19 裏切り1
妙だと智は思った。
第三船団周辺宙域から撤退した第二船団艦隊。
澪の本体。
その最終調整を先に済ませてしまった方が良いのと、第三船団の残存艦隊がすぐに動く事は無いだろうという予測。
それら二つの要因と、他船団へのポーズの意味もあっての第三船団を守護するフリ。
想定外だったのは僅か三隻で残存艦隊が仕掛けてきた事。
更に人型ASIDが動いた事。
戦力では勝っていたにも関わらず後れを取ったのは痛恨事だ。
それでもライテラ計画に支障はない。
澪の最終調整を終えるだけの時間は稼げた。
澪当人と超大型種『スタルト』のリアクター。そしてハロルド。
この三つが欠けていない限り、ライテラ計画に滞りは無い。
事実、ハロルドが設計しているタイムリープマシンとも呼べるライテラはロンバルディア級一隻の居住区を潰して健在だ。
計画は順調。
後一月程度で、ライテラも完成し過去改変が可能となる。
そうなればこちらの勝ちだと智も思っている。
全てが上手く行く。
姉と再会できる日も近い。
「……何故澪ちゃんは東郷仁と戦ったんだ?」
気になっているのはそこだ。
計画について知った仁ならば、諸手を上げて賛同すると思っていた。
令が帰ってくる。それを望まない筈が無いと。
少なくとも娘と戦ってまでそれを阻止しようとするはずも無いと。
その前提が覆された。
よほど手酷い言葉でもかけられたのか。
引っかかる。
澪は計画の要だ。
そこに不確定要素が入り込むと破綻の危険性もある。
「……確かめるか」
今艦隊は移動中だ。一度第二船団に立ち寄る事になっている。その後は邪魔の入らない場所へ移動すると聞いていた。
当直でもない限りはパイロットは暇をしている。
一応関係があったという事で澪の面倒は智が見ている。
会話するのは容易いだろう。
歩哨に立っている兵に挨拶をして、澪の部屋を訪ねた。
「やあ澪ちゃん」
「智さん……」
また酷い顔だと智は思った。
泣きはらした目。
この姿を見て澪をASIDだと思う人間はいないだろう。
事実、智自身一度たりとも疑わなかった。
いや、むしろ今も尚信じ切れていないと言うべきか。
特にこういう姿を見てしまうと。
「何か用ですか?」
こう聞かれると智も少し困ってしまう。
澪は現状ライテラ計画には協力的だが……。
彼女が何を求めているのか、それを智は知らない。
彼女の願いを聞いたのはハロルドだけだ。
「いや、もうすぐ第二船団に着くからね。澪ちゃんは初めてだろう? どこか行きたい所でも無いかと思って」
迷った末に、そんな毒にも薬にもならぬ質問を投げかけた。
澪自身、戸惑ったような表情を浮かべている。
「確かに初めてだけど……そんな外に出れるの?」
ちらりと向けられた視線は扉の向こうにいる歩哨への物だろう。
澪が逃げ出すか、攫われるか、襲われるか。
その辺りの可能性を排除するために配置された人員だ。
そんな風に警戒しているのに、暢気に外出何て出来るのかと澪は疑念を抱いたのだろう。
「まあ自由行動は難しいだろう。護衛付きになってしまうとは思うけど外出は可能さ」
その位は頑張って捻じ込んでみようと智は思った。
どうせ一か月後には全て無かった事になる。
それでもそれまでの期間、澪が気分よく計画に協力できるようにするのは重要だ――という線で説得しようと思っている。
「行きたい場所……智さんの実家に行ってみたい、かも」
「私の実家か、それは……」
そこに行くことは容易いだろう。
問題はその先。智の母親――即ち令の母親に会う事だ。
まさか澪もただ家の中を見たいという訳ではないだろう。
他の人間なら兎も角、母を澪に合わせた時どう説明すればいいのか。
「……隠し子と言い張るか……? いや無理だな。流石に無理だ」
その実行のためのハードルはさておいて。
「何故私の実家に?」
そこだ。
澪は令とよく似ているが、その血縁に関わりはない。
仁からも言われた事だし、その後正式な検査結果も渡された。
無関係のハズだ。
「……謝りたいの。智さんにも」
「私にも?」
こちらから礼を――この計画の協力への感謝を述べることは有ってもその逆は考えていなかった。
「一体、何を――」
「おと、仁さんにも言ったんだけど――」
◆ ◆ ◆
「何てこと」
澪の話を聞いて、どうにか冷静さを保ったままその場を辞して。
自室に戻った智は呻くようにそう言った。
「何てことだ」
姉の生まれ変わりかもしれない。
ASIDとは何て面妖な生態をしているのか。
そして智からすると、澪の言葉を否定できる材料はない。
問題はない。智は自分に言い聞かせる。
理想としていた未来。ただ現状に令が加わるだけという目論見は崩れた。
そこから澪が欠けるだけ。
元より姉と本来接点の無い子供。比較のしようもない。
智が何よりも優先するのは姉だ。姉の願いを叶えたい。もう一度令に会いたい。その願いを叶えるためだけにここまで来た。
後ろ暗い事もした。
この前の鹵獲体の件は民間人に被害が出ることを承知で行った。
他にも幾つもある。
その全ては姉に会うため。
そしてライテラ計画が成った暁にはそれらの犠牲が無かった事になると信じていたから。
「だから、東郷仁は澪ちゃんと戦ったのか」
納得できてしまった。
もし仁が令より優先する事があるとすればそれはきっと澪自身以外に無いだろうから。
「姉さんが戻ってきたら、澪ちゃんはいなくなる」
澪の言葉が正しければそういう事になる。
令が死ななければ澪が生まれる事は無い。
罪滅ぼしだと澪は言った。
本来いるべき人間の居場所を奪ったのだから、それを正したいと。
その事は智にとって不都合はない。
不都合は無いのに。
「何故、私はこんなにも動揺している……?」
分からない。
いや、それも嘘だ。
見知った人間を、それなりに愛情を抱いていた相手を消す必要がある。
そう聞いてしまって智は己の中にためらいが生まれるのを自覚した。
「どうして……」
その事が智にはショックだった。
だが一度生まれてしまった思いは簡単には消えてくれない。
少し頭を切り替えようと格納庫へと向かう。
立ち並ぶグリフォン。
その姿を見て智は自分が初めてこの機体に乗った日の事を思い出す。
ハロルドの息がかかったサイボーグ戦隊に配属された日。
そうだ。あの日、自分は姉を取り戻すために生身の肉体を捨てた。
どんなことをしても姉を助けると誓った。
その為の手段は択ばないと。
その誓いに嘘はない。
「楠木少尉。丁度良かった」
「何だ?」
愛機をじっと見つめていたら、なじみの整備士に声をかけられた。
「追加オプションを装備しましたので機体調整を」
「追加オプションというと……」
「ええ。グリフォン用のオーバーライトユニットです。これでアサルトフレーム単独で長距離オーバーライトが可能になりますよ」
自慢気にそう言ってくる整備士の笑顔に、智も作り笑いを返す。
確か、大分前から装備は予定された物だった。
智からするとアサルトフレームを単独でオーバーライトさせる機会があってたまるかと思っていたが。
技術的には凄い事なのだろうが、実際に使う智の身としては役に立たないデッドウェイトだ。
言われるがまま、機体の細かな調整を行う。
どうやらフラフラ格納庫にやってきたのは智が最初だったらしい。
どうせ全機体分やるのだから捕まった人間からやってしまおうという魂胆か。
他に考えたい事は山ほどあるのに悪いタイミングに来てしまったと少し後悔。
「……あ」
その時、智の頭の中に一つ考えが浮かんでしまった。
それはライテラ計画を崩す物。
自分のこれまでを全て否定する物だ。
「何を馬鹿な……」
澪を攫って逃げてしまえば良いなんて。
そんな道を選べるはずもない。
それこそこれまでの全てを無に帰す行為。
そんな物選べるはずもない。
令を助けるための道を投げ捨てる事は出来ない。
だけど澪も見捨てたくない。
どうすればいいのだろうと智は懊悩する。
「やはりもう一度話をしてみよう」
そもそも澪の言葉が勘違いの可能性もあるのだ。
何しろ生まれる前の話だ。何故あそこまで確信を持てるのか。
そこを確かめてからでも遅くはない。
――そんな事を考えている時点で智が迷っているのは明白だった。




