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35 今だから

 少しだけ。

 仁はその言葉を言うのに緊張した。

 相手の返事もさることながら。それは自分にとって新しい一歩を踏み出す言葉だから。

 過去の自分に別れを告げる言葉だから。

 

 後ただただシンプルに。

 自分が大概この件に関しては不誠実な真似をしているという自覚もあるからだったが。


「はあ……まあ別に良いですけど」


 また、頼み事かと苦笑しながらシャーリーは頷いた。

 分かっていても頷いてしまうのだからチョロいな自分と、彼女自身笑わずにはいられない。

 

「その、どんな部屋が良いとか聞きたい」

「私の意見聞いても仕方ないでしょう。住むのは仁と澪ちゃんですよ?」

「あー。いや、そうじゃなくてだな」


 こんな回りくどい言い方をしているからダメなのだと仁は己を叱咤する。


「一緒に、住まないか?」


 その言葉の意味がシャーリーの脳に浸透するのに数秒かかったらしい。

 それが脳に伝わって、それでもまだその真意を測りかねている様だった。

 

「その、それはどういう意味で……?」

「随分と長い事待たせたし、正直愛想尽かされてるんじゃないかと自分でも思うんだが……」


 シャーリーは十年待つと言った。

 だがそのほとんどを仁は変わらなかった。変えられなかった。

 

 手応えの無い相手に気持ちを持続させられるのか。

 それは仁には分からない事だ。

 

「八年前にお前が伸ばしてくれた手を取りたいと、そう思ったんだ」


 仁としては結構な覚悟の。

 そしてシャーリーにとっては八年越しの思いへの答えのハズの言葉。

 

 それに対してシャーリーは。


「……30点」

「何?」

「30点です。仁に甘い言葉はそんなに期待していませんがもうちょっと情熱が欲しいです。やり直し」

「やり直しって、お前……」


 仁はあんまりと言えばあんまりな言葉に肩を落とす。

 告白したらこの解答とは、人によっては一生もののトラウマではないだろうか。

 全く以て、人の事を言える立場ではないのだが。

 

「八年前に取り付く島も無かったお返しです。散々待たせたんですから、その言葉位私が満足する物を頑張ってください」


 シャーリーの言う通り、散々待たせたのは事実。

 ならば、そのオーダーにも応えようと仁は覚悟を決めた。

 己の語彙力の限界に挑んでやると意気込む。

 

「ちなみに、東谷君の告白よりしょぼかったら一生笑いますからね」

「え、ちょっと待って何それ知らない」


 思いもよらぬところで明かされた新情報に仁はちょっと動揺する。

 先日の戦場でこれを聞かされたら――ハロルドに撃墜されていたかもしれないというレベルだ。

 ハロルドは仁の動揺を狙うのならばその話をするべきだった。

 

「いやあ、若さって良いですね。情熱的かつ一途な告白……話に聞くだけで私ドキドキしましたよ」

「発言が若くない……」

「私が満足するまで絶対に続けて貰いますから!」


 地雷を踏んだ、と思いながら仁は口を開く。

 

「好きだ」

「普通過ぎます」

「愛してる」

「もうちょっと捻って欲しいですね」

「お前が欲しい」

「ん、これは中々。でもまだまだですよ」

「俺にはお前しか――いや、これは無しで」

「ん、良く止めました。それは嘘だって分かりますよ。と言う訳ではい、ポイントは0に戻りました。最初から頑張ってください」

「これポイント制だったのかよ」


 後だしで明かされたルールに仁は顔を顰める。

 そのポイント、幾つになったらゴールで、今幾つだったのだろうか。

 

「ギブアップするって言うなら、質より量で私が満足するまで好きって言い続けて貰うでも良いですよ」

「それ、お前一日くらいやらせるだろ」

「八年分何ですからそれくらいやって貰っても良いでしょう」


 良い訳がない。

 ずっとこの部屋に居るわけにもいかない。そんな状況で一日中という事はだ。

 仕事している間ずっとシャーリーに好き好き言い続けるという事である。

 何の罰ゲームなのかそれは。

 

 流石に艦内に新しいゴシップを提供するつもりはない。

 

「初めて会った時は何だこの頭のおかしい奴はと思った」


 その言葉を、シャーリーは黙って聞く。

 

「いや、すまん。会ってからしばらくは……今でも時々そうは思うんだが」


 仁には見えないところでシャーリーの拳が固められた。

 

「ジェイクと二人でお前を講義に引っ張り出して。教官からは問題児トリオだとか散々に言われてたけど俺は」


 あの、四年間を思い出す。

 仁の人生の中で輝きを放っていた時期。

 

 それまで仁を捕らえていた暗闇から解放されて。

 その後に抱く矛盾にまだ気づいていなかったころ。

 

「楽しかったんだ。きっと、生まれて初めて」


 ずっと施設で碌でもない暮らしをしてきていた仁にとっては初めてだらけの経験だった。

 

 それを与えてくれた二人はやはり仁にとっても特別なのだ。

 

「何であの頃付き合い始めたか覚えてるか?」

「……忘れてませんよ。忘れられるわけがないです」


 何しろそれは、シャーリーにとってもある種新生した日。

 機械いじりしか興味の無かった少女が初めて外に興味を抱いた日。

 

『周りが付き合い始めたから何となく』


 二人の声が重なる。

 何ともまあ、しょうもない始まり方をした物だと二人して笑う。

 何やらカップルが増えた時期があったのだ。

 じゃあ俺達も付き合うか、とかそんな軽いノリで始まったはずだ。

 

 仁はそれが普通だと思っていた。

 そんな物かと思って深く考えていなかった。

 

 シャーリーはもっと酷い。

 付き合えば頭に電極を刺しても良いと思っていたのだ。

 

 良い訳がない。

 

「でも俺は人の愛し方を知らなかった」


 それを理解できたのはつい最近だ。

 

「そんな俺をお前が見捨てるのも当然だったと思う。お前は自信が無かったって言うけどきっとそれは違う」


 仁が、シャーリーに自信を与えられなかったのだ。

 シャーリー自身末っ子気質があった。与えられることに慣れきっていて自分から与えに行くことをしなかった。

 

 結局のところ二人ともまだ未熟だったという話だろう。

 

「でも俺は。きっとあの時から伝え方が分かっていなかっただけで。お前を愛していたと思う」


 隣でなくとも。

 何時だって近くに居た。完全に離れてしまう事は無かった。

 

 いい意味で空気の様な存在だったのだ。

 そこにあるのが当たり前だった。

 

「もう一度、隣に居てくれないか」


 刺し伸ばされた手を、シャーリーはまだ取らない。


 それは聞かなくても良いと、シャーリーの中の理性は言う。

 今の仁の言葉と思いだけで良いのだと。

 

 過去にまでさかのぼる必要は無い。

 今は居ない人と比べる必要なんてない。

 

 それでも、シャーリーは問うてしまった。

 

「じゃあ、令さんと私。どっちが大切ですか?」


 その問いかけに仁は。

 

「お前、って即答できる確信が無ければこんな話はしない」


 令の事は今でも大切だ。

 だけどそれはもう、大切な物を入れた宝箱の特等席に置かれた思いであって、今手にする類の物では無い。

 

「じゃあ、私と澪ちゃんだったら?」

「……悩ましい所だな」

「ちょっと」

「もし、二人のどちらかを犠牲にしないといけないなんて言われたら、今の俺は多分父親であることを取ると思う」


 だって仁は見て来た。

 夫であることを取った世界を。

 あの後悔しか無かった墓前を。

 

 だけど逆だとしても同じだろう。

 そんな選択はどちらを選んだとしてもきっと後悔しか無い。

 

「だからそうならない様にする。二人を天秤にかける事なんて俺はしない」


 それが仁の決意だ。

 もう、そうなった時点で仁にとっては敗北なのだ。

 

 だからそうはさせない。

 それに。

 

「俺は、一人じゃないからな」


 手を貸してくれる人たちが居る。

 それに何より。仁としては業腹だが。

 

「澪だってずっと俺が守れる訳じゃない」


 何時か。

 仁の一番の宝物を誰かに託す日がきっとくる。

 

「それでも良ければ、俺の手を取ってくれ。一緒に居てくれ」


 その言葉にシャーリーは首を横に振る。

 

「ダメですよ。ダメダメです。全然ダメです。そこで君が一番って言えない時点で女子的には0点以外ありえません」


 仁が肩を落とす。その姿を見てシャーリーは微笑む。

 

「女子的には0点どころかもうマイナス点ですけど」


 そう言いながらシャーリーは仁に抱き着く。

 柔らかく、包み込むように。

 

「私チョロいですね……そんなのでも大喜び何ですから」

「マイナスでもオッケーって言うのはちょっと安売りしすぎじゃないか」


 そう言いながら、仁も抱きしめ返す。

 昔よりも、優しく。


「セールはお得意様限定なので」


 そんな冗談を交わす。

 昔からこうだ。

 

 関係性が変わっても、距離感はほとんど変わらない。

 

「私、重いですよ」

「世間ではそうらしいな。俺にとっては丁度いい。俺も大概だ」

「そうですか。お似合い、ですかね」

「……だな」


 見つめて、仁は唇を落とす。

 シャーリーからではなく。彼から動く。

 

「部屋選び。都合良い日送りますね」

「ああ。よろしく頼む」


 ふと、冷静になるとここは娘の部屋だった事を思い出して二人は身体を離す。

 まだ勤務時間もたっぷり残っている。


「しかし命拾いしましたね仁。もしも満足いかなければ……澪ちゃんにこんなしょぼい告白があったと報告するところでした」

「お前、なんという恐ろしい罰を……」


 そう言いながらドアを開けると。

 

「あ……」


 ドアに耳を当てていた澪とエーデルワイス。それを微妙な視線で見つめている護衛達が居た。

 

「………………エーデルワイス! 艦内の案内してあげるね!」

「む? 澪様。それは今しがた――」

「良いから!」


 そう言い残しながら再びぞろぞろと移動していく。

 その背を見送って仁とシャーリーは。

 

「……恥ずかしい……!」


 一部始終を見られた羞恥に身悶えしていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 糖分過多なところ [気になる点] 糖分が多過ぎて口から溢れてくる [一言] 昼休みに思いっきりニヤニヤさせられているところを周りに見られてしまった。 訴訟。
[一言] きゃあああああああ!(*ノ▽ノ) つ・い・に! 仁とシャーリーがああああああ!(←興奮しすぎw そしてそれを娘たちに聞かれるという(笑)
[一言] 「でも俺は人の愛し方を知らなかった」 電極刺せば良いらしいよ。 エーデルワイスは中に入って変態的に暴れまくる為の身体だけの関係ですか。 そう言えば、それでもまだ足りないとか言ってたような。…
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