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03 宇宙を変える力1

「ふむ……」


 現状はハロルドにとっても想定外だと言えた。

 過去たった一度の過去改変――その経験からすると世界が分岐しないのは予想通り。

 

 世界線理論を始め、並行世界に対する仮説は多い。

 だがこの宇宙にはどうやらそれらは無いらしいというのがハロルドの結論だ。

 

 いや、より正しくは――かつてはあったと言うべきか。

 その残滓らしきものは垣間見える。亜空間。世界の成り損ない。

 かつては世界だった場所。

 

 故に分岐する余地のない世界は塗りつぶされる。

 変わったという過去によって今が書き換えられる……というのはハロルドの仮説だった。

 

「ふむ、ふむ……」


 もう一度呟く。

 

「なるほど、ね」


 確かに上書きは行われている様だった。

 ハロルド自身、頭の中にもう一つの光景がちらつく。膜の様に現在に被さった世界が見える。

 その光景は、エースが持つ未来視の力による物だろう。

 

 或いは二つの世界が同時に重なり合って存在している状態。

 向こう側からすればこちらがそう見えているのか――。

 

「いや、違うな」


 それでは今こちらで意識を失っている者達の説明が付かない。

 過去の実験では証明できなかった事。それは未来を見れることへの素質だ。

 それは限られた一部の人間だけなのか。

 それとも誰もが持っているが余りに僅かな先しか見えないので判別できないのか。

 状況を鑑みれば後者だろう。才能の無い人間でも見える程に、未来が明確になっている。

 

 そして意識が戻ってこない理由は。

 

「エーテルの源……人の魂は一つだけ。故に、二つの世界で主観を維持出来ない、という事かな」


 仮説だ。

 いや、むしろ思い付きの域だろう。何の根拠もない。

 それを証明することは恐らく自分の命ある内には無理だろうとさえ。


「そしてその魂は、当人が望む世界を見つめる」


 何度世界は過去へ情報を送ったのだろうか。

 ハロルド自身には知覚できていないが、間違いなく一度や二度ではないだろう。

 この宙域に居る人間が皆改変後を望ましいと思う世界。

 何回試行を繰り返せば到達できるのか。

 

 ライテラを盤石の物とする為なら、きっと自分はやるだろうとハロルドは確信していた。

 そして。


「……いや、やはりおかしいな。こうして重なり合うこと自体が有り得ない」


 二つの可能性が存在するのが許されるのは並行宇宙が存在するから。

 ただ一つの宇宙で揺らぐ世界。あり得るとしたらそれは。

 

「未だ未確定である、という事か」


 そしてその結論はハロルドの目的にとっても無視出来ない物だ。

 

「何故現れないかと思えば……そういう事か」


 第一次時間跳躍実験で出現した謎の存在。

 アサルトフレームとも人型ASIDともとれる未知。

 それとの再びの邂逅を夢見て実行したのがライテラ計画だ。

 

 過去改変が成功したとしてもそれはいわばスポンサー向けのアピール。

 ハロルドの願いではない。

 

 その願いがあるからこそ、ハロルドはこの改変前の側に留まっているのだろう。


「未確定という事は……つまり、この状況からひっくり返される恐れがあるという事か」


 ライテラは今も稼働している。

 今現在も、過去へ情報を送り続けているのだ。

 

 川の流れを逆流する様な物。

 流れに逆らって進む力があれば遡上することも叶うが、力を失えば再び流される。

 

 ライテラが過去へと情報を送るのもそれに近い。

 エーテルという力を加えることで、本来遡れない筈の時間を遡上しているのだ。

 

 ライテラが起動したことで過去改変の可能性は生まれた。

 故に世界は揺らぎを見せている。

 が、まだそれが確定するまでには時がある。

 ライテラが破壊されたらその瞬間に改変されるという事実が無くなるのでこの状態は元に戻るだろう。


 全く以て、ややこしい話だとハロルドは苦笑する。

 

 要するに、まだこれから数十分……或いは数時間、ライテラを守らなければいけないという事だ。

 

「だが――誰だ?」


 ロンバルディア級『レア』に突入した部隊は全員沈黙している。

 最も警戒していた東郷仁も――今は重なった世界の住人だ。

 

「逆説的に、重なった世界ではなくこちらの世界を望んでいる人間という事か」


 分からない。

 少なくとも重なった世界の側は最大多数の最大幸福――言ってしまえば大多数にとって幸福だと感じられる物のハズだ。

 無数の繰り返しで限りなく全員の願いが叶った理想郷でもある筈だ。

 どちらでも構わないと思った人間も残らず、向こう側に囚われているだろう。

 

 それを望まない人間。

 敢えてこちらを選ぶ人間。

 

「……私、のハズが無いしな」


 東郷澪の可能性を考える。

 静まり返ったライテラの玉座。

 彼女の言が正しければ今は重なった世界の住人だろう。

 

 故にその可能性を除外する。

 

「となると――」


 考えたところで、新たに『レア』へと突入した存在をアンタレスのセンサが感知した。

 

「ほう。本当にいるとは。それも二機」


 レオパード。

 ハロルドからすれば旧式の機体だが、十分実用に耐えうるスペックだ。

 決して無視できる戦力ではない。

 特に今、ライテラを守護できるのは自分だけだ。

 

 とは言え、レオパードの火器でライテラを破壊するのは困難だろう。

 余剰エーテルだけで、並みのクイーンタイプに匹敵するエーテルコーティングが発生している。

 

「奴らを潰せば未来は確定するのかな?」


 薄く笑いながら、ハロルドはアンタレスを動かす。

 ランス――ハロルドの意思で稼働する小型飛来砲台。

 

 それを先行させながら巨大なサソリが『レア』の中を移動していく。

 

 新たな侵入者。この宇宙を確定させる恐らくは最後の要因たるレオパード。

 

 守とメイの元へ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「ん……?」


 ふと、何かが動いたような気がした守は機体を止めて周囲を走査する。


「何してるんですか守。全員止まっているからってそんなのんびりはしていられませんよ。何時私達もこうなるか分からないんですから」

「いや、今何か動いたような気がして……」

「センサに反応は何も……」

「っ! 姉貴!」


 守に見えたのは偶然。

 咄嗟に隣にいた姉の機体を突き飛ばして直撃を回避させる。

 それでも避け切れず、メイのレオパードは片足を失った。

 

「何か良く分からないけど小さい砲台? みたいのがいる!」

「小さい……? 新型の防衛兵器ですかね」

「分かんね! 来るぞ!」


 狭い通路ともなれば、無限に広がる真空よりも見えやすい。

 守の言う通り、小型の砲台めいた物が飛び回ってこちらを襲おうとしてくる。

 

 ただ、通路の中では向こうの回避スペースも限られる。

 更には来る方角も一方のみ。

 気付けば迎撃も容易い。

 

「何なんですかねこれ!」

「俺たち以外に動いてる奴がいるのか……?」


 考えても分からない事だが、迎撃しながら前へ進む。

 

 その奥から音響センサが大音声を感知していた。

 それと連動するように高出力リアクターの存在も。

 

「滅茶苦茶嫌な予感がするんですけど」

「やめろよ姉貴……そう言う嫌な予感を口にすると大概叶うんだよ……俺の場合」


 メルセ行きの巡洋艦に乗った時もそうだった。

 表情を歪めながらそうぼやく守の前に、巨大なサソリの怪物が姿を現す。

 

 装甲を通路の内壁でこすり上げながら、ギリギリのところを強引に押し進んできた大型の機動兵器。

 どう見ても無人機では有り得ないその異様に守とメイは一瞬で判断を下す。

 

 無理だ。勝てっこない。

 相手は紛れもなくクイーンクラス。どこかの人類やめてるエースなら兎も角、自分たちの腕じゃこれは倒せないと。

 

「……数の優位を生かしましょう」

「二対一でも勝てそうにないんだけどコイツ」

「そうじゃないですよ。ここは一対一。私が時間を稼ぎます。先に進みなさい。他の防衛機構が無い事を祈りながら」


 足し算ではなく引き算。

 一人を犠牲にして確実に一人を先に進める。

 

「でも、姉貴!」

「デモもストも有りませんよ。この奥に澪ちゃんがいる。あの子が何とかしてくれるって言うほんの僅かな可能性に賭けるしか生き延びる道は有りません」


 ここで退いたとしても改善の見込みはない。

 ここしかない。

 今前に進まなければきっとその瞬間に――メイにとっては暗く、だけど奇妙な安らかさを感じるあの夢が現実となるのだろう。

 

「……ほら、早くいきなさい。時間が無いからって、澪ちゃんを急かしちゃダメですよ」


 そう言って、メイは挑発するようにサソリ型――アンタレス目掛けてエーテルライフルを撃つ。

 ダメージを与えられた様子は無いが何度も、何度も。目くらましの様に。

 

 あの巨体、この通路を旋回するのも厳しいだろう。

 隙間から抜ければ可能性はある。

 

 そう判断した守は振り返らずにアンタレスのハサミを掻い潜り、迎撃に出たランスも振り切って更に奥へ。

 隔壁はアンタレスが通ったためか開いていた。

 

 そうして、ハロルド艦隊以外の人間では一番最初に辿り着いた。

 

「これが、ライテラ」


 無駄にデカいな、とハロルド艦隊の悲願を切り捨てて。

 守は一番重要な相手を探す。

 ライテラの頂部。玉座めいた場所。

 そこにうずくまる二度見た姿は、間違いなく澪が呼び出したテルミナスの民の物――つまりは澪の本来の身体だ。

 

 ふと、そこで不安になった。

 澪も他の人間と同じように意識を失っていたら。

 

 そうしたらメイの様に目覚めさせるだけだと気合を入れて。

 

「おーい! 東郷! 遊びに来たぜ!」


 何と言うか迷った末にそんな言葉が飛び出した。

 

 余りに場違いなその声に――。

 

「とーや、くん……?」


 憔悴しきった澪の声が答えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] みーおーちゃーん、あーそーぼー!
[一言] とーやくんすげーな。
[一言] これは完全にハロルド失敗&死亡フラグ さて、狭い場所ならビットは動きにくいけど……
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