29 選択の時5
三分。
何時もならカップ麺にお湯を入れてちょっと時間を潰せばあっと言う間に過ぎ去ってしまう様な物。
「チッ、増援も来たか!」
多勢に無勢。
相手は容赦なく数を投入して智を押しつぶそうとしてくる。
その全てを相手取るのは無理だ。
エーテルライフルの威力を絞る。
代わりにスラスターへと更に出力を回した。
オーバーライト準備で落ちた機動力をカバーする。
そして落ちた火力は、工夫で補うしかない。
威力を大幅に落とした代わりに、連射性能を上げたエーテルライフル。
単騎で弾幕を張って敵となってしまった同胞を牽制する。
だがそんな豆鉄砲、つい反射的に避けてしまう程度の威力だ。
運悪く、センサー部にでも当たらない限りは損傷にもならない。
故に、いくつかの機体はその被弾を無視して距離を詰めようとしてきた。
その動きは智の狙い通り。
だけど。
「馬鹿! 何でこんな手に引っかかるんだよ!」
相手が上手く嵌ってくれたのに泣きそうな声を上げながらチャージした一撃を放つ。
連射の傍ら、エーテルを貯めて放った一撃はそれで漸く通常時の一射と同等。
即ち、アサルトフレームを命中させれば一発で撃ち落せるだけの威力という事だ。
一人威力差攻撃。
状況を打開するために、智は必死で考えていた。
その中でモデルケースとしてあったのが仁の動きだ。
智を含むサイボーグ戦隊の包囲を食い破った化け物。
彼だったらどうするか。今のもそんな事を考えて思いついた物だ。
相手の行動を自分のコントロール下に置く。
仁はそれを先読みを合わせて高度な領域で行っている。
智にもその真似事くらいは出来た。
何時か仁が評したように、智は彼とよく似ているのだ。嫌がらせの手口も含めて。
グリフォンが一機、コックピットを撃ち抜かれて爆散した。
接点の少ない一般兵とは違う。
あそこには間違いなく、智が顔を知り名前を知っている誰かが乗っていた。
向こうも戦っている相手が智であると理解していた筈だ。
撃墜される瞬間何を考えたのだろう、そんな考えても意味のない思考が智に去来する。
「…………すまない」
謝って済む話でもない。
分かっていた。
ライテラ計画に従事していた頃は、今を作る決意や願いを踏みにじる行為だと。
そして今、妨害する側に回ったならば、嘗ての同志たちの切実な願いを踏みにじっていくのだと。
分かっていても辛い。
彼らがどれだけその願いを切望していたのか知っている。
失ってしまった過去を取り戻そうとしていたのか知っている。
その渇望と、汚れ仕事をする苦しみ。それらの志を同じくしていたからこそ、同志だと思っていたのだから。
火線が一際激しくなったように感じる。
スラスターを駆使してその弾幕を回避するが、この動きはダメだと智は途中で悟る。
相手の流れに乗せられている。
その先にあるのは決して避けられない様に構築された罠の真っただ中。
賭けるしかない。
自分がサイボーグ戦隊の一員としてどれだけその戦術を理解していたのか。
それが問われる瞬間だ。
残り――120秒!
誘導のための射撃。
その内の一つを――掴み取る。それしかない。
掌に重点展開したエーテルコーティング。
その代償として他の部位は無防備な状態だ。
この掌でどうしても回避できないエーテルライフルの射撃をつかみ取る。
そしてその上でグリフォン部隊との距離を詰める。
「東郷仁だったらきっとそうする!」
逃げ惑うだけ何てあの男は絶対にしないという確信が智にはあった。
気を吐いて、スラスターを最大出力で吹かす。
機体頭頂を敵に向けて、前面投影面積を最小限に抑える。
構えたライフルと、掲げた掌。
シールドを持たないグリフォンが持てる唯一の盾。
グリフォン部隊も威力差攻撃を警戒して智の牽制射撃も避けざるを得ない。
何時本命の一射が飛んで来るか分からないからだ。
壁の様な弾幕が迫る。
だが同時ではない。
強化された動体視力がそれぞれの微細なタイミングのずれを読み取り、か細い突破ルートを導き出す。
それを信じて突っ込んだ。
ただ真っ直ぐに狙って来るような攻撃は回避も容易い。
決して避けられぬ射撃は、掌が掴んだ。
仁ならばそこから更に打ち返すような真似をしてのけるのだろうが、あんな真似ができる人間はそうはいない。
「貰った!」
距離を詰めた。
瞬間的にスラスターの出力を制御出来ないレベルにまで高める。
暴力的な加速がサイボーグ化によって強化された耐G能力を超えて来た。
久方ぶりに感じる圧力に歯を噛み締めながら。
相手の予想外の速度で最後の距離を駆け抜けて。
一機のグリフォンの頭部を殴り飛ばす。
速度に加えて、重点展開していた拳のエーテルコーティングが一撃で相手の頭部を潰した。
視界を失って動きが停まる一機のグリフォンの肩を掴みスラスターを逆噴射。
一気に減速した智のグリフォンはそのまま回り込むように頭部を潰したグリフォンの背後に着く。
そのまま――そのグリフォンを盾としてグリフォン部隊へと射撃を浴びせかけた。
卑怯者という声が聞こえてきそうだった。
人質作戦などどれだけ言葉を繕っても卑怯としか言えないだろう。
だがそれがどうした。
自分たちはその卑怯な事を散々やってきた。
ライテラ計画だってそうだ。
変えたい過去を持っている人なんてきっと山ほどいる。
人間誰だってやり直したいと思う事がある。
その人たちの願いを無視して、自分たちだけの願いを叶える事。
それを卑怯と言わず何を言うのか。
味方を盾にされて、流石に相手も動揺した。
ここも一つの賭けだった。
ライテラがあれば、無かった事に出来ると。
そう割り切って盾毎撃ち抜かれたら智にはどうすることも出来なかった。
だけどそこまでの非道は出来ない。
分かっていた。自分たちが決して表には出せない仕事をしている事。
故にその仲間たちへの結束感は他の部隊よりも強い。
簡単に割り切れる筈が無いと読み切った上で、智はそうしたのだ。
残り60秒。
行ける! 凌ぎ切れる! そう思った智の視界の隅で何かが動いた。
レーダーに反応はない。
リアクター反応もない。
気のせいだろうか。一瞬の気のゆるみが見せた幻覚かもしれない。
次の瞬間、誰もいない横合いからの射撃が智機の腕部を撃ち抜いた。
「どこから!?」
射撃は一度に留まらない。
更に数を増してあちらこちらから智を襲う――だがそのどこにも射手が居ない。
「そうか!」
第二船団の秘匿技術――光学迷彩搭載型のドローンにロンバルディア級戦艦。
ならば同様にアサルトフレームに搭載されてもおかしくはない。
囲い込むように打ち込んでくる何かに向けて、智はライフルを放つ――しかし手応えが無い。
だと言うのに、今しがた打ち込んだあたりから返礼とばかり複数の射撃が智を襲う。
回避を試みるが、射点も分からない攻撃を全て見切るのは不可能だ。
膝を撃ち抜かれ、ふくらはぎから下が脱落した。
構えたライフルが撃ち抜かれて爆散した。
背部のスラスターを吹かして逃げ出そうとしたが、それすらも見透かされた様に破壊された。
一発一発の威力はそれほどでもない。
だが交差させるように一点に集約されるとグリフォンのエーテルコーティングも突破してくる。
「ぐっ!」
大きく揺れたコックピットの中で智の身体が跳ねる。
逃げ出すようにして飛び込んだので彼女は今パイロットスーツもヘルメットもしていない。
どこかにぶつけたのか、額から血が流れる。
この射撃がコックピット付近を掠めて、空気が漏れ出せばその瞬間が彼女の最後だ。
残り30秒。
だが――それだけの時間を残して智の機体は無傷な箇所が殆どないと言っていいほどになっていた。
そして、智を痛めつけた物の正体が見えて来た。
「あれ、は……」
余りに小さく高速で動く為、こうして智が動けなくなった状態でなければ気付けないのは皮肉だった。
何か小型のユニットが智のグリフォンの周囲を動き回っている。
一つや二つではない。
十か二十か。もしかしたらそれよりも多くのユニット達。
それが智のグリフォンを撃ち抜いた物の正体だった。
なるほどあれだけ小型ならば、威力が大したことも無いのが頷ける。
それらのユニットが一斉に同じ方向へと動き出した。
その先には――見覚えのない機動兵器が存在していた。




