18 決戦の日5
「しかし大した物だ」
第三船団の防衛線を突破しようと激戦を繰り広げるハロルド艦隊。
その中で直接戦闘には参加していないロンバルディア級戦艦『レア』の中でハロルドは感嘆の声を漏らした。
多分自分に声をかけられたのだろうと澪にもわかったが、返事はしなかった。
協力関係やら、純粋に人間扱いしてくるだとか色々あるが、やはりトータルで見ると澪はハロルドが好きではない。
少なくとも積極的に会話したいとは思わない。
対して無視された形となったハロルドは気にせず続けた。
「使い捨ての戦力のつもりだった鹵獲体が君の手にかかれば一級品の戦力だ。見給え。第三船団の第一陣を見事に足止めしている」
ハロルドが示した宙域に意識を向ける。
そこでは第三船団のアサルトフレーム部隊と、第二船団の鹵獲体が鎬を削り合っている。
ただのミミズ型を再利用したはずの戦力は、今通常のASIDを遥かに超える速度で対応進化し、アサルトフレーム部隊を押し留めている。
どころか徐々に押し込んでさえ居た。
あそこに居る個体は皆、澪の群れと言える。
疑似プロセッサーにより、人工的に作られたASIDとも言える個体だ。
反面、クイーンを抱いているわけでもなく、無所属というASIDではあり得ない特徴を持つ。
その頂点に澪が就いたのだ。
彼らの進化も、通常のクイーンタイプよりも論理的に考えられる澪が原因だった。
本能のままでは十年近くかかる対応も、澪にかかれば数分だ。
材料も足りないので、共食いという形で賄うことになったが、生まれた対アサルトフレーム型のASIDは、これまでの宇宙には居なかった新しい種だ。
そして、まだ鹵獲体は100ほど居る。それらも対AF型へと進化させれば更に戦力は充実する。
とは言え。
「時間稼ぎにしかならない」
互いに、足を止めて殴り合っているように見えるが、それはお互いの相対速度を合わせた結果だ。
ハロルド艦隊は全速力で地球めがけて進んでいるのだから、時間稼ぎができればそれでいい。
だが今澪が言ったのは別の意味だ。
「ほら、もう」
澪が指し示した先では、第三船団のアサルトフレーム部隊が対処を始めていた。
「やっぱり、強いね」
◆ ◆ ◆
肩から伸びた新たな腕。
その揃えられた指先が仁のグリフォンを断ち切ろうとしてーー寸前でエーテルダガーがそこに割り込む。
「……なるほど」
敵の底が見えてきたなと仁は感じた。
今のは射撃だったらよりタイミングがシビアだった。
並のパイロットならそれで撃墜できただろう。
それをしなかった。
何故か?
考えれば答えは近い。しなかったのではなく、出来なかったのだ。
このタイプは防御にエーテルを割きすぎている。
円盤部から以外射撃に回せるほどのエーテルがないのだ。
それにその円盤部からの射撃も不意打ちにしか使えない短射程。
分かってしまえば対処は楽だ。
決して打ち返してこない相手ほど容易いものはない。
「新種にはまともな兵装はない。格闘戦だけだ。きっちり距離を取って集中砲火を浴びせてやれ!」
後続のレイヴン部隊へそう激を飛ばす。
同時にそれは、遠回しにここを任せるという意思表明でも有った。
相対速度が一致しているため、錯覚しそうになるがハロルド艦隊は今も進んでいる。
そして本隊と戦闘しているテルミナスの民は突破にまだ時間がかかりそうだった。
ならば、仁達が戦線を押し上げて相手にプレッシャーを与えるしか無い。
「特殊編成中隊、着いてこい!」
身も蓋もない名前を着けられた仁たちの中隊は、更に突出して敵艦隊の対空圏内に入る。
その弾幕を躱しながら、砲台を潰していく。
火線の鈍くなった艦が、第三船団艦隊の集中砲火を受けて沈められた。
流石に味方の砲に当たるようなドジは居ないが、背筋の寒くなる光景だ。
最奥に位置するロンバルディア級。
そこに肉薄しようとしーー。
「っ! 各機散開!」
鼻先を掠めた砲火に出鼻をくじかれる。
衛星の様にそのロンバルディア級に寄り添う複数のユニット。
まるで傘みたいだと思うのもつかの間。
雨の様に大量のエーテル弾頭が真空の宇宙を駆け巡った。
しかもその一つ一つが恐ろしいほどに正確な射撃で、仁達はその弾幕を突破できずに後退する。
『おいおい。何だよありゃ』
『アサルトフレームじゃ近づけませんよ』
あまりに数が多すぎる精度の良い射撃。向こうも次から次へと驚かせてくれる仕掛けを用意しているようだった。
「追加の迎撃装置か……」
戦艦ならば致命傷にもならない火力だろうが、アサルトフレームには致命的だ。
おそらくは、人型ASIDにとっても一部を除けば危険な攻撃だろう。
例外であるエーデルワイスらにしても、集中されたら十分に驚異となる。
このユニットを攻略しないと澪の居る艦へ突入するのは不可能だ。
『戦艦でも突っ込ませますか?』
『馬鹿かよ。どれだけの損害が出ると思ってんだ』
年季の入った二人のやり取りを聞いて、仁は頷いた。
「そうだな。それで行こう」
『え』
絶句する気配。
無論仁もそのままするつもりはない。コウが言うとおり被害が大きすぎるし、戦艦一隻は安いものではない。
ならば、それらを解決した物を使ってやれば良いのだ。
「一度下がるぞ。アイツらの助けが必要だな……9ー4へ転進」
『おいおい、教官良いのかよ。そっちは』
「まあ向こうも上手く合わせるだろ」
最終的には向こうへと投げることになるのだが、仁は信用していた。
何しろ、八年前あれほど第三船団を苦しめた軍、その指揮官がいるのだから。
敵艦隊の砲火をかいくぐりながら、と簡単には言うが第三船団でも出来るのはこの中隊にいる面々くらいであろう。
それ故に、この上ない不意打ちとなった。
来るとは思っていなかった後方からの襲撃。
更にその先頭を切るグリフォンの姿。
相手の一瞬の隙を強引に押し広げるには十分。
『何でグリフォンが!』
襲いかかったのは第二船団サイボーグ戦隊。
今まさにテルミナスの民と交戦中の部隊を後背から襲ったのだ。
自分たちの代名詞でもあるグリフォンに襲われて動揺している。
第三船団には居ないはずの搭乗者。
肉体を切り刻んだ彼らのアイデンティティとも言えるその姿で蹂躙されるのは悪夢と言っても良かった。
そしてその最初の動揺が過ぎ去った頃には十機近いグリフォンが撃墜されていた。
その動きを見れば彼らにも相手が誰なのか分かる。
『東郷仁……!』
『この、化物め!』
『サイボーグ専用機まで乗りこなすのかよ!』
罵倒の言葉が放たれるが、生憎とそれらは仁には届かない。
智の居ないサイボーグ戦隊を相手に、仁が何かを喋るつもりもなかった。
動揺を沈めて、背後からの部隊が中隊でしか無いと気づくとサイボーグ戦隊も対処を始める。
二正面作戦。
本来ならば愚策だが、サイボーグ戦隊を指揮するグレイスには一つ勝算が有った。
『緩やかに方位3ー7へと移動しろ! 奴らをひとまとめにしてやれ!』
挟まれた状態から自分たちを横合いに移動させることで、テルミナスの民と特殊編成中隊を合流させようという算段だ。
単純に、一方向からの敵に備えれば良くなるのに加えて、もう一つ。
『連中がまともに連携を取れるとは思えん……』
事実、こうして完全に別々の方向から攻め立てている。
どれだけ長く見積もっても彼らが接触してから三ヶ月は経っていない。
手を組むと決めてからはどれくらいか。
少なくとも、戦いにおいて高度な連携を取れるほどにまでは関係が醸成されていないとグレイスは判断した。
ならば、そこが突破口となり得る。
連携が乱れた所で、その傷口を広げるように動けば劣勢となりつつある状況を打開できると踏んでいた。
『しかし東郷仁……部隊を得ればこれほどか……!』
グリフォンを持ち出してきたのはハロルド艦隊としても想定外だった。
ただでさえ強力な戦力であった仁がこれまで以上の驚異となっている。
だがそれだけではない。
そこに付き従うレイヴン。東郷仁には見劣りするがいずれも間違いなく第三船団の精鋭。
そこから生まれる連携は、サイボーグ戦隊の連携を上回ってさえ居る。
洗練されているとは言い難い。
恐らくは、時に相手が自分の意に沿わない行動もしているだろう。
だと言うのに強い。
無駄の一切無いサイボーグ戦隊の連携が迂遠に感じてしまうほどだ。
惑星メルセで共闘した時に、グレイスは仁の持つ将器を恐れた。即興で入ったサイボーグ戦隊との連携であれだけの戦果を上げたのだ。
部下に恵まれていない状態であって良かったとも思った。
だが今。機体の制約もなく、十分な技量を持った部下に囲まれた仁は一軍にも匹敵する。
自身の戦闘力を飛躍的に向上させながら、周りも引っ張り上げているのだ。
もはや過去の対策データは何の役にも立たないだろう。
どうにか喰らいつけているのはサイボーグ戦隊も覚悟を決めているからだ。
後数時間。
その数時間を持ちこたえればハロルドがライテラを起動させる。
そうなればこの戦いも全て無かったことになる。
ならばーーここで命を散らしたとしても悔いはないと。
決死で挑むサイボーグ戦隊とテルミナスの民と特殊編成中隊の戦い。
若干サイボーグ戦隊が劣勢ながらもーーその鬼気迫る戦い振りに気圧されているのは仁たちの方だった。




