21 共に歩む者2
また引き戻された。
誰もが今、目の前に全力になっている。
だけど仁だけが別の事から眼を逸らし続けている。
人ならざるテルミナスの民にも見透かされている己の迷い。
澪に居なくなって欲しくない。
令に帰ってきて欲しい。
その二つはどうやっても等量なのだ。
優劣何て付けられない。
だからその願い以外の場所で決めるしかないのだ。
とても大切な二人の運命を、二人以外の場所で決める。
その事にもどうしようもない嫌悪感を覚える。
声を聞きたい。
令だったらこういう時どうするのか。
(自分か、その生まれ変わりか……何て選択。聞かれた方だって困るだろうけどな)
何かの心理テスト? と言われてしまいそうだ。
そして仁を再び懊悩に叩き込んだエーデルワイスは一人さっさと前線に上がってしまった。
仁だけが取り残される。
それは今の仁が抱えた心境の縮図の様で少し腹立たしい。
「世の中、進むのが早すぎる」
誰も彼もが自分を置いて行ってしまう。前に進んでしまう。
だけど仁は何時だって……誰かの助けが無いと前に進めない。
戦場では誰よりも前に出る癖に、自分自身の事となると何時だって受け身なのだ。
「俺は――」
誰も仁に強要はしない。
ただ自分で選べと、その選択を待っていてくれる。
その時間も残り短い。
「澪に居なくなって欲しくない」
口に出す。
その言葉の何と空虚な事か。
表向きの行動が、その言葉に従っているのは願いとは別の理由から。
ただ、第三船団にとってその方が都合が良いからという軍人として思考からだ。
公人として今動いているに過ぎない。
選べないのならば、その立場で決めるべきなのかもしれない。
「行こう」
第三船団防衛軍の軍人として、ハロルド一派の暴走を抑止し、ライテラ計画を阻止する。
そう決めた。
仁には重大な見落としがある。
それが成功した後の話。
澪と再会した時、この決断では別離は避けられぬという事を。
仁は終ぞ自覚しなかった。
◆ ◆ ◆
コウのうねる様なエーテルダガーがサイボーグ戦隊のグリフォンの腕を切り落とす。
すかさずコックピットへ追撃を放とうとしたが――その前に敵の射撃に邪魔された。
「ちっ」
さっきから妙に自分の距離で戦わせてもらえない。
自分如きの名前が第二船団にまで轟いているとは思えなかった――そんな例外は仁位に全船団レコードでも打ち立てないと滅多にない。
だがユーリアには複数機で距離を詰めようとしている辺り、こちらの情報は向こうに伝わっていると考えるべきだった。
偶然にしては出来過ぎだ。
「おい、ユーリア」
八年前よりは多少マシになったが、未だ雑魚散らしと牽制と割り切っているエーテルライフルでの射撃で弾幕を張りながら。
背中越しの相棒に声をかける。
「ここは俺らで支えるからお前は例のユニコーンの姿を探せ」
『何で私が! 後方支援どうするのさ!』
「さっきからその仕事をさせて貰えてないから言ってんだよ」
現状ユーリアは敵の突撃を回避、迎撃するために専念している。
有効な支援射撃は出来ていなかった。
『敵を惹きつけるだけでも価値あると思うけど』
「おいおい、分隊長殿。最近支援ばっかで惚けたのかよ。俺達の目的は何だよ」
懐かしい訓練校時代の役職で呼ばれて、ユーリアは思い出す。
そう言えばそうだった。ここ数年、ただ命令を聞く事に慣れていて自分の頭で命令を考える機能が休眠していた。
それではいけない。コウの補佐を頼むとも言われたのだ。
それなのにコウに言われるまで気付けないのでは補佐失格だろう。
自分たちがここにいるのは、サイボーグ戦隊の殲滅――ではない。
敵陣後方のロンバルディア級に付随した自動迎撃ユニットの排除だ。
気合を入れるためにヘルメット越しに己の頬をビンタする。
痛みは無いが衝撃は十分に伝わった。
『ごめん!』
「お、おう」
その一部始終を通信モニター越しに見ていたコウは若干引き気味だ。
『ちょっと行ってくる!』
そう言い残してユーリアは戦線を離れる。
そうしたことで、ユーリアに向かっていたグリフォンは狙いをコウへと変えた。
変わらず、遠距離戦を仕掛けてくる相手にコウは小さく笑う。
「……まあ、こういう事も有るかもってのは考えてたぜ?」
自分の技能は近接格闘に特化している。
敵が遠距離戦に徹した場合どうするのか。
戦術的に射撃戦となったら自分の戦力としての価値が激減する。
苦手な射撃を普通レベルにはもっていこうかと思っていたのだがどうやらコウには射撃の才は並以下しか与えられていなかったらしい。
その改善は一応継続するとして別の手が必要だった。
「教官みたいにリミッター解除何てやってらんないからな」
一瞬で燃え尽きる様な戦い方は余りコウの好みでは無かった。
――事実、そんな後先考えない戦い方を思いついたのは仁が己の身がどうなろうと構わないと考えていた二年間だ。
それなりに有用であったため、その後も使い道は模索していたがコウの考えは違う。
要は、相手に近寄る事が出来れば良いのだ。
どうせ当たらないと割り切った射撃に割くエーテルは最小限。
余剰エーテルを予備タンクへと貯蓄。
リザーブされたエーテルを、瞬間的にスラスターとシールドに回せば――。
「ぐっ……!」
慣性制御の上限を超えた加速度に、コウは呻き声を上げる。
瞬間加速度は5Gを超える。
だからコウのパイロットスーツは実は特別製だ。
物理的な対策も施して、その速度でパイロットが失神しない様にしている。
コウも、これまでの実績で機体の独自調整が認められるようになっていたのだ。
その結果は弾幕を強引に突破して相手との距離を詰めることが出来るという物。
傍目には瞬間移動をしたとしか思えないその行為に距離を詰められたグリフォン部隊が動じる。
徹底した戦術教育とその実施。
だがそこには大きな弱点がある。
いや、本来ならば弱点と呼べるほどの物では無い。
想定されていない戦術に対してはどうしたって行動がばらける。
それはどんなパイロットでも同じことだ。
だが完璧な連携に生まれた綻びは――大多数には無意味な物でも一部にとっては千載一遇の機会。
一部の、エースパイロットにとっては。
「おせえよ!」
これまでの鬱憤を晴らすようにコウの斬撃が数度煌めく。
蛇の様にうねる太刀筋を初見で見切れる者はいない。
否、コウは意図してその太刀筋を変えられる。
一度見たからと言って対処できる物でもない。むしろ二度目であっても前回の太刀筋が脳裏に焼き付いているだろう。
故に最も有効な対抗手段は距離を取る事。しかしそれさえもコウは対策していた。
だがサイボーグ戦隊も無能の集まりではない。
先ほどの加速は早すぎる上に制御できているとは思えない。
ある程度距離が無ければ自分たちを通り過ぎていくだろうという事も分かっていた。
そしてすれ違いざまの斬撃となれば、確実に道連れにしてやろうという覚悟も。
身を捨てられるというサイボーグ戦隊の非情な強み。
僅かに距離を取って、その一瞬の交錯劇を誘発しようとしてくる相手。
しかし、コウはその中距離戦の間合いも読んでいた。
先ほどの加速はあくまで遠距離戦に持ち込まれた時の対策。
この付かず離れずの距離では使えない事は百も承知。
故に、その対策はもう一つある。
「届くんだよ!」
二本のエーテルダガーを握る。
それぞれのエーテル発振器を連動。
通常の倍近い出力の刀身が露になる。
出力が倍という事は、形成できる刀身の長さも倍という事。
更にそこへ仁から教わったエーテルの収束技術を注ぎ込む。
コウだけに出来る、荒業。
微かな、糸ほどに細くなった刀身が冗談の様に敵のコーティングを突破して装甲を斬り裂いていく。
とてもエーテルダガーが届くとは思えない間合いで断ち切られた彼らは、一体何が起きたのか最期まで理解できなかっただろう。
切り裂かれた断面は、何で切断したのか分からない程波打っている。
大きくうねる刀身はコウの腕の動きから太刀筋を見切らせないための物。
コウが、対人戦闘の為に用意したとっておき。
「名付けて糸ブレードだ」
その名前はやめておけと。
通信を聞いていた隊員たちに忠告された。それはもう、強く。




