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13 決戦前夜6

「……もうすぐだ」


 澪は宛がわれた自室でベッドに潜り込んだまま呟く。

 食事の必要はない。

 空腹感は覚えるが、限界を超えたらこの身体は空腹感を偽装する事をやめた。

 

 結局自分はどこまでも人間のフリをしているだけなのだろう。

 そんな存在が人の中に紛れ込んでいるのは間違っている。

 そんな存在に未来があるなんて考えるのは間違っている。

 

 通常のエーテル通信の発信機では過去へ遡るほどのエーテルを注ぎ込んだエーテル通信は行えない。

 それ故に、オリジナルクイーンのリアクター出力に耐えられる程のエーテル通信機を建造していた。

 それがライテラの正体だ。

 

 その話を聞いた時拍子抜けをしたのを覚えている。

 要は、大出力に耐えられるようにしただけで構造自体は何の変哲もない物。

 人類の在り方を変える様な大発明のハズなのに随分とローテクだと思った物だ。

 

 逆に、そんな単純な構造だからこそライテラの建造にイレギュラーは起こりえない。

 当初は部品調達の関係で数日作業が遅れたらしいがそれ以降は予定通り。

 後72時間で完成予定だ。

 

 そして後60時間後には最後のオーバーライトを実行し、目的地――太陽系第三惑星地球に辿り着く。

 

 他の乗員たちは人類発祥の地に辿り着いたという事で興奮している者もいる様だった。

 別の種であるはずの澪でさえ微かに興味を覚える。

 自分たちとはまた違う文明を生み出した惑星。

 

 どんな場所だったのだろう。

 どんな世界が広がっていたのだろう。

 

 そう思った瞬間にある事に気付いて苦い顔をする。

 

「これも、令さんの影響……?」


 過去に想いを馳せる。

 それは歴史好きだった令の影響なのか。

 

 今となってはもう、分からない。

 

 ああ、そうだと澪は認める。

 

 待っている人が居ないと、澪は叫んだ。

 何故そう思ったのか。

 冷静にならずとも自分の友人達は、大切な人達は自分が何であろうと態度を変えたりはしないだろうと分かっている。

 分かっている。

 分かっていても尚、そう恐れてしまうのは――。

 

 澪自身が一番自分を恐れているからだ。

 

 得体がしれない。

 知らない他人を基に生み出された何て知りたくも無かった。

 自分の言動、思考。その全てにその誰かが介入している気がする。

 

 人間の機能を模して、だけど人間ではない自分。

 夢見ていた未来を諦めざるを得ないと思い知ってしまった。

 だってきっと。この身体は――までは再現してくれていない。

 

 それに、寿命だって分からない。

 いや、成長その物だってそうだ。

 この身体は果たして老化してくれるのか。

 自分の大切な人たちと同じ時を歩めるのか。

 

 怖い。

 もしも今回の出来事を無かった事に出来たとしても。

 何時か来る未来の破綻が怖くて仕方ない。

 

 だって自分は人間じゃない。

 だって自分は自分が一番恐ろしい。

 だって自分は、みんなとは同じ時間を生きられない。

 

 だから自分はここから先の時間を歩む勇気が持てない。

 自分は未来に希望を見出せない。

 

 そしてそんな事に怯え続けるよりも。

 ちゃんとした人間が居る方がきっと正しい。

 

 愛する父親が奪われてしまった幸せを、取り戻す方が正しい。

 

「うん、それが良いの……そっちの方が良いの」


 きっとそうしたら。

 何時か父親の元には本物の娘がやってくる。

 自分みたいなあらゆる意味で偽物とは違う本物の娘が。

 

「だから、邪魔はさせない」


 仁は優しいからきっと邪魔してくると澪は確信していた。

 令と自分。

 どちらが大切かを天秤にかけて。

 それでも答えを出せずに苦しみながら今を維持しようとしてくる。

 

 そんな事はさせない。

 偽物の家族よりも本物の家族の方が良いに決まっている。

 

 一時の情で、判断を誤らせたりはしない。

 

「邪魔なんてさせない」


 きっと彼らも来る。

 己の同胞たる人型ASID達。

 共に過ごした記憶は僅かしかない。

 

 だが彼女らがどれだけ自分を大切にしていたか覚えている。

 東郷澪となってからも自分の願いを聞き届けてくれたか覚えている。

 

 船団に辿り着いて直ぐの頃、自分を取り戻すために多大な犠牲を払いながら攻め込んできたことを覚えている。

 

 きっと彼女たちは如何なる手を取ってでも自分を取り戻そうとするだろう。

 

 そんな事はさせない。

 少なくともこの時間上では絶対に。

 

 そこから先は澪にとってはどうでもいい事だ。

 いや、むしろ。

 自分が生まれる事が無くなった代わりに生まれる次の御子は守られた方が良い。

 

 こんな過去からひっくり返してしまう様な装置、無い方がきっと仁達は平穏に暮らせるだろうと。

 

 澪だって、これが新しい争いを産むことくらい分かっている。

 現に今もこうして争いが起きている。

 

 だから無い方が良いのだ。

 一回だけ。

 一回だけ過去を変えたらこんな物はなくなってしまった方が澪にとっては都合がいい。

 

 仁に未来情報なんて必要ない。

 仁は強い。

 ライテラ計画の様なイレギュラーがいなければきっと負けない。

 自分の家族を守り切ってくれるだろう。

 

 澪を、ずっと守ってくれたように。

 

「絶対に邪魔はさせない」


 澪にとっての警戒対象は外敵だけではない。

 ハロルド・バイロン。

 一応の協力者。

 

 だけど――あの人物は信頼できないと澪は思っていた。

 その能力を信用は出来る。

 間違いなく彼はライテラ計画を完遂してくれるだろうと。

 

 しかし、澪の願いを確実に叶えてくれるかどうかは別だ。

 

 土壇場になって約束を反故にする可能性がある。

 その気になればハロルドはまず最初の一手で澪が協力するよりも前に、澪を捕らえて無理やり協力させる――という過去にすることも出来るのだ。

 

 そして彼がそうしない理由は無かった。

 何故なら、澪の願いを叶えれば再び御子を確保するまでは大きく後退する。

 

 一度の改変で己の地盤を盤石の物とするだろうが、そもそもそんな手間はかけない方が良いに決まっている。

 

 ライテラ計画によって過去へ送れる情報。

 それは使用者自身が己の過去に送るだけだ。

 人の記憶を介する以上、他人へ送ったところで未来情報を受け取れるかどうかは賭けとなる。

 

 だがそこに例外がある。

 恐らくはハロルドでさえ気づいていない例外。

 

 同一の魂を持つ存在ならば、別人であっても未来情報を受け取れる。

 

「……私だけは直接令さんに警告を送れる」


 それが澪の持つ唯一にして絶対の切り札。

 間接的にだが澪が産み出すエーテルを使用する以上、ライテラを介した通信の実行はハロルドよりも速い。

 

 ハロルド他の人間には悪いが――澪は自分たちの願いを真っ先に叶えるつもりだった。

 

 裏切りと言えば裏切りだ。

 だが過去を変えられたことに気付けない以上、その裏切りも無かった事になる。

 ハロルドは最初から澪以外の御子を確保しようと悪戦苦闘する事になる。

 

 この勝負、澪は絶対に負けようがないのだ。

 自分が主体となる以上最初から勝ちが決まっている。

 だから澪はもうその事を思い悩むのはやめた。

 

「……何で智さんは私を止めたんだろう」


 ここ数日、ふと気が付けばその事を考えている。

 何故智は急に計画から離反したのか。

 

 今はどこに居るのだろうと思う。

 宇宙のどこか……目の前で死なれるのが嫌で逃がしたが、結局結末は変わらない。

 むしろ一思いに楽にしてあげなかった分苦しめるだけに終わったかもしれない。

 

 あれだけ姉との再会を熱望していたのに。

 どうして?

 どうしてそれを諦めることが出来たのか。

 

 他にやる事も無いのでそればかり考えている。

 

「違うって何が違うの……? 私が令さんが居るべき場所を奪った。二人の間に生まれたかもしれない子供の場所を奪った。それに違いはない」


 最後に言いかけていた言葉。

 智は一体何を言おうとしていたのか。

 

「私は、一体何だって言うの」


 歯に物が挟まったような不快感。

 常に答えを出せてきた澪がある意味初めて直面した答えが失われた疑問。

 

 知りたくても、それを知る人間はもういない。

 

「……あと71時間」


 その不快感とは、まだそれだけの時間は付き合わないといけない様だった。

 

 もやもやした気持ちのまま一人、冷たいベッドの上で寝がえりを打つ。

 この艦にある中では最も高級な寝具。

 それでも今の澪を抱えるには役者不足だった。


「おとーさん……」


 抱きしめて欲しいと思った。

 幼い日の様に抱きしめて貰えればきっと、こんな気持ちも気にならなくなるのに、と。

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― 新着の感想 ―
[一言] ん?令が未来から2つの情報を受け取ったってことは、令のライテラと澪ちゃんのライテラの双方が成功したってことで……奴が出てくる? やっぱりピンクが諸悪の根源か
[一言] 何もかもを信じないという頑なな心が 悪循環に陥る典型のパターンである。 まあ八歳児くらいのものだしね。 精神的に未熟なのはしょうがない。
2020/04/19 12:36 退会済み
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