34 何時か
どうしてこんなことになったのか。
別に仁が目を瞑っていたわけでもないのに今一理解しきれない位にジェットコースターの様に話が進んでしまった。
セブンスとは他に話す内容もあったのだが、全裸のエーデルワイスを放置するわけにも行かなかった。
と言うかその状況で話が出来る程仁も神経が太くはない。
「……このひらひらした服は動きにくい。ここに切れ目を入れても良いか?」
「ああ! スカートにスリット入れようとしちゃダメ!」
「しかし。いざという時に動けなければ護衛の意味が……」
「ダメな物はダメ!」
場所は澪の部屋。
そこで彼女はある意味難敵と戦っていた。
「やはり、服など不要では?」
「人間社会には必須!」
「ジンよ。この全身タイツとかいうの。これが良い」
「そんな物はない」
先ほどから己の服装について澪を困らせているのはエーデルワイス――の人間体だ。
とりあえず澪から借りた服を着ているが隙あらば脱ごうとするのだ。それも人前であろうと関係なく。
まあ、テルミナスの民は皆全裸の様な物だからと言ってしまうと妙に納得してしまうのだが。
全裸の女性だけで構成された種族と聞いたら一部のマニアが大喜びしそうだと仁はくだらない事を考える。
そんな益体も無い事に意識を割くだけの余裕が今はあった。
「どうせこの身体は仮初。そんな物、見せても構わないのだが……」
「ダメなの! 裸見せるのは人間社会の倫理的に絶対ダメ! 結婚した人だけなの!」
その言葉にふと、エーデルワイスが思い出したように言う。
「そう言えば澪様。あの小僧に躯体制御を明け渡したとか。番となっていないのに破廉恥な」
「裸で居る人に破廉恥とか言われたくない……」
やはり人間の感覚の方が強い澪としては、そこに驚かれても……という気持ちなのだ。
番にしか見せない物だと言われても「はあ……」という微妙な反応しかできない。
そんな事よりも全裸で居る方がよっぽど変態である。
「そうだ。東谷君と話をしないといけないんだった」
今の言葉で思い出した。
バタバタしていて機会を逃していたが、あの時澪の本体を操って戦場に参戦したこと。
しっかりと問い詰める必要があるのだった。
そう思い、今から通信室に行こうとした仁を澪が必死で止める。
「お願い、おとーさん。ここにいて。私一人じゃ止められない」
本当に、気を抜くとすっぽんぽんになって外に出ようとするのだから。
いざという時に澪では止められない。
「……いや、俺を当てにされても困る」
エーデルワイスの言う通り、その肉体は仮初なのだろう。
澪の様に人間の生態はそれほど再現していないらしい。
というよりも、エーデルワイスのスペックでは人間の生態の完全再現は難しいらしい。
だから細かい所は色々と省略はされているのだが――それでも見た目は全裸の女性である。
しかも意外とパワフルなので止めるのも一苦労なのだ。
出来れば関わらずに逃げたい。
せめて道連れが欲しい。
しかしながらこういう時道連れに出来そうなコウ、守の兄弟やジェイクはここにいない。
仁は孤立無援であった。
「とりあえず艦内で私服持ち込んでて貸してくれる人の一覧持ってきましたよ。この中に気に入るのがあれば良いのですが」
「しゃろんたすけて!」
甘えるように、澪がシャーリーに駆け寄る。本当に困っていたのだろう。
全裸のエーデルワイスを見て、なぜか仁よりも照れながら視線を逸らす。
「ああ……腰回りのラインが躯体と同じで良い感じですね」
「……お前大丈夫か?」
テルミナスの民に涎垂らしている姿は見ていたが、それ生体ボディでも同じなのかとちょっと仁は呆れる。
サンオイルを大喜びで塗りに行きそうだ。
「……全身タイツは無いのか」
がっかりしたようにエーデルワイスは言う。
人間の身体を手に入れ、表情も分かりやすい物になったからか。
前よりも感情が分かりやすい。
「お前はその知識をどこで仕入れた?」
それはそれとしてその全身タイツへの妙な拘りはどこから来たのか。
「共鳴した時のお前の記憶の中からだが」
「仁……それは」
「おとーさん……」
「いや、待て。何でそこでそんな視線を向ける。俺が着てたわけじゃない!」
隊の余興で誰かが着ていたのを見たか、映像メディアの何かで見たのだろうとは思うのだが。
二人は仁が着ていたと思ったらしい。生暖かい物を見る様な視線を向けてくる。
「ん、これだ。これが良い」
「これですか……? うわ、殆ど水着じゃないですか」
「寒そう……」
エーデルワイスが満足げに選んだのはホットパンツにチューブトップの組み合わせ。
シャーリーの言う通り殆ど水着である。確かに動きやすいだろうが……。
「うう。せめてこれ羽織って」
澪が自分の上着を手渡す。
ぶっちゃけ露出度的には水着と大差ないので海辺でも無ければアウトだ。
上着を羽織れば何とか街中に居てもおかしくはない格好になった。
軍艦の中という事を考えるとおかしいのだが。
「よし。ではこれより私も澪様の護衛に」
「……ああ、そう言えばそう言う話だったな」
すっかりこの服飾関係のインパクトが強くて仁の記憶から消えかけていたが、元はそう言う話だった。
ハロルド艦隊を撃滅してめでたしめでたしで終わらないのが何とも世知辛い。
「では行きましょう澪様。まずは地形を把握しなくては」
「艦内マップあるよ?」
「やはり直に目で見なくては」
普段カメラアイのくせに何を言ってるんだと思ったが仁は自重した。
何しろ今のエーデルワイスの言葉選びと言うか感性は自分の影響を受けているのだ。
彼女に突っ込むという事は、そのまま自分に返ってくるという事だ。
騒々しく二人が出ていき、待機していた護衛達がそこに続いた。
見慣れぬ格好をしたエーデルワイスに対してまた騒ぎが広がっている気配が部屋越しに伝わってくる。
やっぱりあの二人だけというのは危険かと思い、仁もついて行こうとしたところでシャーリーの視線を感じる。
帰還して以来、仁もシャーリーも諸々の雑務で忙殺されていて会うのは帰還直後以来だ。
「終わりましたね、色々と」
「ああ。そうだな」
八年前から続く一連の事件はこれで終わりだ。
ハロルドの計画したライテラ計画は首謀者行方不明という事になる。
「ハロルド兄さんの事は気にしないで下さい」
と、シャーリーは溜息混じりに言う。
「どうせ、極刑は間違いないです」
「……そうだな」
事情は何であれ立派な内乱だ。
どれだけ軽く見積もっても、極刑は避けられないだろう。
人類の資源を無駄に消費させることはこの宇宙移民の時代において絶対の禁忌だ。
人はまだ、そこまでの余裕を持てていない。
「むしろ、あの人にとっては牢獄に入れられて何も出来ずにいるよりもすっぱり終わった方が楽だったのかもしれないですし」
そうは言うが、シャーリーの表情は軽くはない。
無理も無いだろう。
世間的には犯罪者でも、肉親だ。
まして普段の関係はそう悪くなかった相手。
すっぱり割り切るのも難しい。
「終わったと言ってもまだ課題は残ってるけどな。澪の事をどうするのか考えないと」
「そうですね……あれ、よく考えると澪ちゃんって女王の後継者なので……お姫様?」
「……そういう事になるな」
見た目だけなら非常に似合うのだが、その内面がどこまでもお姫様というタイプではない。
むしろお転婆の類だろう。
一か所にジッとしているタイプじゃない。
「そんな訳だから。引っ越すことになった」
「まあ普通のマンションですからね……あそこ」
「もうちょっと警備的にもしやすい所になるだろうな。マンションの1フロア借り上げるとか……まあそんな感じに」
「へえ……でも良いんですか? あの部屋って」
「ああ」
澪と暮らす前から借りていたというのはシャーリーも気付いていただろう。
その意味するところも。
だから仁は頷いた。
「もう良いんだ」
刻むべきだった相手はもう居ない。
今を刻む相手である澪とは場所は選ばない。
だからもう良いのだ。
あの部屋に拘る必要は無い。
「それで新しい家を選ぶんだが」
「またしばらくは忙しくなりそうですね」
その辺で適当に決めるわけには行かないのだから、ある意味候補は絞られるだろう。
それでも書類だけで決めるわけにも行かない。
加えて秘匿性も考えると引っ越しも結構面倒な事になる。
軍でやってもらう様な形になるだろう。
「うん。それでだ……お前も一緒に選んでくれないか?」




