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23 共に鳴り響く6

 エーテルコーティングを最大にして仁は何とか耐える。

 それは向こうも同じらしい。アンタレス・プライムも辛うじて耐えている。

 

 背後を振り返れば澪も。

 そして膨大なエーテル出力に任せて、ライテラも。


「自爆攻撃、かよ……!」


 なるほど確かに。

 ロンギヌス級機動戦艦を動かすのに一人や二人では到底不可能だろう。

 だが決められたポイントの砲撃するだけならば――そしてその為のシステムが存在するのならば。

 

 ハロルド一人でも砲撃するのは不可能ではないかもしれなかった。

 

 だからと言って、それを本当にやるかは別の話。

 

「……そうか!」


 気付いてしまった。

 相手の思惑に。余りに狂気的な発想に。

 

「……例え、ここで相打ちになってもライテラは壊れない」


 恐らくは。スタルトのリアクターと一体化しているライテラはこの中で一番堅牢だ。

 アンタレス・プライム、澪、エーデルワイスが撃墜されても残るだろう。

 

 そしてライテラが動いてさえいれば、過去への情報送信は完了できる。

 ハロルドが過去の自分に送った情報は届く。

 

 ここでハロルドが死んだとしても、数時間前の情報は届くのだ。

 己の死さえ厭わない――次の自分が上手くやるだろうという割り切り。

 ハロルドはそれを狙っているのだと気付いて仁は戦慄した。

 

 思いついても普通はやらない。

 これ見よがしな大技。それは仁を確実に足止めするための物だったのだと気付かされる。

 

『……不味いぞ。我らは兎も角、澪様が抱えているあの機体は』

「くそっ……」


 守の乗るレオパードはただのアサルトフレームだ。

 リアクター出力も並。

 澪の髪の守りが失われた瞬間、一瞬で蒸発する。

 

 そしてその瞬間はそう遠くはない。

 澪の本体は自前のコーティングである程度凌げるだろうが、守までは無理だ。

 

 決断する。

 彼がここにいる理由。

 その覚悟を聞いた訳ではないが、見捨てる事なんて出来ない。

 

 選択する。

 小さく心の中で仁はシャーリーに謝る。本当は他にもたくさん謝るべきことは有るのだが――また一つ増えてしまった。

 

「エーデルワイス!」


 仁の呼び声に、彼女は応えた。

 最後の力を絞り込む。

 瞬間的に上昇したリアクター出力。テルミナスの民にしかできない、己の身体を痛めつける技法。

 ほんの僅かな力の出し方のコツ。

 

 その力をハーモニックレイザーに注ぎ込む。

 更なるエーテルを与えられて、己の強度を上げた刃は更に振動を高める。

 

 そして遂にエーデルワイスのハーモニックレイザーが相手の力場を完全に食い破った。

 空間振動がランスを巻き込んで粉々にしていく。辛うじて二基だけがその影響から逃れた。

 だが、アンタレス・プライム本体は余波だけでも機体に大きなダメージを与えられた。

 

 このまま止めを刺す。

 仁がそう決意して、一歩前に出る。

 

 その瞬間。

 

 孔が。

 空いた。

 

 正体不明の現象に仁もハロルドも飛びのいて距離を取る。

 エーテルハイメガカノンによる砲撃の全てがその孔に、極小の何かへと流れ込んでいく。

 

 ハロルドの次なる手かと警戒する仁。

 だが。

 

「何だ、これは……?」


 困惑したようなハロルドの声。

 彼にとってもこの状況は想定外。或いはこれが待ち望んでいた存在との邂逅なのか。

 いや、違うと直感した。あの時とは比べ物にならない程これは――。

 

『待て』


 エーデルワイスが制止した。

 

『何か変だよ……』


 澪も、背後で違和感を口にする。


「二人とも何を――」


 言った瞬間、仁も異変に気付いた。

 音が聞こえる。

 いや、これは実際の音じゃない。

 

 エーテルの波動。

 リアクターの運転が放つそれが鼓動の様に脈打つ。

 

 『トリシューラ』の砲撃で剥離したライテラの装甲。

 その奥に蔵されたスタルトのエーテルリアクターが顔を覗かせる。

 

「何だ、あれは」


 その奥に何か居る。

 エーテルリアクターの内部。エーテルに満たされているだけのハズの場所。

 

 そこに別の存在が確かにある。

 今鼓動の様に脈打っているエーテルの波を生み出している何かがある。

 

 仁の背筋に震えが走る。あの感覚には覚えがある。

 つい先ほどまで浴びていた排斥の意思。

 いやそれよりももっとだ。この宇宙全てを滅ぼすという強い意志を、エーテルの波動に乗せられて届いてきた。

 

『こいつだ……』


 澪が気付いた。

 切ったはずのスタルトのエーテルリアクターとの繋がり。

 それを強引につなぎとめて、今に至るまで搾り取り続けていたのはこの何かだ。

 

『これは、まさか』


 エーデルワイスのその言葉に仁は引き戻された。

 

『知ってるの? エーデルワイス』

『分からぬ。陛下ならばより詳しい事が言えるのだろうが――』


 そう前置きしたうえで彼女は――仁が初めて聞いた震えるような音声で答える。

 

『何れ来る終焉。我らがそう呼んでいる物だ』


 瞬間、スタルトのエーテルリアクターが裂けた。

 

 膨大なエーテルを触媒としてそこに小さな孔が空く。

 それは、ここからまだ数千万キロ離れた母星の歪みと共鳴して更に大きくなる。

 直径五十メートル近くにまで拡大した孔。

 三次元である筈の空間に、突如として表れた二次元とも四次元ともとれる理解できない物。

 

 スタルトのエーテルリアクターと、『トリシューラ』の砲撃による膨大なエーテル。

 エーデルワイスのハーモニックレイザーとアンタレス・プライムのランスが激突したことで生まれた空間の歪み。

 

 その二つが合わさった事で、ここに亜空間への扉が開く。

 その孔はまるでブラックホールの様に周囲の物を吸い込もうとしていく。

 

「気を付けろ……!」


 その吸引力は大した事は無い。

 本物のブラックホールとは比べ物にならない引力だが――それでも無視はできない。

 何よりこの悍ましい気配を感じさせる中に入ったらどうなるのか。

 

 その先が想像できないが故に恐ろしい。

 

 最初に脱落したのはアンタレス・プライムだった。

 エーデルワイスから与えられた損傷によってスラスターも幾つか機能停止していたこの機体は引力に抗うだけの推力を用意できなかった。

 

「おの、れ!」


 成すすべなく飲まれていく機体を仁は見送る。

 彼自身、余裕がある訳ではない。出来るならば生かして捕らえたいというレベルで、己の命を張ってまで助けたいと思う相手ではなかった。

 あまり呆気ない終わりを迎えたこの内乱の首謀者の最期。

 それを複雑な気持ちで仁は見ていた。

 

『……規模が縮小しているな』


 一時的な物だったのか。

 その孔は徐々にだが小さくなりそれに比して吸引力も弱まっている。まだ油断は出来ないが――。

 

『あっ!』


 吸い込まれていく破片の一つが澪に激突した。

 それで損傷を負う事は無いし、孔に吸い込まれることも無かった。澪は。

 

 だがその衝撃で彼女は取りこぼした。

 唯一この場で機体を動かす事の出来ない守のレオパード。

 それが孔へ吸い込まれていく。

 

『とーや君!』


 その後を澪の髪が追う。レオパードを絡め取ったが、その勢いまでは殺せない。

 絡み合ったまま、澪も孔へと落ちていく。

 

「澪!」


 その落下しかけた澪の躯体をギリギリでエーデルワイスがキャッチした。

 引力との綱引きが始まる。

 二機分の推力を以てしても孔へとじりじりと近付いている。

 

 二十メートルほどで孔は安定したらしい。

 強烈な吸引力が仁達を引き摺りこもうと手招きし、そして――。

 

 唐突にその力が消えた。

 

 一瞬で凪を迎えた様な静寂。

 

「止まった……?」


 逆噴射の勢いのまま壁に激突しつつも、安堵の入り混じった声を仁が出した瞬間。

 

『……来るぞ』


 微かに震えたエーデルワイスの声。

 何がという問いは口にするまでもない。

 

 その答えが、手を突きだした。平面から生えた様にさえ見える機械仕掛けの腕。

 まるで卵から何かが孵るかの様。

 

 だがそこから這い出るのは生命とは対極の何か。

 

 それは人の形をしていた。

 純白の装甲を持っていた。

 醜く捻じ曲がったような穂先が歪んでいる槍を持っていた。

 身の丈を超える様な長大な砲を持っていた。

 

 見ただけで終わりを予感させる何かを抱いた存在だった。

 

 ハロルドが目撃した何か。

 あの存在と呼んでいた何かが空いた孔を通ってこちら側へ現出しつつあった。

 

 動く屍めいた、気味の悪い動き。

 或いはASID以上に無機質な、赤いカメラアイがエーデルワイスを、澪を睨んでいる。

 

『……怖い』


 澪がそう呟いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさかのあれとあれが!
[一言] ASID絶対殺すマン!?
[一言] 槍と大砲ってあの2つだよな、やっぱり…… けど、こいつが生まれた原因は?終焉、なんて名前だけど……
感想一覧
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