第31話「矛先」
◇◇◇
フランチェスカが目を覚ましたのは、二時間ほどしてからのことだった。喧嘩が原因なのもあるが、ここしばらくは疲労が溜まり過ぎていたのもあって、中々起きてこなかったのだ。その間、ヴィルヘルミナは誰が何を言っても、その場を動こうとせずに起きてくるのをずっと待っていた。
「悪いなぁ。かっこ悪いとこ見せちまった」
「ほう、そうなのか」
適当に返事をして、何がかっこ悪いのだろうと首を傾げた。
「他人の喧嘩に横やり入れて負けてんだから、そりゃそうだろ」
明るい笑顔だが、裏はどろっとした敗北感に呑まれている。心の底から悔しかったのにも関わらず、ヴィルヘルミナに心配させまいと先輩風を吹かせた。
「なんにしてもアタシよりお前が怪我してなくてよかった。あのレオがすんなり引き下がったとか信じらんねえよ。何かあったのか?」
「大したことはしてない。だが二度と手を出して来ることはないさ」
レオたちは二年生の中でも、とにかく悪かった。担当の教授さえも力で捻じ伏せる問題行動でも、グランサム家は名誉ある魔法使いを幾人も輩出してきた家門だ。誰も強く言えず、好き放題に暴力で環境を支配されていた。
ヴィルヘルミナの行動は結果的に大勢を救ったとも言えるだろう。
「仲良くお話し中に失礼。嘘はいけませんよ、ヴィルヘルミナさん」
「……ウォルター。何度、お前の顔を見れば済むんだ?」
明らかに不快な顔をされてウォルターも笑顔が作れずに肩を落とす。
「あのね、私も会いたくて来てるわけじゃないんですよ。少なくとも、今は。問題を起こされた以上、生徒を受け持つ身では顔を出さざるを得ないんです」
なんのことか分かっていないヴィルヘルミナが首を傾げる。
「グランサム家に喧嘩を売ったことが分かってないんですか?」
「知ってるよ。グランサム家の令嬢には会ったこともある」
「では、なぜ……。グランサム家は魔塔でも腕のある魔法使いなんですよ」
ウォルターは手で顔を覆って首を横に振り、深いため息を吐く。
「既に連絡は届いています。名を穢す行為があったとしても廃人にするのは看過できないと。しかし、あちらにも非があるのは間違いありません」
「それで、あちら側は決闘でも要求してきたか」
ウォルターが頷くと、黙って聞いていたフランチェスカがぎょっとする。
「魔塔の魔法使いがわざわざガキの喧嘩に出張ってくるってのか!?」
「フランチェスカさん。この世界では珍しいことではありません。デヴァル家は子供にも恵まれませんでしたから、決闘で完全に叩き潰すつもりでしょう」
面倒なことになってしまったとウォルターは頭を抱えたい気分だ。ヴィルヘルミナは魔塔に手に入れたい逸材ではあるが、一方、グランサム家も長年、魔塔で名を残してきた家門だ。どちらも捨てがたかった。
「子供に恵まれてねえって、此処に居るじゃん。立派なのが」
「おやおや、これは。友人なのに、ご存知ないのですね」
ヴィルヘルミナが視線を受けても説明しようとしないので、ウォルターが代わりに話をする。大人であれば誰でも知っている話だ。
「デヴァル家に血の繋がった子供はいません。ヴィルヘルミナさんは孤児院から養子に貰われたのです。魔法の才能があったから、だとは思いますが」
「マーロンはそんな人間じゃない」
ぎろっと睨まれて、じゃあ最初から話してくれれば良かったのにとウォルターが悲しそうな顔をする。話そうとしなかったのはヴィルヘルミナだ、と。
「身分など興味もない。今回の件は私だけで片付ければ済む話だ。互いに条件を付けての決闘を望むと伝えろ。こちらの要求はただひとつ。────決闘の内容及び結果を外部に漏らさないこと。それだけでいい」
不幸中の幸いだったのは、デヴァル家への抗議がなかったこと。ヴィルヘルミナという的に絞って決闘で事故を装い、使い物にでもならなくなれば、デヴァル家が潰えるのは遠い未来ではない。そう目論んだグランサム家の行動は不要な被害をもたらさない処置として成立する。
「それは要求とは言えませんよ、ヴィルヘルミナさん。あり得ないことではありますが、あちらが負ければ恥ずかしくて口外も出来ないでしょう。もう少し現実的な要求をされてはいかがです?」
提案としては正しい。そうだそうだと同調するようにフランチェスカも頷く。だがヴィルヘルミナは、それ以外の要求を考えようとはしない。
「ルールを知らないのであれば学べば済む話だろう。しかし、ルールを守らないのは育ちの問題だ。我が子の横暴を看過してきた人間だ、こちらが譲歩する形で隙を見せなければ、それこそデヴァル家、あるいはフランチェスカに矛先が向く」
普段、滅多と表情の変わらないヴィルヘルミナが、その日は初めて笑った。ウォルターだけは、その笑みが決してまともではないと理解する。
「大丈夫、殺したりしないよ」
瞳の中に隠れた狂気にも近い底の見えない、恐ろしいほどの無感情。なんのための笑顔なのだろうか、と考えがまるで読めなかった。




