07 宇宙を変える力4
「八年前の事覚えてる……?」
「八年前のどれだよ……イベント山盛りで分かんねえ」
言われてみれば確かに。
結構な時間を共有してきたのだ。
その分思い出も多い。
「惑星メルセで、とーや君が死にかけた時の事」
「ああ。あったな」
軽い。それに物申したいがグッとこらえる。
これから澪は謝らないといけないのだから。
「あの時、とーや君を助けるために、私はASIDとしての力を使った……と思う」
「だろうな。俺もつい最近気づいたんだけど、多分東郷が助けてくれたんだろうなって。ありがとうな」
「どういたしまして……じゃなくて。その時私は多分とーや君の中にそのナノマシンを残留させた」
「やっぱり」
何で気付いたんだというのは置いておこう。
澪は割と必死で言い聞かせる。
どうして真面目な話をしているハズなのにこんな突っ込みどころが多いんだろうと思って気付いた。
深刻な顔をしているのは澪だけだ。
今対面にいる守は何時か教室で見た様な穏やかな顔をしている。
澪が――だった表情。
「っ」
一瞬湧き上がった自分の感情を振り払うように唇を噛む。
血の味。
そんなところは再現しているのに――。
「私はASIDのクイーン。だけど自分の周りに己の配下がいない。そう思った私は本能で、とーや君を己の眷属にした」
「……なあ東郷知ってるか。それ中二病って言うんだぜ」
「茶化さないで! 眷属が不満なら群れでも何でもいいよ! 兎に角! 私の部下にしたの!」
ちょっとだけ自分でも言葉選びが中二病っぽいなと思っていた。
図星を突かれた形となった澪は荒げた声をどうにか落ち着かせる。
「とーや君が私を好きだっていうのはそのせい。それは配下が親分に向ける忠誠心。裏切れない様に、私が向けさせた偽りの感情」
だから、と澪は続ける。
「とーや君が私を好きだっていうのは、私が変な事をしたせい。それはとーや君の本心じゃない。とーや君は、私の事なんか好きじゃない」
血を吐くような思いで告げた澪の言葉。
飛び上がりそうになる程嬉しかった告白を自分から無かった事にする自傷に近い行動を守は。
「や、多分それ関係ないわ」
非常に軽いノリで否定した。
「だって俺、その前から東郷の事好きだったし」
「…………え?」
「いや自分より足の速い女子とか好きになるだろ普通」
「そう、なの?」
流石に男子の好みまでは澪も分からない。
なんか違う様な気がするが断言されてはそういう物かと思ってしまう。
「で、でも! その後ずっと好きになるって変だし!」
「お前それ兄貴の前で絶対言うなよ? 片思い十年位拗らせてたんだから」
今の守の発言もコウに聞かれたら大分怒らせそうな物ではあったが。
「まあ仮に、だ。東郷の言う通りだったとしても何の問題があんだよ」
あっさりと。己の心が誰かに操られているのかもしれないと言われても守は問題ないと言い切る。
「だって俺を真っ先に配下にしたっていう事は、その時東郷が一番俺を信頼してたって事だろ。そう言われて嬉しくない筈がないって言うか」
照れ臭そうに鼻の下を擦る守からは本当にそれ以上の感情が見えない。
呆然とする澪に更に追撃。
「それに、群れって事は要は家族って事だろ。その最初の一人に選ばれた。好きな子からそう言われてそれ以上の喜び何て無い」
澪の言葉が合っているか間違っているかは守にとってはどうでも良いのだ。
言ってしまえば澪の言葉は。
「ぶっちゃけ男子何て単純なもんだぜ? 可愛いとかそう言うので好きになる事も多いけど……」
中等学校時代、澪はその容姿から男子の中でも人気が高かった。
しかし――。
「相手が自分に好意を抱いてるんじゃ? って思ったらあっさりそっちに乗り換えるぐらいちょろい」
他に優しくしてくれる女子が居たらそっちにあっさり乗り換える程度には男子はチョロい。
「お前の言う感情を仕向けたって事はその延長だろ。自分の方を向いてくださいって四六時中言われてただけって考えると大したことないって言うか……」
唖然。
ここ数か月で感じなかったほど澪は驚いていた。
自分が深刻に考えていた事を、守は一太刀で切り捨てていく。
閉ざされた扉に、何度も何度も反対側から切りつけて扉を切り崩そうとしている。
「大体そんな関係今更だろ」
そう言って守は澪の肩を小突く。
「結局俺はお前に勝てなかったから東郷は俺の親分のままだ。そこにちょっと物理的な縁が出来ただけって事だろ」
どこまでも。守は何時も通りだった。
ああいや、何時も通りではない。
好きだと言われてしまった。
勘違いだって言っても認めてくれない。
どころか、そんな物は杞憂だとばかりに守は笑い飛ばす。
何で自分がここまで躍起になって否定しているのか分からなくなりながらも、澪はじゃあと声を荒げる。
「とーや君は、私がASIDだっていう事、本当の意味で理解してない! 人間じゃないんだよ!」
「それはさっきも聞いたって」
「そうじゃない。この身体は偽物。ただ、人間の真似事をしているだけで細かい所は違う」
自分で自分の心に刃を突き立てる。
「私はこのまま真空に放り出されたって平気。だって人間じゃないから。大怪我をしたって死なない。そんな化け物なんだよ」
「お前の親父もそんな感じだよな」
「だから茶化さないでって!」
「茶化してねえよ。そんなもん、そんな状況にならなければ何の関係も無いだろ。サイボーグだって真空中で活動できるし、ナノマシン治療なら脳さえ無事なら再生できる。十分人間の範疇だろ」
奥歯を噛み締める。
自分の苦悩を軽く扱われた怒りか。
或いは儘ならない現状への怒りか。
「私は人間じゃない」
「お前は、まだ」
「この姿は偽装。その偽装に必要ない機能は実装されてない」
食事や呼吸は必要だ。それをしない人間は明らかに不自然だから。
睡眠も必要だ。寝ない人間なんて存在しない。
「だから、私は――赤ちゃんを産めない」
澪を一番絶望させたのはそこだ。
知り合いたちの姿を見て、何時か自分の家族を持つことに憧れていた。
それが叶わないと気付いた時の虚無感。
露悪的な気分になりながら澪は問いかける。
「ねえ、それでもとーや君は私を好きだって言ってくれる? 私の為に自分の未来を捧げてくれる?」
涙が流れる。
一度涙を流してから、機能追加された涙腺は働き者だ。
隠したい感情も、表に出してしまう。
「幸せを諦めてくれる?」
流石に守も険しい顔をしている。
その顔を見て胸を締め付ける様な痛みと僅かな――その痛みと引き換えにした物としては本当にちっぽけな満足感を得る。
「……お前、それが本当に幸せを諦める事だって思ってるのかよ」
無言で澪が頷くと、更に眉根を顰めて守はその拳を澪の脳天に落とした。
痛――くはない。だがその衝撃は足の先にまで響き渡った。
見れば、拳を落とした守の方が痛そうな顔をしている。
「お前がその事をどれだけ悩んだのかは想像しか出来ないけどよ」
悲しそうな顔をしている。
「俺みたいな奴が能天気に言ったって、お前の諸々の悩みを軽くは出来ないのかもしれなけどよ」
そんな事は無い。
少なからず、澪の前にあった扉には罅が入った。
「子供を産めない事が幸せを諦める事だ、何てお前が言うなよ。お前の親父さんは絶対不幸なんかじゃなかっただろ」
「っ……でも、私は――」
「だから俺だって絶対に不幸にならねえよ! 二人ぼっちだって俺は構わないね! どうしても子供が欲しいって言うなら東郷の親父さんを見習って別の誰かも一緒に幸福にしてやるだけだ!」
仁には出来ない事。
澪の前に立って今を守る事は出来ても、仁に澪の未来を切り開く事は出来ない。
その先を切り開く事は前に立つ者じゃなく、隣に在る人の役目だから。
掴んだ手を離す。
もう澪は逃げ出そうとしない。
「もう一回言うぞ東郷。俺はお前が好きだ。お前はどうなんだよ。お前はどうしたいんだよ。すべきじゃなくてしたい事を言えよ」
再度の問いかけ。手を差し出す。
もう守はここに来た時から覚悟を決めている。
澪に未来を見せてやると決めてここに来た。
澪が、守に確認したい事は後一つしかない。
「……私、多分長生きするよ」
「知ってる。兄貴から聞いた……多分500歳くらいまでは生きるって」
「とーや君の方が先にお爺さんになる」
「それについては悪いと思ってる。ずっと隣は歩けない」
そればかりはどうしようもない。
今の人類の技術を結集すれば、150歳くらいまでは延命できるのかもしれない。
だけどそれは延命だ。健康寿命とは程遠い。
だから長く見積もっても後80年位したら澪は隣に立つ人を喪う。
「お前には悲しい思いさせるけど……俺は、お前と一緒に居たい」




