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28 選択の時4

 グリフォンを起動させる。

 何時もは心地いいリアクターの振動が、傷に響く。

 

「外に放り出されたくなければ退避しなさい!」


 外部スピーカーで怒鳴りつけて、智は大型エーテルライフルを発進ハッチへと向ける。

 素直に発進するからと言ってハッチを開けて貰えるとは思えない。ならば強行突破しかない。

 整備士が泡を喰って退避していくのを確認して、発砲。

 

 二度三度と撃ってハッチを完全に破壊する。

 

「ついでだ」


 整備士たちには悪いが――追撃に出る機体は一機でも少なくさせて貰おうと智は思った。

 格納庫に並んだ機体を片っ端から撃ち抜いていく。

 

 爆散、貫通したエーテル弾が少なくない被害を出しただろう。

 誰か死んだかもしれない。

 結局自分は立場を変えてもやっていることが一緒なのだと気付いて嫌になる。

 

「……いいさ。今更善人ぶったりは出来ない」


 ライテラ計画を妨害するという事はこれまでの罪も全て無かった事にならないという事。

 一つや二つ増えたところで今更だ。

 

 そのまま空気の流出が続くハッチから機体を踊り出す。

 背部ウイングスラスターを吹かしながらロンギヌス級機動戦艦『トリシューラ』から距離を取った。

 

「このまま、ライテラ本体を直接叩けば……」


 ロンバルディア級戦艦の一隻の居住区を占拠してそれは有るという。

 だが問題は、それがどの艦なのか智は知らない。

 仮に知っていたとしても、単機で戦艦の対空火器を突破した内部に突入何て出来ない。

 

「東郷仁なら出来るのかもな」


 当人が聞いたら顔を顰めて、流石に無理だと手を挙げそうなことを智は呟いた。

 出来ない事に拘泥しても仕方ない。

 一刻も早く、第三船団へと向かい仁に情報を伝えなければいけない。

 きっと彼も知らない、令の最後の決断を。

 

 グリフォンに追加装備されたオーバーライトユニットを起動し、準備を開始する。

 しかし――。


「座標入力、演算開始……って二十五分って冗談だろ!?」


 ある意味当然の事である。

 宇宙艦のオーバーライト時は、艦の演算能力とエーテルを注ぎ込んでも十五分程度かかるのだ。

 基本的に大型化すればするほどオーバーライトの準備に時間がかかる認識でいた智は、アサルトフレームならばもっと早いと楽観していた。

 

 実際には逆だ。

 アサルトフレームには宇宙艦程の演算能力もリアクター出力も無い。

 まして、今から行おうとしているのは長距離のオーバーライト。

 グリフォンの全力を投入してもそれだけの時間がかかる。

 

「……不味いぞ」


 二十五分。

 その時間は余りに長い。

 この周囲全てが敵となって今、それだけの時間を稼ぎ続けるのは――。

 

「っ! 来た!」


 他の艦から次々とアサルトフレーム部隊が出撃してくる。

 一般兵のレイヴン部隊、そしてサイボーグ戦隊のグリフォン。

 前者はまだ良い。

 智とて腐ってもサイボーグ。一般兵に後れを取る事は――まあ偶にエースが居るので有るが――殆どない。

 だが同輩であるサイボーグ戦隊は別だ。

 能力もさることながら、戦術レベルでこちらの動きは読み切られている。

 それは相手も同じだが後は数の差。

 

 どうしたって単機のこちらが不利……と言うか有利になる要素が全くない。

 強いてあげるならばこちらは全部敵。向こうは殆ど味方なので同士討ちが気になるくらいだろう。

 それとてやはりこの数の差には些細な問題だ。

 

「距離を取るべきか……? いや」


 下手に距離を取れば、今度は戦艦の火器がこちらを狙って来る。

 この位置ならば戦艦の火器は同士討ちを恐れて使ってこないだろう。

 

 そうなるとやはり。

 

「二十五分間、これだけの機体を相手にして生き残れって言うのか」


 今いるのは即応体制に入っていた計四個中隊。現状48機だ。

 『トリシューラ』の第一格納庫の機体は潰したとはいえ、まだこの第三船団駐留艦体には500近いアサルトフレーム部隊が存在する。

 

「つくづく、あの男の異常さが分かるな」


 今以上の戦力差の中に飛び込んで、あまつさえ逆襲していった仁を思うと乾いた笑いしか出てこない。

 何より笑えるのは、今から自分がやろうとすることもそれだという事だ。

 

 だが流石に二十五分は無理だ。

 

「……いや」


 そこまで遠くに飛ぶ必要はないのだと智は気付いた。

 もっと短距離の――しかし、通常航行ではすぐに追いつけない場所に飛べばいい。

 その安全地帯でゆっくりと次の長距離オーバーライトの時間を待てばいい。

 

 演算をキャンセル。

 近郊の1光年先の宙域を選択。

 

 演算時間が激減した。

 五分。これならばなんとかなるかもしれない。

 

「やってやろうじゃないか」


 乾いた唇を舐める。

 

 そうして、静かに銃火は交えられ始めた。

 互いに警告も、降伏勧告も無い。

 智の側からは、説得できない事が分かり切っているし。

 彼らの側からは――特にサイボーグ戦隊はライテラ計画を裏切った智を絶対に許さない。

 皆の願いを潰そうとする相手に容赦した事は無い。

 そのリストに智の名が新たに加わった訳だ。

 

 智のグリフォンは若干動きが鈍い。

 新設のオーバーライトユニット。そこに使用される演算領域と、エーテル。

 重量増とソフト面の負荷。使用エーテル比率の低下がその原因だ。

 

 だがそんな状態でも智は意外な程良い動きを見せた。

 最小限の動作で射撃を回避していく。

 

「案外行けるものだな!」


 相手の連携が読めるのならば、射線を読むのも容易い。

 誘導しようとしてくる射線に逆らえば、回避スペースが生まれる。

 

 後270秒。

 

 エーテルダガーを抜く。

 元々智は射撃戦よりも格闘戦の方が好みだ。

 

 グリフォンとレイヴン。

 どちらの方がやりやすいかと言えば――言うまでもなくレイヴンだ。

 何度目かの射撃の回避に合わせて、レイヴンの中隊へと突っ込んでいく。

 鴉の群れに放り込まれた鷲獅子。

 レイヴンもエーテルダガーを抜いて追い払おうとはするが、パイロットの力量差もあって勝負にならない。

 

 そしてこの位置取り。

 サイボーグ戦隊も撃てない。

 あっと言う間に乱戦に持ち込んだ智の機転によって、グリフォン部隊を死兵に変えてしまった。

 

 後240秒。

 

 鍔迫り合いに持ち込んできたレイヴンの腹部を蹴り飛ばす。

 足裏から生えたエーテルの杭――エーテルダガーの応用武装――が深々と貫いてエーテルリアクターを潰した。

 

 一瞬距離が取れたのを狙ってグリフォンが射撃してくる。

 その一射を、回避している隙にまた二機に取り囲まれた。

 

 ライフルを手放し、もう一本ダガーを握り締める。

 

 ウイングスラスターを小刻みに動かし、格闘の動きを加速させながらの連撃。

 一瞬でパイロットの対応能力を飽和させ、一機を切り刻む。

 

 後210秒。

 

 もう一機、今と同じ要領で切り刻むと挑みかかる。

 強引に押し込むようなラッシュ。

 だがその全てが弾かれる。

 そう、まるで動きを先読みしたかのように。

 

「――こいつ!」


 エースだと智は理解させられた。

 撃墜王という意味ではなく、一秒先を見る事の出来る未来情報の受信者。

 智の斬撃がどこから来るのか分かっているかのような動き。

 間違いない。

 

 未だ当人の技量が追い付いていないので対ASID戦闘では頭角を現してはいなかったのだろう。

 それでも智を抑え込むには十分だ。

 対人戦闘において先を読めるというのはアドバンテージが過ぎる。

 

 不意打ちの蹴りも躱された。

 どころか反撃でこちらの足を切り落とそうとさえしてくる。

 

 こいつは不味いと智は距離を取る。

 機体性能差は如何ともしがたい。推力で勝るグリフォンでなければ離脱もままならなかっただろう。

 

 だがそこで智の窮地は終わらない。

 距離を取るという事は、グリフォン部隊の攻撃も再開されるという事。

 そしてこの名も知らぬエースの先を読んだ射撃も飛んで来るという事だ。

 

 徹底した連携により動きを誘導する射撃。

 更にそこを埋めるかのような動きを読んだ射撃。

 

 その二つを息も絶え絶えになりながら智は必死で躱していく。

 ナノスキン装甲を、エーテルの弾丸が舐めた。微かに削れた装甲を補修していく中。

 すぐ背後で死神の吐息が聞こえた。その手が智を招き入れようとしてくる。

 パイロットになってから一番死を実感した瞬間だ。

 

 残り180秒。

 

 僅か二分の攻防で既に智の額にはびっしりと汗が浮かび上がっていた。

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[一言] 逃げ切れるかな……大丈夫か、どうか……
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