15 星を射落とす4
自在に角度を取ってくる大型のエーテルカノン。
直撃すればアサルトフレームは勿論、エーデルワイスとて無事では済まない。
無論――当たれば、の話だが。
「そんな攻撃、当たるかよ!」
その射線上に仁が身を躍らせる。
装甲の表面を舐める様なギリギリの所で砲撃を躱しながら距離を詰めてくる。
更に反対方向。
エーデルワイスが尾を根元から断ち切ろうと長剣を構えての突撃。
『随分と死角が多いな。少し見通しを良くしてやろう』
その二方向からの突貫にハロルドは対応しきれない。
尾を断ち切られた。主砲であるエーテルカノンが脱落する。
胴体に刃を突き立てられる。
ランスのプラットフォームが破壊され、回収と補給が出来なくなる。
ハロルドにとっての誤算はもう一つ。
『まさかお前たちがここまで息を合わせられるとはな!』
ハロルドは知らない。
三度殺し合った。
そして何度も話し合った。
澪の事。
戦いの事。
主な話題はその二つだったが、それでも戦いにおける芯を互いに知る事は出来たのだ。
それ故の連携にハロルドは翻弄され続ける。
「――貰った!」
エーデルワイスに気を取られた一瞬。
渾身の一撃だった。
最後のエーテルダガーを使い潰した一刀。
限界を越えたエーテルによって生み出された極太の刀身はアンタレスの遺されたハサミも切り落とした。
『御子を返して貰うぞ』
姿勢を崩したアンタレスを踏み台にして、エーデルワイスが澪の手を取る。
己の役目を取られて少し憮然とする仁。
『あ、ありがとう……えっと』
先ほどから仁が呼んでいた名前を思い出そうとした澪の機先を制するようにエーデルワイスが口を開いた。
どこか嬉しげに。誇らしげに己に与えられた名を告げる。
『エーデルワイスと。そう名を頂きました。澪様』
『様……? えと、うん。助けてくれてありがとうエーデルワイス』
聞きなれぬ呼び名に少しばかり当惑の気配を返しながらも、澪は素直に礼を言った。
そこへ仁も気遣わし気に尋ねる。
「澪……大丈夫か? ケガは無いか?」
『うん……私は平気』
少しぎこちない会話。
まだお互いの距離感を取り戻すには時間がかかるかもしれない。
それに今はまだ再会を祝す余裕も無い。
特に澪は守の事が気がかりで、意識がそちらに向いている。
合流した三人。
それと散々にやられた己の乗機の惨状を見て嘆く様にハロルドは言う。
『これはこれは……それなりに自信作だったのだがね。このアンタレスは』
実際、技術としては中々に面白いものだったと言える。
だが仁とエーデルワイスを相手取ってはそれも厳しい。
相手が悪かったという言葉で片付けてしまうのは少々乱暴か。
「投降しろ! ハロルド・バイロン」
これだけの騒ぎを起こした相手だ。
現場で撃ってはいおしまい……と言う訳には行かない。
言い方は悪いが――しっかりと裁きを与えて見せしめにしなければ行けない。
当人たちの思惑と裏の事情はさておき、これは反逆だ。
次を抑止するためには必要な事だった。
『謹んでお断りさせて頂こう』
交渉決裂と見たエーデルワイスがその矜持を称える様に呟く。
『死の果てまで戦うか。それも良かろう』
「良い訳ないだろ……こいつにはきっちりと計画の全てを喋らせないと」
死に逃げ何てさせてはいけない。
何より、下手に殺してしまうと何か他に時限爆弾の様に仕掛けられている物があったら困るのだ。
この計画の主軸となる理論。
それを把握しているのもハロルドであることを考えるとやはり彼の確保は必須だ。
『それも辞退させて頂こうかな』
小さな笑みの気配を零して、それをすぐさま引っ込める。
『――やはりこの武装プラットフォームは、エース相手には今一だな』
負け惜しみの様な言葉。
既に相手の戦闘能力は失われた。コックピットを探し当てて中から引き摺りだそう。
そう思った仁の目の前でアンタレスに変化がある。
分解するよりも先に、背面装甲が開く。
まるで脱皮の様な光景だったが中から出てくるのは新たなサソリではなく――人型の物。
全長二十メートル近いその姿は仁にとっても良く見慣れた物。
「分離、した……?」
アサルトフレームなのだろう。そのリアクター反応は先ほどまで検知していた物と全く同じ。
そこで仁は気付いた。
メルセクイーンは4000ラミィ。
対して目の前のアンタレスは2000ラミィ。
その出力差が何故生じているのか。
答えは目の前にある。
アサルトフレームにも搭載可能な程小型化した結果の出力低下。それが原因だ。
『改めて紹介しよう。現時点で私の最高傑作。アンタレス・プライムだ』
先ほどまでのアンタレスは、武装プラットフォーム。
一人のエースに多数の武装を使わせるための物だ。
仁もその戦術論には聞いた覚えがあった。
エース一人に対軍兵装を持たせることで、より戦果を挙げさせるという机上の空論だったはずだ。
ハロルドはそれを実現したのだろう。
そしてそれには無論、対個へのモードへとスムーズな切り替わりが求められていた筈だ。
それがこの姿。
アンタレス・プライムとハロルドが呼んだ、暗い緑色の機体だ。
睨む仁の前で、突如その姿が消えた。
「――速い!」
出力は2000ラミィで変わらない。
だがその体積は大きく変わった。
エーデルワイスの1000ラミィという出力でさえ、このサイズの戦力としては破格の速度を出せる。
そしてそれとてまだ出力では倍近い差があるし――何よりエーテルの圧縮技術に雲泥の差があった。
『さて。どうかな。そちらが遅いのかもしれないぞ?』
仁の言葉にふざけた様に返すハロルドにエーデルワイスも切りかかるが、その速度であっさり背後を取られる。
振り向こうとしたところで腹部へと強かな蹴り。
その衝撃に耐えながら呻く。
『痴れ事を……!』
翻弄される二人を見て、澪が悲鳴の様な声を挙げた。
『エーデルワイス! 二人とも!』
その彼女を落ち着かせるように、エーデルワイスがその背を澪に見せる。
『下がってください。御子』
そこに並びながら仁も背後へと語りかけた。
「ここは俺達が引き付ける」
するっと口から出たが、他に手は無いように思えた。
自分とエーデルワイスで、ハロルドを足止めする。
そうすれば――澪はフリーで動けるのだ。
まだ己の力を持て余しているが、間違いなく能力だけならば仁もエーデルワイスも抑えて最大だ。
「やれるか?」
ライテラを、一人で壊せるかという問いかけ。
澪はその言葉に含まれたものを十全に理解して頷いた。
『うん。任せて』
自分のしでかした不始末だ。
その後始末を全て他人任せにするわけには行かない。
しっかりと頷いて。澪はライテラを破壊すべく、ロンバルディア級の内部へと向かう。
それを追おうとするアンタレス・プライムを仁のグリフォンとエーデルワイスが足止めする。
澪の姿が消えてから仁が尋ねた。
「で、実際の所どう思う?」
客観的な意見が欲しかった。
少なくとも仁の見立てでは――エーデルワイスよりも今のハロルドとアンタレス・プライムの方が手強い。
『……技量は貴様の方が上だ。だが、能力差は如何ともしがたいな』
はっきりと言えば、あのスペックは異常だ。
あれだけの戦力はきっと過去にもいなかっただろうとさえ仁は思った。
実際の所は、どうなのか分からないが。
兎に角早いのだ。
そして武装自体は極々平凡なアサルトフレームと同じレイアウトだが出力が桁違いだ。
更にはランスも少数だが引き継いでいる様だった。
速度を増した多角的な攻撃を辛うじて躱しながら仁はぼやく。
「だよなあ」
やはりエーデルワイスから見た見立ても同じかと大した落胆も無く頷く。
気にしない。敵の方が強大なんて言うのは仁にとってよくある事だ。
ただ、人間相手というのは初めてなので少しばかりの緊張がある。
己より上の相手に挑戦するこの感覚。何時ぶりだろうか。
装甲をエーテルの輝きが掠めていく。
避け切れない。
『一人では勝てぬだろうな』
少し含みを持たせた言い方に仁は軽く笑みを込めながら尋ね返す。
「二人なら?」
『さて……分からぬ。十分に可能性はあると思うが』
それで十分だと仁は思う。
僅かであっても可能性があるのならばそれを手繰り寄せて見せると。
真っ向からエーテルライフルの射撃を弾かれて尚、笑って見せた。




