33 対面
澪は緊張の面持ちで居る。
仁は娘に何か声をかけようとして、口を閉ざした。
何を言っても逆効果になる気がする。
軌道エレベーターめいた、居住区を抜けてその頂点――即ちテルミナスの女王が座す空中宮殿へと向かう。
人間には余りに広すぎるカーゴ。アサルトフレームサイズであっても十数機はまとめて運べるだろう。
宇宙へ物資を送る事を考えると、揚陸艇よりもこちらの方が効率が良さそうだとさえ仁は思う。
そんな風に、別の事を考えていないとこの先の事に仁も緊張して固まってしまいそうなのだ。
セブンスと会うのは別にこれが初めてではない。
テルミナスの王という割に、あの人――仁はテルミナスの民を人として扱う――は気さくな人格だと思う。
ただ、今回は澪が――両者にとっての娘がいる。
どんな会話になるか分からなくて今からドキドキする。
澪にとっては言うまでもなく産みの親との初めての対面だ。
緊張しない筈がない。
『ああ。よく来てくれた。猛き勇者よ。そして――』
僅かに、セブンスは言葉を詰まらせた。
人間にとっては余りに長い八年間。それはテルミナスの民にとっても一瞬で過ぎ去ると言えるほど短い時間でもない。
何か、人には理解できない音を発した。
その音に、澪は不思議そうな顔をしている。
僅かに寂し気な気配を漂わせて、セブンスは首を振った。
『いや、東郷澪よ。君にとっては初めましてかな……やっと、会えた』
先ほどまでの気配は振り払われて。嬉しさをにじませた声で澪を見つめる。
「えっと初めまして陛下……? それともセブンスさん……? えっと――」
母親と呼ぼうとしたのか。だが未だ踏ん切りがつかずに口ごもる澪へセブンスが優しく声をかけた。
『好きに呼んでくれて構わない。私は澪と呼ばせてもらうが、構わないかな?』
「は、はい! セブンスさん」
その視界に自分はもう入ってい無さそうだ、と思い、仁は苦笑する。今日は、自分はオマケみたいな物だろう。
今の澪を一人にするわけには行かない。
別にメンタル的には、そこまで心配していない。むしろ自分よりもしっかりしているとさえ思う。
問題はその存在の重要性だ。
今の澪は文字通り、テルミナスの民と人間を繋ぐ象徴の様になっている。
両種の融和を望む物にとっては喜ばしい存在だが――その逆を望む者にとっては別だ。
テルミナスの民に澪を害してまで今の流れを妨害しようとする者はいない。
問題は人間の側だ。
後先考えずに――テルミナスとの全面戦争になるなんて考えもしないで短絡的な行動に出ようとする動きがある。
暗殺。
その言葉が仁の中に残る。
故に、澪はしばらく第三船団に戻れない。
テルミナスの母星というのは関係者以外を完全にシャットアウトする場として有効なのだ。
共闘した関係もあって大半はテルミナスの民に好意的だ。
ただハロルド艦隊という共通の敵を失った事で感情の行き所を失っている者が多いのも事実。
衝動的な行動を取らせない様に基本的に護衛が張り付いている。
その護衛が裏切らないかが心配だが――彼らは皆、澪が訓練校に通っていた時代の出身だ。
人としてご飯を食べている澪の印象が強いらしく、暇なときは雑談している姿が見られて仁も安心している。
今も、セブンスと何事か話している。
今日は何を食べただとか。
この前シャーリーにしてもらったヘアアレンジが可愛かっただとか。
セブンスは船団に来られないのかとか。
そんな有り触れた親子の会話。
何も変わらないのだと仁は思う。
精神構造自体は人からそう離れた物ではない。
権力構造は強い物が全てという物だが、それとて人類が嘗て歩んできたような物だ。
確かに彼女たちは鉄の身体を持ち、宇宙空間でさえ単独で活動できる。
だがそれが何だというのか。
今の人間だって同じだ。
各船団で進んでいる肉体の置換。
サイボーグ、ナノマシン、電脳化。
自分たちの果ても、テルミナスの民と同じ血の通わぬ身体なのではないだろうかと仁も考えてしまう。
そうなったとしても人は人だと仁は思う。
ならば逆説的に。
同じ心を持っていさえいれば肉体が何であろうとそこに違いはないので無いかと仁は思うのだ。
結局容れ物の違いでしかないのだと断言できる。
『ああ。すまない。君をほったらかしにしてしまったな』
ずっと黙って二人の会話を眺めていた仁に今気づいたのか。
少々照れた様な声音でセブンスが言う。
澪もちょっとだけバツが悪そうな顔をしている。
育ての親を放置して産みの親との会話に熱中していた形になっていた。
「気にしなくていい。話したい事は山ほどあるだろ」
と、余裕を見せてはいるが内心ドキドキ物である。
こっちのうちの子になる! とか言われたらどうしようと心配している。そんな事は無いとは思うのだが。
『ふむ……とは言え君も気になっている事はあるのだろう?』
「そうだな……エーデルワイスの事だ。アイツ大丈夫なのか?」
テルミナスの母星に帰還してから姿を見ていない。
他の者に聞いても知らないという答えが返ってくるだけでいよいよ知っていそうなのはセブンスだけとなったのだ。
『ああ。あの子なら平気だ。数日前まで私の元で身体の修復をしていた』
「修復? そうか。そうだよな」
言われてみれば仁も納得である。
あの時のエーデルワイスは、大破――即ち瀕死の状態を無理やり動かしていたような状態だったのだ。
その損傷を回復するというのは当然だ。
セブンスが言うところによると、テルミナスの民は皆自己修復を備えている。
だが大きな損傷はクイーンのマザーファクトリーを使用するのが手っ取り早いのだという。
『あの戦いで何か思うところがあったのだろう。熱心に己の改造をしていたよ』
「へえ……」
改造とか出来るんだという驚き半分。
どうせなら遠距離武装でも着ければいいのにと言う感想が半分。
どちらにしても仁にはあまり関係がない話だと思った。
彼女に乗っていた瞬間は、これ以上ない程に楽しい時間だった。
操縦していてあれだけストレスを感じなかったのは初めての経験だ。
と、シャーリーに言ったら脇腹を殴られた。未だに何故かはわからない。
シャーリーの何とも言えない感情はさておき、エーデルワイスのスペックは間違いなく宇宙全体でもトップクラスだ。
そんな躯体を仁が操縦しなければ対処できない様な相手というのは早々現れる物じゃない。
それに、操縦技術は兎も角今の慣性制御では仁の肉体の方が持たない。
ナノマシンによる強化だって繰り返せば間違いなく身体には毒だ。
普段ならば別々に行動していた方が効率が良いのは間違いないし、仁がエーデルワイスに乗る事はもう無いだろう。
だから今も仁はシャーリーが再び徹底的にチューンしたレイヴンに乗っている。
グリフォンも良い機体だったがナノマシンが必要なのではやはり乗れない。
何時か、慣性制御が今よりも進歩してサイボーグ以外でもそのGに耐えられるようになれば乗る日が来るかもしれない。
「まあ元気にしているならいい」
『すぐそこにいる。会っていくと良い』
「いや、別に……」
『ここまで来て、会わずに帰ったと聞いたらあの子はきっと拗ねるな』
拗ねるだろうかと仁は首を傾げながらもセブンスが示した部屋の扉へ向かう。
どうせ、澪とセブンスの会話はまだ続くだろう。
その間に挨拶だけでもしておこうとした。
扉を開ける。
何故、自動でもない引き戸なのかと言う疑問。
扉を潜った先にはセブンスの言葉通り、エーデルワイスが俯いたまま直立している。
レイヴンを歩かせて、そこへ歩み寄ろうとすると。
「踏むつもりか。気を付けろ」
「え? ああ。すまない……?」
足元に立っていた人物――若い女性に叱られた。
全く気にせず歩を進めようとしていたので、あのままだとレイヴンに蹴り飛ばされていただろう。
危うく大惨事であるが、一概に仁を悪いとは言えない。
この時間帯、セブンスと謁見する人類は仁と澪だけだ。
故に人が居るなどと言うのは考慮していなかった。
正当な苦情を述べて来た相手を仁は見つめる。見覚えのない顔である。
銀色の髪なんて珍しい物、見たら早々忘れそうにない。
表情の薄い、無感情な瞳を向けてくる女性だった。
今テルミナスの母星に居るのは皆軍人。階級章を見ようと、視線を更に下に落として。
そしてすぐに目を逸らした。
軍服どころか何も着ていない。辛うじて伸ばした髪が身体を隠している程度だ。
「……どちら様で?」
「共に戦場を駆けたと言うのに。もう忘れたか」
マジで誰だろうと仁は頭をフル回転させる。
戦場を共にしたという事は軍人の筈だが、こんな派手な髪をした痴女は知らない。
その単語で一番近いのはシャーリーだがそれは単なる箇条書きによる錯覚だろう。
ふと、こんな喋り方をどこかで聞いたと思い出し。
未だに何の反応も返さないエーデルワイスを見て。
「お前、まさかエーデルワイスか?」
「何だ。気付いていなかったのか」
人類そっくりになったエーデルワイスは呆れた様に肩を竦めた。




