30 選択の時6
サイズとしてはアサルトフレームの数倍程度。
宇宙艦としては余りに小柄。
だがその出力は――2000ラミィ近い。
サイズに比して異様に高い出力。
そんなリアクターは人類が未だ作り出せていない物だが、一個、智にも心当たりがあった。
「メルセクイーンのリアクター!」
サイボーグ戦隊と東郷仁で撃ち果たした先日の超大型種『スタルト』を除けば最大のクイーン。
そのリアクターは第三船団が回収したが――第三船団に駐留した際に接収したと聞いていた。
まさかこんな物に使われているとはという思いだ。
恐らく、人間一人でそこまでの出力を出す事は出来ない。
他に何人か。或いは鹵獲体に使用した疑似プロセッサーを複数使用しているのかもしれない。
形状として近いのはサソリだろう。
格闘用のアームが二つに、後部にフレキシブルに動く関節部と共に大型のエーテルカノンが備えられている。
その他近接用の対空火器とそして。
先ほど智が目にした小型ユニットのラックがあちらこちらに。
見ている目の前で、一気にまた数十基が撒き散らされた。
その全てが鋭角に動きながら再び智を取り囲もうとしてくる。
「くっ!」
機動力が半減した機体でどれだけ回避できるか。
増設されたオーバーライトユニットとコックピットへの直撃だけは辛うじて避けているが――後20秒。耐えきれるとは思えない。
『楠木智。降伏したまえ』
「ハロルド・バイロン!?」
機動兵器から聞こえて来た降伏勧告。
その声の主に智は驚いた。
ライテラ計画の指導者。研究者としての姿しか見てこなかったので智も忘れていたが、彼にはもう一つのプロフィールがある。
それは元防衛軍のエースであるという事。
流石に第一線から離れて久しいので最盛期には劣るだろうが――パイロットとしても一流だった男だ。
勧告の中でも攻撃は続く。
むしろその選択肢がない以上、智にとっては戦況把握する上でのノイズでしかない。
向こうもそれを承知で――むしろそれが狙いで声をかけているのかもしれない。
「行けない、これだと……!」
ハロルドは本物のエースだ。
一秒先の未来を見て、その未来を覆すための行動を取れる男だ。
智の様に、相手をよく知るが故の仮初の未来予測ではない。
先ほどまでとはユニットの動きも違う。
直接ハロルドの機体が視認できる場所にまで移動してきたからより精密な操作が可能になったのか。
そんな予測を智は立てて戦慄した。
だとしたらこれだけの無数のユニットをハロルドは制御していることになる。
『私のアンタレスのランスからは逃げられないよ』
新型の名前を知ったが今は何の役にも立たない。
その由来に想いを馳せている余裕なんて見せていたらその瞬間に撃墜される。
だが結局は同じことかもしれない。
残った脚部も破壊され。
四肢を失い。
「ぐっ!」
コックピットへの至近弾。飛び散った破片が身体に突き刺さっていく。
圧迫された結果、身体の一部が潰された感覚があった。
それでも残されたスラスターで辛うじて回避していたが遂に捉えられた。
コックピットを貫こうとする複数の光の矢。
(避け切れ、ない!)
残り時間は後……十秒。
足りない。
ノロノロと、じれったい程に遅く感じる程に引き延ばされた感覚の中で智は己に死を与えようとする物を見つめ続けて。
再び目には映らない何かがその光を打ち消していく結果だけが見えた。
「……あ?」
前触れもなく。突然そこに現れたとしか思えない。
純白の人型――その女性的なフォルムは。
「澪ちゃん……?」
その乱入者にも動じず、アンタレスは次なる攻撃を続行する。
小型ユニット――ハロルドがランスと呼んだそれらが一瞬で切り刻まれた。
ミオの後頭部から伸びた細いワイヤーが下手人だ。
『どういうつもりかな東郷澪』
『殺す必要はない』
『彼女は計画への反逆を企てた。ケジメは必要だよ。それに、どうせライテラが起動すれば全て無かった事に出来る』
どうやら、澪は智を殺すことに反対らしい。
ハロルドの言う通り、澪の理想通りになればそもそもこの戦い自体が無かった事になる。
むしろここで確実に始末する事でライテラ計画への障害を取り除くべきというハロルドの方が一理ある。
だが澪には譲るつもりも無いらしい。
しばしの睨み合い。
その硬直は――智にとって何よりも欲しかった十秒をくれた。
演算完了の表示。
迷う事無く智はコマンドを実行する。
「オーバーライト実行!」
智のグリフォンが霞んでいく。
そこへ追撃を仕掛けようとハロルドが動いた様だったが澪にそれは阻止された。
そうして――智のグリフォンが現宙域から姿を消す。
敵が居なくなったことで出撃していたアサルトフレーム部隊も本来ならば艦に帰投すべきだ。
だが睨み合う二人の存在がそれを躊躇わせた。
先に力を抜いたのはハロルドだ。
『やれやれ。君の願い通り、楠木智は生かしておくことにしよう。ただ、彼女がここから飛んだ先で死んだ場合までは責任を持てないがね』
『それで構わない』
澪の端的な言葉にハロルドは小さく笑った。
恐らくこれだけの時間でオーバーライトが可能だったという事はそれなりに近郊を目標としていたのだろう。
あれだけ損傷した機体が、二度目のオーバーライトが行えるかどうかは疑問だったし――それ以前に。
『しかし驚いたね君は。この宙域にはオーバーライトジャマ―を展開していたのにあっさりとこの場に現れた』
オーバーライトの転移先を滅茶苦茶にするオーバーライトジャマ―。
それを展開しない理由はない。
オーバーライト時の演算に時間がかかるのは自分の位置を喪失しないために跳躍先を厳密に確定させるからだ。
完全ランダムならば演算の必要もない。その場合、銀河のどこに飛ばされるか――どころか通常空間であるかさえも不明となるが。
オーバーライトジャマ―はその状態を作り出す物だ。
そんな状態の中に飛んできた澪。
やはり人型ASIDのオーバーライト技術は人類を優越している……というよりもこれに関しては人類側の模倣がまだまだ甘いのだろう。
だが智のグリフォンのオーバーライトは人類製だ。
即ちこのオーバーライトジャマ―の影響を色濃く受ける。
だからハロルドとしては撃墜できようができまいがどちらでもよかったのだ。
その効果範囲から逃しさえしなければどちらでも。
智がまずすべきだったのは何をおいてもこの艦隊から距離を取る事だった。例え戦艦の砲火に晒されても。
今頃は銀河の果て――とまでは言わないが、どことも知れない宙域だろうとハロルドは考えた。
考えて智の事はもう解決済みの案件として頭の中から除外した。
『念のための確認だが――我々の協力関係は継続中という事で良いかな?』
『構わない』
結局お互いに求めているものをお互いが持っている以上、多少方針のぶつかり合いがあったとしても握手をし続けるしかないのだ。
『さて、それでは先に進もうじゃないか。もうすぐ目的地だ』
◆ ◆ ◆
そのオーバーライトが尋常の物では無いと直ぐに智にも分かった。
理由も同時に。
「しまった……オーバーライトジャマ―……これが!」
噂に聞いていただけの物だったが効果を見れば一目瞭然だ。
現在位置の喪失。
宇宙を移動する上で最も避けなければ行けない事態に陥っていた。
「まさかここまで予兆が無いなんて……」
そういう物があるとは聞いていたが、何かしらの兆候があると思っていた。
実際に飛ぶまでそうである事に気付けないなんて酷い仕掛けだと思う。
その酷い仕掛けを使って第三船団の艦隊を散り散りにしたことを智は都合よく忘れた事にした。
脱出には成功したが――これでは意味がない。
後はもう宇宙を漂うデブリの一つとなる未来しかない。
オーバーライトで船団に流れ着こうにも、今の位置が分からなければどうしようもない。
「星域図を……」
もしかしたらここが観測済みエリアかもしれない。
遠くに見える星の配置から現在位置が把握できるかもしれない。
確率は低いがそこに賭けるしかない。
だと言うのに――智の意識は薄れていく。
出血による体力低下。戦闘による疲労。
そうした諸々が蓄積して限界を迎えたのだ。
四肢を失ったグリフォンがゆっくりと漂っていく。
そのまま智が想像したように、デブリの仲間入りをするかと思われたが……。
天は彼女を見放さなかった。
或いは。その惑星自体が時空のひずみと成っているのかもしれない。
完全ランダムなオーバーライトをした時、均衡を取る筈の確率。
僅かだがこの周辺宙域の可能性が高くなっていた。
その因果故に智は辿り着き――『ゲイ・ボルク』も流れ着いたのだ。
『…………?』
指先で智のグリフォンを突く。
反応がない。
自分たちと似ているけど何か違うモノ。
もしかして今来ているトモダチの仲間かもしれないと、ひっつかんでそれはすぐ側の惑星から伸びる鉄の樹へと戻っていく。
その掴んだ存在の名を、人類は『ティキ』と呼んでいた。




