17 テルミナスの母星2
『話は済んだか』
仁と共にロンバルディア級戦艦に乗ってきた黒騎士改めエーデルワイスは今の話の間に、この星に居た同族と何やら話し合っていたらしい。
彼ら同士の会話は電子音の様な物が高速でかき鳴らされたようで仁たちには理解できない。
こうして会話が出来ているのはシャーリーの作った翻訳機と、彼ら自身が集めた情報によるものらしい。
「エーデルワイス、言葉が硬いですよ」
『シャーリー。言葉が硬いとはなんだ。音声に強度は存在しない』
「ああ。えっとそういう言い回しといいますか。もうちょっと砕けた言葉遣いを」
『驚いたお前たちは言葉を砕けるのだな』
皮肉を言っているようにも聞こえるが、どうやらこれは純粋に感心しているらしい。
お前たちの技術も侮れない、などと言いながらしきりにうなずいていた。
「……妙にコイツら肩肘張った喋り方してるなって思ったら」
「元が電子コードですからね……そこに余分な情緒とか比喩とか乗せる余地がないんですよ」
分かるような、分からないような。
『あとで言葉の砕き方を教えてくれシャーリー。いや、これはお前達の秘匿技術か』
「そんなことはないですけど……いや、私に教えられるかどうか」
『お前ほどの賢人でも教授させるのに苦労する技術か』
正直、仁は黒騎士に好印象を持っていなかった。
殺されかけたし、人型ASIDは船団に多くの犠牲者を出していった。
だがこうして、戦場から離れた場所でシャーリーとコントめいたやり取りをしているエーデルワイスは。
なんとかうまくやっていけそうだと思えた。
シャーリーのあまりに変態的な姿を見てすっかり忘れそうになっていたが、ここに仁たちがいる理由は2つ。
『ゲイ・ボルク』の救助と、人型ASIDとの交渉の為である。
『我らテルミナスの民はお前たちと交渉したい』
テルミナスの民と名乗った彼らはやはり広義で言うところのASIDらしい。
ただ彼らに言わせると。
『お前たちはそれとお前たちを同一視するのか?』
と犬と人間を指して言ったことから、ASIDというのはあくまで哺乳類レベルの大雑把な括りでしか無いらしい。
むしろ通常のASIDとは反目しているようにさえ見えた。
今は『ゲイ・ボルク』近辺に着陸したロンバルディア級から出撃した複数機のレイヴンに乗った使節団がテルミナスの民との交渉に挑もうとしていた。
その一員であるコウとユーリア、そして仁。
何故自分が選ばれたのかと疑問符を浮かべる。
わかりやすいのは護衛かもしれないが、この使節団にそもそもパイロット以外の人間が居ない。護衛も何もない。
「しかし教官が来てくれて助かったぜ」
「どういうことだ笹森少尉?」
「実はテルミナスさん達の価値観的には強いやつがトップらしくて」
心底肩の荷が降りたとばかりの顔をするコウ。おまけに仁が来てくれてよかったような事まで言い出した。
その理由を尋ねるとユーリアが苦笑混じりに説明してくれる。
強さが基準というのは納得の行く話だ。
ASIDも大概クイーンタイプが一番強い。
「そのせいで艦長を差し置いて俺が向こうとの交渉事に駆り出されちまって」
「ほう」
確かに。久しぶりに見たコウの技量は更に磨き上げられていた。
あれならばここに残ったアサルトフレーム部隊で最強と言われても文句は付くまい。
「でも教官が来たから俺はお役御免だ!」
「おい、待て」
開放感に包まれている理由を察して仁は思わず突っ込む。
「お前まさかその為に俺を呼んだのか?」
「まさか」
と言いながらもコウの目は泳いでいる。
押し付ける気だったなと、仁は理解した。
同時にこのメンツにも理解した。要するに強ければ偉いの理屈から戦闘力で選ばれたのだろう。
『我が眼を奪った強敵。女王に謁見するに不足はない』
逆を言えば、コウでさえそのお眼鏡にはかなわなかったという事だ。厳しい判断基準である。
「そうかよ……ちょっと気になっていたんだが、その眼なんで直さないんだ?」
初回の戦いで双方かなり手酷く傷を負った。
次に遭遇したとき、それらの傷は尽く修復されていたが、眼だけはそのままだった。
気にはなっていたのだが、聞くことなど出来ないだろうと思ってそのまま忘れていたのだが、今話題に出てきてふと思い出した。
仁の問いかけにエーデルワイスは何でも無いことのように答える。
『いずれ、決着をつけた日にこそ、癒やそうと考えていた』
「……なるほど」
願掛けの様なものだろうか。
その思いは仁にも理解できる。
ただ、それはつまり交渉の行方次第ではーーあるいは交渉が成立した後でも戦う可能性があるということだろうか。
『勘違いをするな。今はもう戦う気はない』
「そりゃよかった」
これは仁の混じりっけなしの本音だ。
メルセでの三回目の戦いは仁の優位に進められた。
だがあれから八年。エーデルワイスも更に強さを増しているだろうという予感があった。
正直単独で挑みたいと思える相手ではない。それは昔からだが。
『……我らが女王の治世は永い』
その言葉と共に使節団とそれを先導するエーデルワイスは集落と思しいエリアに突入した。
「これは……」
初めて眼にする異星の文明。
そう文明だ。
テルミナスの民と自称する彼らも、他のASIDの様に巣穴の様なネストを作って生息しているのかと思っていた。
だがそこにあったのは町並みだ。
空を飛ぶことが可能だからだろうか。
立体的な都市構造をしている。人間には真似できないし、してもまともに生活できないだろう。
網を張ったような鉄柱が絡み合い、その節々に建物の様な構造体が並んでいる。
更に視線を上に向けると、タワーの様に徐々に先細りしていき、遠く離れた頂点にひときわ大きな構造体があった。
『女王の翼の元で我らは繁栄を享受して来た。この街こそがその象徴だ』
人以外が生み出した街。
そこに垣間見える歴史に仁は感動していた。
同時に、これを令が見たらどれだけ喜んだだろうかと思ってしまい、気分が沈む。
この巨大構造物を維持するだけでも高い技術が必要だろう。
「すごいな。見て回りたいくらいだ」
先程シャーリーに可愛がられていた様な小柄なテルミナスが存在する。
大型なテルミナスが何やら額を突き合わせて話し合っている。
何やらインゴットのような物を額に押し付けて吸収している姿を見て仁はエーデルワイスに尋ねた。
「さっきのあれは何をしてたんだ?」
『食事だ。厳密にはお前たちのものとは違うが……身体を作るために摂取する必要があるものという意味では同じだろう』
「ほーあれが」
聞けば、『ゲイ・ボルク』に岩を運んできたテルミナス、ティキは『ゲイ・ボルク』を死にかけのASIDだと思ったらしい。
少しでも傷を癒やしてもらおうと、こっそり鉱物を運んできていた。
野良犬に餌をやる感覚だったのだろうか。
そして、仁が感じたのはそういう自分たちにも理解できる感覚があるこの種族とは、少なくとも話し合いの余地があるということだ。
こうした文明と理性的な面を見ていると彼らが八年前に第三船団を襲った理由が気になる。
ただそれも仁には予測できている。澪がASIDである時点で推測できたことだ。
『あの獣どもは知らぬが……テルミナスの民はおおよそ200年でその命を終える』
仁たちが普段交戦するASIDとは違うと強調しながらエーデルワイスは己の種について語った。
この惑星の公転周期などを考えると、かつての人類の母星基準の時間を採用している船団とは一日も一年も違うだろう。
だがこの200年という数字は、その船団の物に合わせて計算したものだった。
『女王はその軛から逃れているが……やはり500年程度だ。今代の女王は既に御年350を超えた』
王が衰えたら持ち上がるのは当然後継者問題だ。
『約九年前。女王が次の女王を産んだ』
その数字に、仁はやはりとため息を吐いた。聞いていた数字と一致する。
『だが八年前に御子は不届き者に拐かされた。我らはその御子を助け出そうと、お前たちの巣を襲った。御子が居なければ我らに待っているのはいずれ来る死のみだからだ』
クイーンタイプが消えれば、その群れのASIDはすべて停止する。
その理屈はテルミナスでも継続しているらしい。
ただ少し気になるのは、どうやらその後継者であるクイーンは、親の群れごと継承する様だった。
『しかし八年前は御子の強い要望もあり、我らはお前たちを見守ることにした』
それが不自然な撤退の理由。
なんてことはない。
あの日、テルミナスが船団を襲ったのも、退いたのも全てはーー。
『最も強き者よ。貴様の元に御子を預けたのだ』
澪の為だった。
つまり澪は、澪の本当の家族とはテルミナスの民。
そしてこれから会うのが、澪の本当の親である。
「育ての親が、産みの親に会って何を話せっていうんだか……」
会ったら言ってやりたいことが合った。
だけどそれも今となっては言えそうにないなと仁は皮肉気な笑みを浮かべた。




