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18 テルミナスの母星3

 レイヴンのスラスター出力では大気圏内空戦は行えない。

 しかし、ゆっくりと上昇するくらいならば何とかなるのだ。


 休み休み、途中の広間めいた構造体に寄りつつ仁達は女王の座す頂上を目指す。

 その最中で。仁はとあるものを見つけた。

 山の稜線の向こう側。その影に隠れながらもわずかに見えた影。


「あれは……」


 この高さに来たからこそ見えた物。注意していないとそれは視界にすら入らないだろう。

 まして、特異な異星の文明に放り込まれて遠くに視線を向ける余裕のある人間は少ない。

 仁が気付いたのも偶然だ。偶々山は案外低いんだな、などと思いながら眺めていたら見つけただけ。


 ひときわ巨大な構造物は、テルミナスの民の物とは思えなかった。

 その形状に見覚えがある。


 それは同時に、ここにはあるはずのないもの。


「悪い。ちょっと寄り道する」


 他の面子の返事を待つこともなく、仁は街の中層辺りから飛び降りる。

 スラスターを駆使しつつ、滑空してそのポイントまで一気に向かう。


 減速しながら、派手に砂煙を立てて着地して。

 やたらうるさくなった心臓の音と共に歩み寄った。


「これは連絡船……?」

「なんでこんな物がこんなところに」


 結局ついてきた使節団とエーデルワイスが仁の後に続きながら感想を漏らす。

 そう。連絡船である。

 船団と船団同士を繋ぐ人と物資を行き来させる唯一の方法。


 移民船団の歴史の中でも連絡船が行方不明となった事件はたったの1件しか無い。


「ああ……」


 ボロボロになった装甲板。

 中心部は溶解して、原型を留めていない箇所もある。


 それでも船籍番号が刻まれた箇所だけは残っていた。

 頭の中に焼き入れられたその数字。

 十年前に仁が護衛し、守りきれなかった船。


「こんなところに居たのか。みんな」


 見渡せば、アサルトフレームの残骸もある。

 細かな破片はわからないが、大きく残った箇所からそれがかつてはレイヴンだった事も分かる。

 きっと数は十一機分あるのだろう。


「こんなに遠くじゃ、返事なんて出来なかったよな……」


 こちらも肩にマーキングされた部隊名がかろうじて読み取れた。

 不死身のジークフリート中隊。

 その一番機だった。


「隊、長……」


 十年前、オーバーライトの瞬間に撃ち抜かれた連絡船。

 爆散して影も形も残らなかったのだと思った。

 真空の宇宙空間にバラバラになった躯を晒し続けていくのだと思っていた。

 違った。こうしてここに辿り着いていたのだ。


「エーデルワイス。これは……?」


 この惑星の住人ならば連絡船の存在に気づかなかったはずもないだろう。

 そう思って仁は震える声で尋ねる。

 果たして答えは返ってきた。仁が予測し、望んでは居なかった答えが。


『十年程前に落下してきた。お前たちの言うおーばーらいとの光と共に』


 エーデルワイスは空を指さしながらそう答えた。


 やはり、あの時攻撃を受けながらも連絡船はオーバーライトで別の宙域に飛んだ様だった。

 その果てにこの惑星に辿り着いたのだろう。


 それは奇跡的な確率だろう。

 あるいはその後『ゲイ・ボルク』が墜落したことを考えると、異常なオーバーライトをする際にここに引き寄せられる何かがあるのかもしれない。


 エーデルワイスの答えを聞いて仁は無言でコックピットハッチを開放した。

 この惑星の大気は人間が呼吸をするのに問題がないことは分かっている。

 躊躇いはなかった。

 今は少しでも近くに行きたかった。


「あ、大尉危ないです」

「……好きにさせてやろうぜ。ユーリア」

「コウ?」

「教官の好きにさせてやろう」


 コウは少し強い口調で制止しようとしたユーリアを諌める。

 その会話も聞こえていない程仁は眼の前の物に集中していた。


 仁はラダーが降りるのももどかしく、途中から飛び降りて生身で連絡船に向かった。


 途中のレイヴンの残骸にも目を留める。

 コックピット周りは完全に融解している。余波だけで仁も死にかけたのだ。

 より近い場所に居た彼らは、半身だけではなく全身溶かし潰されたのだろう。

 機体番号も溶けてしまって見えないため、誰の機体だったかもわからない。


 そっと視線を切って再び歩き出す。

 整備もされていないためボロボロになった連絡船の中には入り込んだ。埃っぽい。

 足跡が残るということは相当の年月ここには仁以外を迎え入れなかったことになる。


 中にも無事なところはほとんど無い。

 ひときわ頑丈だったフレームと装甲板。そこに染み付いたような内装の残滓。

 そんなところだった。

 

 それでも記憶を頼りに、仁は歩を進める。

 合っているかは分からない。だが仁の記憶と認識が正しければこの座席のはずだった。


 わずかに、溶け残った外壁が存在するだけの場所。

 だけど十年前、そこには令が座っていたはずの場所だった。


 崩れそうになる膝をどうにか支えさせた。

 この十年間が無ければ、きっと耐えきれなかっただろう。

 この十年感が合っても、耐え難い程の痛みを覚えた。


「会いに来るのに、こんなにも時間がかかっちゃいましたよ。先輩方」


 通信ログの削除を教えてくれて、悪い顔をしていた隊長。

 仁の戦績に文句を言いながらもフォローしてくれた隊の先任達。

 気がついたら今の仁は彼らの年齢を超えて、自分の隊を率いるようになっていた。


「ごめん。ごめんな令……こんなところにずっと一人にさせて……」


 連絡船の中から仁が出てきたのは十分後だった。


「エーデルワイス。ここには俺達みたいな人間が乗っていたはずだ。そいつらはどうした」


 不可解な点は、どこを見ても痛ましい遺体が存在しなかったことだ。

 ここに墜落するまで、連絡船の亀裂から外に放り出された者もいるだろうが、全てが全てそうなるとは思えない。

 ならば、船内に一人たりとも存在しないのは考えにくい。


 となると、テルミナスの民がなにかしたと考えるのが妥当だろう。


『我らの流儀で埋葬した』


 少し意外だった。

 葬儀を、死を悼むという感性が存在することに。


「死者を弔ったりするんだな」

『我らは女王の炎で焼かれることで次なる生を受ける。異邦の民とはいえ、野に晒すのは忍びなかった』


 しばし黙した後、エーデルワイスは再び口を開いた。


『そちらのやり方は知らなかったのだ。すまない』

「いや、責めてるわけじゃない……」


 ほんの少し、何か令を感じられるものが残っていたらと思った。

 しかし例え、遺体が仁の手元に有ったとしても第三船団では死者は皆まとめて有機分解されて循環サイクルの一部に戻る。

 シップ1のメモリアルパークにも遺されているのはDNAデータだけだ。

 ここで埋葬されても結局残るものは変わらない。


「俺が言うのも変な話だが……ありがとう」


 宇宙のどこかで孤独凍りつくよりもそれは良い結末だろうと仁は思う。

 そんな寂しい末路になっていなかった。

 それは仁にとって一つ、肩の荷が降りたような気持ちになる事実だった。


 同時に、この言葉から澪の言っていた事が更に現実味を帯びてしまった。


 宇宙の彼方に存在する令を、ASIDが見つけられるわけがない。

 そう思っていたのだが、ここに、澪の故郷に存在している。

 

 次の生を受ける。つまりは女王がすでに存在している魂と仁達が呼んでいるものを再利用しているのが分かる。

 少なくともエーデルワイスはそう信じている。


 仮に、澪が令の生まれ変わりだったとしても澪は娘である。

 令の代わりとして見ることはどうしたって出来ない。

 澪もそれが分かっているからこそ、自分が代わりになるのではなく、過去を変えるという結論に達したのだろう。


「結局、俺のせいか」


 澪に信じさせてやれなかった。

 自分がASIDであると言うこと。

 澪がそれに気付いた時、自分の居場所がないと感じたのだろう。

 あの日の叫びはその発露だ。


 更に追い打ちの様に知ってしまった令の存在。


 澪は賢い。

 必要な知識が与えられてしまえば、己がどういう存在なのか推論は立てられてしまう。


 それでも言えばよかったのだ。

 関係ないと。

 令と澪を同一視したことはないのだと。


 だけど後ろめたさが有った。

 引き取ると決めたキッカケ。未だ自分でも判別できないその中には間違いなく令の身代わりとして考えていた側面も有った。


 その後ろめたさがこれまで澪に真実を明かせず、あの日仁を怯ませたものの正体だ。


 迷うことなく、澪の手を取れていれば引き戻せたかもしれない。

 妄想にも近い考えはずっと仁を苛む。


「……済まない。時間を取らせた。女王に会いに行こう」


 再びレイヴンに乗り込む。

 時を惜しむ中で、余計な時間を使わせてしまった。


「……また来るよ」


 次に来るのが何時になるかは分からない。

 だが、きっとここの方が令や同僚たちを近くに感じられる。そんな気がした。


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― 新着の感想 ―
[一言] よかったね 種族が異なるとはいえ、見送ってくれた者がいて
[一言] 仇は討った 弔いも終えた あとは馬鹿娘を連れ戻すだけ まあ、その前に産みの親との面談があるけどw
感想一覧
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