカに抗議した。その発言は間違ってる、明らかに隣にいる奴の方が悪人なのに、どうして僕なんだと必死さが見えた。


「アタシはレオのやってることが気に入らねえから口を挟んだんだ。てめえのためじゃねえよ、クソメガネ。さっさと出て行け、ぶん殴るぞ」


「う、うぅ……そんな……。あなたはそんな人じゃないのに……」


 腰を抜かしたクルトが、何かを叫びながら逃げるように寮から出て行く。寮生たちの興味は失われていなかったが、フランチェスカのひと睨みは彼らに近づきがたい雰囲気を示して、道を開けさせた。


「部屋に戻ろうぜ、最悪の気分だ」


「ああ、別に構わない。私も少し疲れているから」


 気を使ったカエデが他の生徒にも部屋に戻るよう言って、二人に小さく手を振った。ヴィルヘルミナは視線だけを送り、フランチェスカは手を振り返す。


「ったく、ツイてねえ一日だったぜ。なんだったんだ、さっきの奴?」


「同じ二年だろ。顔くらいなら知ってるんじゃないのか」


「知るかよ。多分、魔法基礎学専攻だろ。二年はコース選べるからな」


 授業を受ける場は同じでも広い演舞場では戦闘術コースと基礎学コースがある。その後、魔塔で邪法使いと戦うための技術を磨くか、あるいは新たな魔法技術の研究に従事するか。いずれにしても簡単に卒業できるほど楽な道のりではない。


 ともかく、そうして顔を合わせる機会はなく、教室では独りで過ごすのが好きなフランチェスカは他人の顔など殆ど覚えていない。明らかに悪さばかりするレオのような人間ばかりが目立っているので覚えているくらいだ。


「お前はどっち選ぶの? 戦闘術コースなら一年はアタシと組めるぜ。二年と三年は基本的に合同でやるからな。四年になると筆記の方が忙しくなるけど」


「別にどちらでもいい。私が魔法に関して学ぶべきことは殆どないから」


 千年前に通った道をなぞるだけの時間。今の時代にある魔法はヴィルヘルミナにとっては、既に頭の中で何度も繰り返してきたものばかりだ。それよりも学ぶべきものを見つけるために学院に通うことを選んだのだから、魔法は興味がなかった。


「ふーん。お前ってやっぱ凄いんだな。レオをボコっちまったんだろ?」


「肉体的な傷はひとつも付けていないが。あれの精神が脆かったんだろう」


 ただ幻覚を見せただけ。屈強な精神力を持つ者は自分が死なないと知覚した瞬間に幻惑から解放される。その時間は夢を見ているときと同じで、現実では僅か一瞬のこともある。ヴィルヘルミナの秘術の中では弱い部類だ。打ち破れないのだとしたら、『死なない』と知覚したのではなく『死ねない』と錯覚した場合だ。


 子供には少々刺激が強すぎる魔法だと、ヴィルヘルミナは内心で嗤った。


「にしてもよォ。最近、クソメガネみてーな連中が多くて困るぜ」


「善人ぶった非現実に生きてるような奴が?」


「じゃなくて。あいつ、アタシに擦り寄ってたろ。きもちわりー」


「……あぁ、そんな人じゃないとかなんとか。お前が聖人にでも見えたのでは」


「マスク外してからなんだよなぁ、ああいうのが増えたの」


 部屋に戻るなりベッドに身を投げて溜息を吐くフランチェスカの横で、机に置いてあった魔導書を引き出しに片付けるヴィルヘルミナが横目に見て────。


「好意を寄せられたというわけだ。お前は傍目に見ても美しい顔をしている。マスクをしていても分かるが、外せばなおさらにな」


「げぇ~っ。外見が良いからって性格度外視で擦り寄ってきたってわけ?」


 中身を見ろとでも言いたそうに吐きそうな顔をする。ヴィルヘルミナは、それがあまりにも愉快で、くっくっ、と声を抑えて笑った。


「人間なんてそんなものだよ、フラン。私でさえそうだった」


「お前はアタシより年下だろっての」


「ああ、そうだな。ところで時間もできたが、何か食べに行くか?」


「アタシは作る気ねぇぞ。休講になったせいで注目の的だ」


「なら外食を。お父様から幾らか貰っている。せっかくだから私が驕ろう」


 気前の良さに、ベッドに寝そべっていたフランチェスカが起きあがった。


「行く。お前まじで良い奴だな、サイコー!」

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