06 宇宙を変える力3
澪が結婚という言葉を意識したのは何時の事だったか。
それは多分、ジェイクがヘレンと結婚した時。
今から数えると六年近く前、10歳頃の事になるのだろう。
その時初めて、澪は好き合っている二人は何時か結婚する物なのだと知った。
ならば自分も? とはならずにまず真っ先に思ったのは。
「何故おとーさんとシャーリーは結婚しないのだろう」
という素朴な疑問。
その翌年にはコウとメイが結婚した。
仁が教官をしていた頃にはほぼ毎日の様に訓練校に通って、一緒に夕食を食べていた澪にとっては頼りになる兄姉だ。
その二人が結婚するのは素直に喜ばしい事で澪は手が真っ赤になるほど拍手した。
同時に深まる疑問。
「何故?」
年齢的には、コウもメイも仁やシャーリーより年下である。
その二人が結婚したのに何故自分の大好きな――そしてお互いに好きであろう二人は結婚しないのか。
更にそこから少しして12歳。
性教育という物を受けて己への疑念。
自分はどこの誰から生まれたのだろうか。
好き合っている二人とは関係ない自分という異物が、大好きなおとーさんとシャーリーの邪魔をしているのではないか。
そう考えるようになった。
だったらせめて邪魔はしたくない。
むしろ澪としては二人が一緒に――深い意味はなく本当に言葉通りの意味で――いてくれたらそれだけで嬉しい。
産みの母親も知らず、育ての親は仁だけという澪にとって、シャーリーという存在は正しく母親の様な物だったのだから。
その日から澪は今まで口にしなかったことを口にするようにした。
当人にとってはさり気無い――だけど直球過ぎるアピール。
シャーリーと結婚してもいんんだよという有形無形のメッセージだ。
まあそれについては残念ながら3年経った今でも効果が見られない。
仁が一人で住むには広すぎる家を持っていた理由。
それが過去に結婚するつもりで自分の存在が妨げとなったのではないかと思ってからは更に積極的に。
結局それは澪の勘違いだと分かったのだが。
更に二年後。十四歳の時。
少しばかり男親である仁には相談しがたい違和を感じた澪は真っ先にシャーリーに相談した。
その時もシャーリーは親身になってくれた。
「仁は気が利かないですからね。いや、こういう事で気を回されても微妙か……」
何てぼやいていたが、澪も同感である。
流石にこういう女性特有の話にまで気を回されてはちょっと微妙な気分だ。
兎に角、個人差のある話だからと言われて澪も安心した。
周囲の友人は皆始まっているのに自分だけはまだというのは怖かったのだ。
――昔から、自分は何か違うのだという感覚がある。
それは能力から来る増長ではない。
当人は無頓着な容姿の事でもない。
過去の経験から来る己の異質さ。それに起因した感覚だ。
自分はもしかして、普通の人間ではないのかもしれない。
そう思った澪は――仁には内緒で己の親について調べた事がある。
さりげなく、仁以外の人間からそう言う戸籍情報を調べる方法を聞いて回った。
一番確実なのはDNA検索をかける事だ。
どんな生き物でも親はいる。
己のDNAと親子判定を行って、パターンが一致する人を探せばそれが澪の遺伝上の親という事になる。
別に親が誰かを知りたかったわけではない。
安心したかっただけなのだ。
今自分が考えている事が思春期特有の想像力から生み出された結論である事を証明したかった。
個人を識別する必要が無ければ調べるのは簡単だった。
船団統合データベースに格納された移民船団が誕生してからの全DNAデータ。
生者であろうと死者であろうと網羅した、人類の歴史の縮図とも言える。
人間ならばここに必ず誰か一致する人間がいる筈。
結果は――NG。
断片的に類似した箇所のある人間は複数名見つけられたが、精々が遠い親戚レベル。
明確な親子関係であると証明できる人間はいなかった。
その事実がどれだけ澪を打ちのめしたか。
親が特定できないという事は、親もこのデータベースに乗っていない――つまりは非登録市民だった可能性。
或いは、自分が親も特定できない位に遺伝子操作を受けたデザインベビーである可能性。
どちらにしても普通とは程遠い。
元々普通を求めていた澪が更に普通を求めるようになった。
生まれを変えられないのならば、生き方を変えるしかない。
少しでも普通に。
普通の人生を。
だって憧れたのだ。
ジェイクと結婚したヘレンも。
コウと結婚したメイも。
二人ともとても幸せそうだった。
そこから少しして二人の子供が生まれて。
とても小さな、小さな命を愛おしいと思って。
そこに憧れて、自分もそうなりたいと思うのは不思議な事ではない。
何時か好きな人と結婚して好きな人との間に子供を授かる。
そうありたいと、思ったのだ。
だから澪は普通が良かった。
平穏が良かった。
禍福は糾える縄の如し何て言葉を知ったのもその頃だ。
幸福な事も不幸な事も等しく来る。
大きな山も谷もいらない。
生きているうえで完全な平坦は有り得ないだろう。
だから、ほんの少しの起伏だけで良い。
大きな体験何て幼少期に山ほどしたのだからもう良い。
これ以上は要らない。
どうかどうかどうか。
私の人生がこれから何事も有りませんように。
それは悲痛な祈りだった。
それは切実な願いだった。
だけどその祈りも願いも――全ては無残に引き裂かれた。
自分は人間ではなかった。
ただその一点は全ての基点。
澪は自分の前にあった未来という扉が閉ざされた音を聞いた。
その後、令の事を聞いて澪はある意味救われた気持ちになったのだ。
「ああ。そうか」
始まりから間違っていたんだ、と。
間違えずにいた結果未来が閉ざされたのではなく、間違えていたから未来が無いのだと。
だったらその間違いを正せばいい。
そう思えた。
もう自分に未来何て無いんだから。
自分が奪ってしまった結果未来を閉ざされた人に返せばいい。
楠木令を――東郷令を蘇らせれば良いのだと。
それが己のやるべき事。
それが正しい道筋。
そしてその為の手段は既に用意されていた。
人ならざる自分に人と共に歩む未来何て得られるはずがないんだから――。
◆ ◆ ◆
「平たくいうと付き合いたいの好きなの! 分かる!?」
分からない。
今何といった?
付き合いたい?
買い物?
いや、違う。
その後好きだと言われた。
誰が? 誰を?
(とーや君が、私を?)
再現された心臓が心拍数を上げる。
頬が熱くなるのを感じた。
余りに場違いな感情の発露に澪自身が戸惑う。
嬉しい。
色々と理屈を付けようとしたのだが頭の中がそれ一色に染まる。
他の事が考えられなくなる。
それでもまだ冷静な部分が警告を叫ぶ。
だってそれは普通じゃないと。
人が化け物を好きだなんていうはずがない。
気付いた瞬間血の気が引いた。
一度与えられた熱を、奪われるのが辛い。
どうせ手に入らないのならば最初から指先を掠めないで欲しかった。
「その、とーや君は勘違い、してると思う」
声が震えた。
友人たちがまだ待っていると聞いた時以上に感情が動かされているのが分かる。
「勘違いって何だよ」
「わた、私は人間じゃない」
「知ってるよ。テルミナスの民だろ。俺だってその辺の説明は受けてるんだっての」
「てる……? 私の本体は、この身体じゃないんだよ? こっちの冷たい鉄の身体」
己の属する集団すら知らなかった澪はその名前に首を傾げた。
すぐに今はそんな事よりも守の誤解を解こうという方に意識を持っていかれたが。
「要するにアサルトフレームとパイロットの関係みたいなもんだろ? それがどうかしたのかよ」
「そうじゃなくて! ここにいる私は偽物って事!」
「いや、偽物も何も。俺にとって東郷ってここにいるお前だけだから。俺に取っちゃ本物だしなあ」
「な、何でそんなに気にしないの!」
「むしろ俺には東郷が何を気にしているのか分からないんだけど」
本気で困惑した様子の守に澪も混乱する。
そして一つの可能性に思い至った。
この妄信さ。もしかしたら。
「それに、とーや君は私の事好きだって言った。でもそれも違う」
「違うってだから何がだよ」
息を吸う。先ほどとは別の理由で鼓動を早くした心臓を抑え込みたい。
「とーや君が私を好きだって思っているのは、私がそうしたからだよ」




