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9.サラマンダーの贈り物

「もうおよそつくり終わっとるから駄目だ」

「そっかぁ」


 さすがは仕事の早い親方だ。言い出すには遅かったらしく、再び悩みの淵へと立たされた。

 天を仰いでいると、天井の梁から何かが降ってきて顔面に張りついた。流れ星かと思ったが、柔らかく弾力のあるこの感触はサラマンダーの腹だ。どうやって高いところに登ったの、悪戯っ子め。


「好きで貢いどるんだから放っときゃいいだろ」

「貰いすぎだわ」

「竜みたいなもんだ。気に入ったやつに貢ぎたがる」

「竜ってそうなんだ」

「メスの竜の巣には貢がれたお宝がたんまりあるらしいぞ」

「へえー、見て見たいわね」

「アイツにオネダリでもしてみい」


 そんな無茶な、と言いかけて、最近のシュテルなら意気揚々と巣を探しに行くかもしれないなと口を閉じた。さすがにそこまではしないと思いたいが、でも弱い種類なら大丈夫とか普通の顔して言い出しそうだしな。


「あっ、コラ!」


 考えに耽るナタリアの腕からサラマンダーが抜け出した。親方のところに忍び寄り、何かを食べてしまったようだ。

 慌てて抱き上げると、満足げに舌を出す。


「何を食べちゃったの?」

「赤竜の鱗の欠片だな。コイツ最近なんでも食べよる。悪食になっとりゃせんか?」


 そろりと目を逸らした。

 思い当たることがある。食べたらいけないものは自分で嫌がると聞いたので、いくつか流れ星を食べさせた。普通の鉄くずよりおいしそうに尻尾を振ったりするのが可愛いのだ。


「まあ、火力は上がっとるから問題ねえか」


 親方の言葉がわかるのか、なんとなく許されたニュアンスを汲み取ったのか。赤いトカゲは甘えるようにナタリアに顔を寄せたかと思えば、胸をつつき、横腹をつつき、腰にツノを擦りつける。

「嬢ちゃんはサラマンダーに好かれとるな。あまり触らせんもんだが」


「……餌目当てじゃないかしら」


 ポケットを探ると、ルビーの原石だと思われる小石があった。

 大興奮で腕に取りつく精霊を片手で押さえる。さすがに宝石の類はと咄嗟に妨害をしたが、舌を伸ばしてどうにか我が物にしようとする姿を見ると、あげてもいいのではないかと思えてきた。


「あげてもいい?」

「嬢ちゃんさえよきゃ」


 欲しい? と聞くと、精一杯の媚を売るようにぱちぱちと瞬きを繰り返す。芸達者なものだ。

 小さな粒を近づけると、射程に入った途端、気紛れを許さぬ速度で食いついた。目を細めて味わって、名残惜しんだのか礼のつもりか、手のひらを擽るように舐める。

 満足したらしいサラマンダーは、ナタリアの体を伝ってするすると降りていった。

 炉の火の中に身を埋めて目を閉じる。寝る体制に入った精霊の静けさとは逆に、炉が目に見えて火力を上げた。


「こんなら大抵のモンは溶けそうだな。ちっと仕事してくらあ。おいオメェら、休憩終わりだ!」

「はーい! うわー、なんだこの火力」

「親方、属性付与の練習したいんすけど、在庫品使っていいすか」

「おう、やっとけやっとけ」


 どやどやと集まってきた鍛冶職人たちに会釈をして、久しぶりに作業場の縁に一人で身を寄せる。

 シュテルと会って、一人で過ごす時間を二人で使うようになったのが半月前から。たった半月だけなのに、定位置に誰もいないことに違和感を覚えるほど馴染んでしまった。

 職人たちの声が飛び交い、鎚打つ音が鳴り響く。赤く染まる工房。独特の匂いと熱気。熱されて色を変える金属と、現れては消える、小さな流星に似た火花の数々。

 半月前と同じくそれらを心から美しいと思いながらも、物足りなさに入り口を窺う自分が怖い。

 彼は近い未来、ここからいなくなってしまうのに。

 世界が精彩を欠いた気がした。強く目を閉じて思考を遮断する。それ以上、考えても仕方がないことを考えないように。


 頭が痛くなりそうなくらい眉間に皺を寄せていると、きゅあ、と足元で声がした。足に当たる感触は、サラマンダーのツノだろうか。

 目を開けるとちかちかする。何度か目を瞬いて正常に戻った視界を下ろせば、いつもより肌艶がいい、恐らく餌をあげた子であろう炎の精霊がこちらを見上げていた。つい炉の方を確認するが、この子が移動していても火力に問題はないようだ。

 しゃがみ込むと小さな顎を上げるから、手のひらを差し込んで擽った。もしかして慰めてくれているのだろうか。疑問に思いながら可愛がっていると、やがて、んぎゅうと妙な声で鳴く。

 擽るのどを硬いものが通り、ぱかりと開いた口から転がり出た。


「何だろう……?」


 それは赤く艶やかな宝石のようだった。親指の先ほどの滑らかな楕円形で、真ん中に星のような模様があり、ちょっと唾液でぬめぬめしている。

 食べさせたルビーがサラマンダーの腹の中で磨かれたのかと思ったが、それにしてはサイズが大きい。

 一体これはと精霊を見ると、彼はマイペースに炉に戻って行くところだった。これはプレゼントなのか、それとものどに詰まっていた異物を吐き出す手助けをして欲しかったのか。とにかく吐くだけ吐いて気が済んだようだ。


「親方ー! サラマンダーが何かくれたんだけど、これどうしよう!」

「貰っとけー!」

「ええ……」


 ちらとも確認せずに譲渡されてしまった。本当にいいのだろうか。

 一応忙しくなさそうな武器屋の店員に確認を取ったのだが、同じように軽く返されて終わった。


「サラマンダーって餌として食べた鉱石をたまに吐き出すんですよ。なんか色々混ざって面白いものができるって聞きました」

「それって貴重なのでは」

「大体吐いたそばからまた食われたり、火の中で吐いて溶けたりして終わるらしいから、わざわざナタリアちゃんのとこに来て吐いたならくれたんでしょう。スタールビーっぽい感じですねえ。お守りになりますよ」


 いい、らしい。それならありがたく貰っておこう。

 改めて見ると、本当に綺麗な宝石だった。じっと見ていると心が沸き立つ。なんだか走り出したくなるような。


「女神様の目の色みたい」

「そうですねえ、獰猛そうで」

「獰猛!?」

「イテッ」


 カウンターに置いていた男の手に小枝が刺さった。


「我らが女神フィーニ様、数ある神々の中でも凶暴なので有名じゃないですか。知ってます? 赤き竜が特別獰猛で強いのは、イテ、フィーニ様と同じ火属性だからって話ですよイテテテこれ貰っていいですか」

「どうぞ……」


 コツコツコツコツと降ってくる枝をすかさず素材箱へと投げ入れる様は、さすが商人だと思う。

 流れ星をひとしきり食らうと、帰り支度をするナタリアを手伝ってくれた。

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