17 決戦の日4
仁のグリフォンが飛び立つ。
戦場に出てしまえばむしろ仁の頭の中はクリアになっていく。
難しい問いかけも、何もかもが洗い流されていく。
レイヴンとは全く違うじゃじゃ馬。
一瞬でも気を抜いたら持っていかれてしまう。
全神経を戦いに集中させなければ生き残ることも出来ない。
どうして、世の中はここまでシンプルに出来ないのだろう。
仁の戦いとは戦友を守ることだった。
後ろに居る愛する人を守ることだった。
大事な人のどちらかを見殺しにすることではなかったはずだ。
ノイズ。
余計な思考が仁のグリフォンの動きを鈍らせる。
ギリギリのところで操縦しているため、レイヴンよりもダイレクトに仁の動揺が現れる。
『教官。そいつの調子はどうだよ?』
接敵まで後二分。
そんなギリギリの中でコウが尋ねてくる。
今回はエース級を固めた選抜中隊を指揮している。
機種混成部隊となると、最低限グリフォンの機動に着いてこれないといけない。
その最有力候補であった、仁が指揮していた教導隊は半数以上が撃墜されてしまい、隊の形を保てなくなっていた。
そこで各部隊から選抜された精鋭で補充する形で新たな部隊が編成されたのだ。
皆、サイボーグ専用機だというグリフォンに興味があるようだった。
この接敵の瀬戸際にも関わらず、隊員達が意識を向けているのが分かる。
迷うのは一瞬。
「悪くない」
ナノマシンによる強化の影響もあるがーー今までレイヴンで感じていた窮屈さがない。
肉体的な強度を除けば、仁の能力はサイボーグを上回ってさえ居た。
その彼らが終の友とした機体だ。
仁にとっても相性が悪いはずがない。
「この一戦で終わるのが勿体無いくらいだ」
『はっ。そいつは良いな。俺も乗ってみたいもんだ』
『あーこらこら。メイに言いつけるよ? 距離一万を切った!』
敵軍との相対距離が縮まってくる。
減速の気配なし。真っ直ぐにこちらへと向かってくるリアクター反応。
「先に行かせてもらう」
グリフォンだけに許された大型のエーテルスラスターが、光の翼を生み出して力強く加速していく。
レイヴンの1.5倍近い速度と化した仁のグリフォンがエーテルライフルとエーテルダガーを携えてドッグファイトに挑む。
対するはーー。
「……ASID?」
のように仁には見えた。テルミナスの民の様な人型でもなく、本当にただのミミズ型。
何故それがこんなところに。
もしや、ハロルド艦隊もどこかのASIDの群れを味方に着けたのか。
しかしセブンスはハグレとなった他の氏族は全て知性を捨てたと言っていた。
ならば手を組むなんてことが出来たとは思えない。
照準からの発砲。
光の弾丸がミミズ型を次々と撃ち落としていく。
大型化した機体の運動性に不安が有ったが、この速度域でもブレることなくイメージどおりに追従してくる。
フレーム強度も増しているので安定感がある。
いつもよりもすばやく、正確に射撃が出来ている気さえした。
いや、撃墜速度を考えれば間違いなく出来ている。
なるほど、これがサイボーグ専用機と仁は舌を巻く。こんなものを相手にすれば手強いわけだと。
『おいおい……教官はええよ。第一波は三十近く居たぞ? 瞬殺かよ』
『追いつく前に殲滅されたら私達の立場が無いですよ』
ミミズ型を殲滅してから追いついてきたコウ達が愚痴を漏らす。
一人で先行して、一人で殲滅されていたら、何のための部隊なのかと疑問を抱くのも仕方ないだろう。
そんな苦情は仁にとって懐かしささえ覚えるものだった。
思えば普通のASIDと戦うのは随分と久しぶりかもしれない。
そう、普通だった。
特に変わったところが見られない通常のASID。
だからこその疑念。
そんな物が何故、ハロルド艦隊と連合部隊の戦いに現れたのか。
『東郷仁』
「どうしたエーデルワイス」
『そちらに奇妙な気配がある。ハグレの様な。そうでないような』
「確かに通常のASIDは居たが……」
『いや。ただのハグレではない。気をつけろ』
要領を得ない忠告。
レーダーを見れば向こうも忙しいのだろう。
テルミナスの民の軍勢は、真っ向からサイボーグ戦隊とぶつかり合っていた。
逆に言うと、その最中でもわざわざ送ってくるに値する情報ということだ。
「いや、待てこの布陣はおかしいぞ」
テルミナスの民がデータリンクにアップロードした情報を見て仁は呻く。
推定されるサイボーグ戦隊の総数。
それがハロルド艦隊の機動部隊の全てであるはずだった。
その全てがテルミナスの民との戦いに向かっている。
そして第三船団側に向かってくるリアクター反応は多くはあるものの、識別は不明。
推定するに先程のミミズ型だろう。
どう考えても、ハロルド艦隊が何か手を回したとしか思えない。
「……澪、か?」
その可能性が頭をよぎる。
次期女王である澪ならば、他の群れのASIDに命令を下すことも可能だと聞いた。
その力で付近に居たASIDを即席の戦力とした……というのも違和感がある。
ハロルド艦隊はオーバーライト直後だ。早々都合よくASIDの群れを調達できるとは思えない。
何より、エーデルワイスの忠告。
ただのASIDであるはずがない。
『第二波来るぞ!』
誰かの声に意識を引き戻す。
今度は数が多い。約100。
『流石に教官もあの数を瞬殺は無理だろ』
「さあ。どうだろうな」
惚けながら仁はその対象を観察する。
変わらぬミミズ型だ。
のはずだが僅かな違和感。
それが何かは分からぬまま、手にしたエーテルライフルを発砲。
放たれたエーテル弾は、ミミズ型の装甲に命中しーー拡散した。
ダメージは与えられているが、致命傷になっていない。
「……何?」
二度、三度と打ち込んで漸く一体を撃墜した。
グリフォンのエーテルライフルはレイヴンの物よりも大型だ。
ミミズ型を相手にするには過剰だった火力が、今は梃子摺らされている。
(狙いが逸れたか?)
自覚できていない微細なズレがあるのかもしれない。
だとしたら早めの修正が必要なのだが、どうも自分が原因ではないと気が付かされた。
追いついてきた後続のレイヴンも同様に、エーテルが拡散している様だった。
『大尉、大尉! なんかコイツら装甲の感じ違いません?』
そう言われて、望遠画像を拡大してみれば確かに。
抱いた違和感の正体はこれかと仁は納得した。
その表面に展開されたエーテルコーティングだと思っていたもの。
だがそれらはプロセッサーやリアクターに集中展開されたエーテルフィールドだ。
コーティングで受け止めるのではなくフィールドで攻撃を逸らす。
末端部は一切の守りを捨てているという妙な潔さ。
ASIDは生物である。
だがこの眼前に居るのは、その生物としての生存本能すらも捨て去っている様に思えた。
確かに、プロセッサーとリアクターさえ無事ならば問題ない。
だがそれは人間で言えば頭と胴体だけ守って手足は吹き飛ぼうが最低限生きるには問題ないという考えだ。
理屈では納得できても実行できるかは別の話だろう。
そんな本能を捨てられる様な命令、女王としても出来るのかどうか。
或いは澪自身の群れならばその強制力も発揮できるのかもしれないが、彼女は未だ己の群れは持っていないはずだった。
そして何よりも、対応が早い。
通常のASIDは己の身体を数年かけて外部の変化に対応させていく。
生き物としては破格の速さだが、今ここに居るのはそれよりもさらに早い。
見ている前でもそれぞれ勝手に変化していた。
今当初のミミズ型その物を維持している個体は居ない。
手足を生やしたり、全身から火砲を突き出したり。
時には共食いをしてリアクター出力を上昇させたり。
見た目はASIDなのだが、これまでとはまるで違う動きに仁達は気色悪さを覚えた。
「何なんだ、コイツらは……」
100居たASIDは今はもう20にまで数を減らしている。
その殆どは仁達が倒したわけではなく、姿を変化させて自滅したような物ばかりだ。
そうして生き残ったのはなぜだか似通ったような姿をしていた。
頭部の無い、人の様な上半身には盾のようにも見える何か。下半身はまるで円盤の様。
感覚器の反応から、リアクターやプロセッサーと言った重要部は全て円盤型の下半身に収められているのだろう。
ここには進化の参考になるような生物は居ない。
つまりあれはアサルトフレームに対応するために進化したASIDということになる。
リアクター出力は10ラミィ程度……計算が合わないなと仁は思った。
それぞれにゆらぎはあるが、概ね変わらない。
今までのミミズ型の状態で1ラミィだったのだから、共食いでリアクターを合わせたとしても5ラミィ程度になるのだと思っていた。
その辺りの計算が正しいかは後方のメカニックたちに任せるしか無い。
牽制とばかりに放ったエーテルライフルはやはり予想通り対AF型ASIDの盾っぽい何かに防がれた。どうやらあれはエーテルフィールドの展開部だったらしい。
こちらの射撃を防ぎながら、近づいてくる。速い。
少なくともレイヴンと互角の機動性は有った。
アストラルパッケージ装備の機体はまだ良い。だがそこに僅かなデッドウェイトとなるファランクスパッケージを載せた機体は追いつけていない。
突き出された手刀を、エーテルシールドで受け止めてーーしかし何の抵抗もないように切り裂かれていく。
一瞬で片腕を失った機体が距離を取ろうとした。
それを逃さぬとばかりの、円盤部からの砲撃。
互角のリアクター出力の機体が放ったそれに真っ向から貫かれて一機のレイヴンが爆散する。
「っ! 気をつけろ! 手強いぞ!」
言いながらも仁は敵と鍔迫り合いに入る。
その肩から新しい腕が生えてくるのを見て、今度こそ彼は絶句した。




